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ハマスとは何者か――イスラエル攻撃の背景、大義、展望…今さら聞けない基礎知識5選

六辻彰二国際政治学者
ヘルツル国立墓地で行われたイスラエル軍兵士の葬儀(2023.10.11)(写真:ロイター/アフロ)

 中東パレスチナのイスラーム組織ハマスが10月7日、イスラエルに対して大規模な攻撃を開始し、わずか2日間で双方に1300人以上の死者を出すに至った。ハマスとはそもそも何者か。誕生と勢力拡大の背景、その目的、展望などを5点にまとめる。

1.占領地の「落とし子」ハマス

 ハマスはこれまでもイスラエルと頻繁に衝突し、アメリカをはじめ多くの先進国で「テロ組織」に指定されている。ただし、ハマスの誕生にはイスラエル自身が深く関わっていた。

 ハマスは1987年、イスラエルが実効支配するパレスチナで「占領者」イスラエルの打倒を叫ぶ勢力によって発足したからだ。

 もともとパレスチナ一帯では、その帰属をめぐってアラブ人(パレスチナ人)とユダヤ人が争ってきた。

 この「パレスチナ問題」に関しては、これまでもしばしば記事として書いてきたので、詳しい経緯はそちらを参照していただきたいが、以下の話に関連する点として重要なことは、第三次中東戦争(1967年)の後、イスラエルがパレスチナのほとんどを占領するに至ったことだ。

 1947年の国連決議ではパレスチナをユダヤ人とアラブ人で分割することが定められている。

 ところが、イスラエルはパレスチナ人のものと認められているヨルダン河西岸やガザも占領した。さらにイスラエル政府はこれらの土地にユダヤ人を組織的に入植させ、実効支配を固めた。この段階ですでに60万人以上のパレスチナ人が居住地を追われたと推計される。

 占領地への組織的移住は国際法に抵触するため、多くの国はこれを外交的に批判したものの、周辺のアラブ諸国を含め、実質的にイスラエルを止めようとする国はほとんどなかった。

 イスラエルが軍事・経済の両面で地域大国になっただけでなく、1948年のその建国以来アメリカを後ろ盾としてきたからだ。

 「見捨てられた」感覚が充満していたパレスチナでは1980年代、住民が集団でイスラエル兵に投石を繰り返すといった抵抗運動(インティファーダ)が生まれた。これは当初、不満や絶望感を募らせたパレスチナ人たちの自然発生的な運動だったが、やがてこれが組織化された。

 そのなかでイスラームの過激思想がエジプトなどから流入し、これがパレスチナ人の解放欲求と融合して、「イスラーム抵抗運動」通称ハマスは生まれたのである。

ガザで開かれたインティファーダ25周年記念集会(2012.10.4)。1987年、イスラエル兵の車両にパレスチナ人が轢き殺されたことをきっかけにパレスチナ人の抵抗運動は加速した。
ガザで開かれたインティファーダ25周年記念集会(2012.10.4)。1987年、イスラエル兵の車両にパレスチナ人が轢き殺されたことをきっかけにパレスチナ人の抵抗運動は加速した。写真:ロイター/アフロ

2.パレスチナ主流派との亀裂

 武力路線に向かったハマスはイスラエル軍とこれまでもしばしば交戦し、時に民間人を殺害することもあったが、パレスチナ人全体を代表する組織ではない

 パレスチナでは1993年のオスロ合意に基づき、住民投票が行われて暫定政府が発足した。これは国連にもパレスチナ人の正当な代表と認知されるものだが、その中核を占める政治勢力「ファタハ」は、多くの点でハマスと異なる立場にある。

 ファタハは

  • イスラエル、アメリカを含む各国との外交交渉を重視する
  • 国連決議でパレスチナ人のものと認められた土地で独立を目指す
  • 特定の宗教に基づかない国家の建設を目指す

 これに対してハマスは

  • 「イスラエル打倒」を掲げ、武力行使を辞さない
  • パレスチナ全域をイスラエルから取り戻すことを目指す
  • イスラーム国家の樹立を目指す

 つまり、ハマスはあくまでパレスチナからイスラエルを一掃することを目指し、「イスラエルとの共存」を受け入れざるを得ないと考える立場と距離を置き、ガザ地区を拠点にイスラエル攻撃を続けてきたのだ。

 ガザは国連決議でパレスチナ人のものと定められた土地で、その後占領されたが、イスラエルはオスロ合意に基づいて2005年に撤退した。

 これに対して、暫定政府はパレスチナの首都を将来的におくことを目指すヨルダン河西岸の東エルサレムに拠点を置いている。

 ハマスはパレスチナ政治の主流派ではないが、遅々として進まないイスラエルとの外交交渉に不満を持つ人が増えるにつれ、その位置付けには変化も生まれている。

 2021年の世論調査ではパレスチナ人のうちファタハを支持するという回答は14%にとどまり、ハマスがパレスチナ全体を指導するに値するという回答は54%にのぼった

 暫定政府への不信感が募る状況には、コロナ禍やインフレといった社会経済的な不満も大きく働いているとみられる。

3.支援者の存在

 ハマスは本来ローカルな武装組織にすぎない。

 しかし、今回ハマスは数千発ともいわれるロケットをイスラエルめがけて発射しただけでなく、それを破壊するために飛来したイスラエル空軍の戦闘機F-16を地対空ミサイルで2機撃墜したといわれる。

 もはや単なる武装組織とは呼べない戦力を備えるハマスの資産は、10億ドル程度とみられている。この巨額の資金は人員のリクルートや装備の近代化を可能にしてきたが、そのかなりの部分は世界各地からの支援によって調達されているとみられている。

 パレスチナ問題にはユダヤ教、キリスト教、イスラームそれぞれの聖地であるエルサレムの帰属問題が含まれている。

 このうち西エルサレムはイスラエルに、東エルサレムはパレスチナに、それぞれあてがわれることになっているが、実際には東エルサレムもイスラエルによって実効支配されている

エルサレムの遠景(2023.4.23)。ユダヤ教、キリスト教、イスラームそれぞれの聖地であるこの街の帰属は、パレスチナ問題を複雑にしてきた。
エルサレムの遠景(2023.4.23)。ユダヤ教、キリスト教、イスラームそれぞれの聖地であるこの街の帰属は、パレスチナ問題を複雑にしてきた。写真:ロイター/アフロ

 これもあって、「イスラエルやアメリカの不正と戦う」というアピールは、過激派とは呼べない一般ムスリムにも響きやすい。そこには近隣のイスラーム諸国だけでなく、欧米などのムスリムコミュニティも含まれる。

 とりわけアメリカと距離を置く国にはこれが目立ち、例えばイランはハマスに年間1億ドル程度を支援してきたといわれる。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは8日、イラン革命防衛隊の元幹部の証言として、イランは今回のハマスによる大攻勢も支援したと報じた。

 トルコもやはりイスラエルへの反感を隠しておらず、エルドアン大統領は2020年、「イスラエルによる占領政策は受け入れられない。彼らの無慈悲な行動は容認できない」と公言した。

 その一方で今回の衝突を受けてエルドアンはいち早く仲介を提案したが、トルコの影響力拡大を嫌うイスラエル側に拒否された。

4.弾圧とテロの応酬

 2005年のイスラエルのガザ撤退にともない、ハマスは一時停戦に応じた。しかし、翌2006年に両者は戦闘を再開し、それ以来断続的に衝突してきた。

 今回のハマスによる攻撃では、イスラエルの民間人が260人以上殺害された。これが意図的なものなら、戦争犯罪に当たることはいうまでもない。

 ただし、あえていうなら、イスラエル側の攻撃もこれまで数多くの死者をパレスチナ側に出してきた。

OCHA(国連人道問題調整事務所)データベースによると、2008年1月24日から2023年8月31日までにイスラエル側が308人の死者を出したのに対して、ほぼ同じ時期にパレスチナ側は6407人の死者を出した。ここには多くの民間人も含まれる。

ガザに対するイスラエルの空爆(2014.8.23)。この衝突でパレスチナ側だけで1462人以上の民間人が死亡した。
ガザに対するイスラエルの空爆(2014.8.23)。この衝突でパレスチナ側だけで1462人以上の民間人が死亡した。写真:ロイター/アフロ

 例えば、これまで最大規模の衝突の一つだった2014年の戦闘でパレスチナ側の死者は2100人以上にのぼったが、このうち1462人は民間人(約500人の子どもを含む)だったと推計される。

 こうした衝突がエスカレートしたのは、一方ではハマスがイスラーム世界から支援を集めたことが原因だが、もう一方では欧米とりわけアメリカの対応がイスラエルを後押ししてきたことも無視できない。

 なかでも2018年5月に、イスラエルが国連決議を無視して東西エルサレムを首都と定め、アメリカのトランプ政権がこれを承認したことは、パレスチナだけでなくイスラーム世界全体から不興と不信感を招くものだった。

 さらに、国連総会で昨年12月、イスラエル占領政策の問題に関する国際司法裁判所の勧告的意見を求める決議が出されたが、アメリカやイギリスはこれを阻止しようとした。

 こうした欧米のイスラエル支援はイスラーム世界の反発を招き、結果的にハマスによる武力路線を加速させる一因になったといえる。

5.オール・イスラーム連合は生まれるか

 こうしたタイミングでハマスがかつてない大攻勢を仕かけたことは、イスラーム各国の支援と協力をこれまで以上に取り付ける目的があるとみられる。

 とりわけ注目されているのがサウジアラビアの動向だ。

バイデン大統領をジェッダの宮殿に迎えたムハンマド・ビン・サルマン皇太子(2022.7.15)。サウジアラビアの事実上の最高権力者であるサルマン皇太子は、外交の多角化を目指している。
バイデン大統領をジェッダの宮殿に迎えたムハンマド・ビン・サルマン皇太子(2022.7.15)。サウジアラビアの事実上の最高権力者であるサルマン皇太子は、外交の多角化を目指している。提供:Bandar Algaloud/Courtesy of Saudi Royal Court/ロイター/アフロ

 サウジはメッカとメディナという二つの聖地を領有し、「イスラームの盟主」とも呼ばれる大国だが、近年はイスラエルとの関係改善を模索してきた。

 サウジにはバランス重視の外交方針がうかがえる。アメリカから兵器を大量に購入する一方、ウクライナ侵攻後もロシアと原油価格調整を行っている。その一方で、BRICSメンバーになることが決定しており、さらに今年5月には中国の仲介により、最大のライバル、イランと国交を回復したが、他方で9月のG20サミットではアメリカ主導の「インド-中東-ヨーロッパ経済回廊」への参加を表明した。

 多くの新興国は欧米と中ロの狭間でバランスをとる方針が顕著だが、サウジはその一つの典型例であり、イスラエルとの関係改善もその一環といえるだろう。

イスラエルのネタニヤフ首相(2023.9.27)。ユダヤ教右派を支持基盤とするネタニヤフは、アメリカの支援のもとパレスチナ占領政策を加速させてきた。
イスラエルのネタニヤフ首相(2023.9.27)。ユダヤ教右派を支持基盤とするネタニヤフは、アメリカの支援のもとパレスチナ占領政策を加速させてきた。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 アメリカのバイデン大統領は9月、サウジのサルマン皇太子、イスラエルのネタニヤフ首相とそれぞれ会談し、両国の平和条約締結に向けた機運は高まっていた。これはバイデンにとって、来年の大統領選挙に向けた実績づくりとして申し分ないものだったかもしれない。

 ただし、両国の関係正常化に期待する声も多くあった一方、これがパレスチナ問題の封印に繋がるという懸念もあった。

 10月2日、アメリカの元イスラエル大使であるマーティン・インディク氏らは「イスラエルに占領政策をやめるよう強く求めないままでの和平合意は、パレスチナの危機感を強めかねない」と警告していた。その数日後、ハマスが実際に大攻勢を仕かけたことからすれば、インディクらの指摘は正鵠を射るものだったといえる。

 ハマス大攻勢の理由について、フランスにあるシラー大学のミリアム・ベンラード博士は「緊張を高めることでパレスチナ対イスラエルではなくアラブ対イスラエルの構図に持ち込むことが目的で、サウジアラビアにイスラエルとの和平をやめさせるため」と解説しているが、これは概ね頷けるものだ。

 だとすると、ハマスが民間人殺害などをやり過ぎれば逆効果で、サウジはむしろ距離を置きかねない。その微妙な頃合いを探りながらハマスが攻撃を続けた場合、サウジを含む「オール・イスラーム連合」が形成されることもあり得る。

 ただし、それがイスラエルとの対立をさらに加速させかねないことも容易に想像される。その意味では、サウジとイスラエルが平和条約を結んでも結ばなくても、中東和平は遠いといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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