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地球温暖化がイスラエル-パレスチナ紛争を加熱させる 火種としての水

六辻彰二国際政治学者
イスラエル軍による違法取水の取締り(ヨルダン川西岸ヘブロン、2009.6.8)(写真:ロイター/アフロ)

 2017年12月6日に米国トランプ政権が突如エルサレムをイスラエルの首都と認め、それをきっかけに改めて注目を集めたパレスチナ問題。1948年の第一次中東戦争以来、この対立は中東最大の不安定要因であり続けてきました。

 一方、年末の12月28日、エルサレム旧市街の「嘆きの壁」(古代のソロモン神殿の跡地)に2000人以上のユダヤ教徒が農業・農村開発相の主催で集まり、雨乞いの祈りが捧げられました。2017年3月には主要な淡水源である北部のガリラヤ湖で過去100年間で最低の水位を記録するなど、降雨量は年々減少しています。その一方で平均気温は上昇傾向にあり、これらは地球温暖化の影響とみられ、雨乞いは水不足を受けてのものでした。

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 一見、無関係にみえるパレスチナ問題と地球温暖化の二つは、実は深く結びついています。エルサレムの帰属を含むパレスチナ問題は水をめぐる争いでもあるのです。そのため、地球温暖化による降雨量の減少は、イスラエルとパレスチナの争いをより深刻化させかねないといえます。

パレスチナ問題における水問題

 イスラエルとパレスチナの間にある対立の争点は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三宗教それぞれにとっての聖地であるエルサレムの帰属だけではありません。そこには1967年の第三次中東戦争以来イスラエルが占領しているヨルダン川西岸の返還や、国連決議でパレスチナ人のものと認められるこの地のユダヤ人入植者の取り扱い、さらに725万人にのぼるパレスチナ難民の帰還など、いくつもの問題が複雑に絡み合っています。そして、これらほど目立たないとしても、人間の生存に欠かせない「水」もまた争点であり続けました

 水は飲用など生活用水としてだけでなく、農業用水など生産活動にも不可欠の資源です。実際、人間の水利用の約7割は農業向けのものです。限りある資源として水を奪い合うことは、各地でみられたものです。日本でも昭和初期に至るまで、農業用水の利用をめぐって死者を出す衝突が各地でしばしば発生していました

 一般的に「水が豊か」と言われる日本でさえそうなのですから、水が珍重される中東ではなおさらです。中東における争いというと「石油」と思われがちですが、「水」もやはり争いの種となってきました

 パレスチナ問題に端を発した第三次中東戦争(1967)の最終盤で、イスラエル軍はシリア領ゴラン高原を制圧。その背景には、安全保障上の理由だけでなく、かねてからシリア、レバノンの間で懸案となっていた、ヨルダン川上流からガリラヤ湖のかけての水利問題で優位に立つ目的もありました

 第三次中東戦争の結果、ゴラン高原をイスラエルに占領されたシリアは、エジプトと計り1973年にイスラエルを奇襲。ヨルダンもこれに呼応しました。シリア政府はそれ以前からパレスチナ解放運動に巻き込まれることを警戒しており、第四次中東戦争でもパレスチナ解放という大義よりむしろ自国の安全と水を重視して戦闘に臨んだといえます

イスラエルとパレスチナの水利

 このように水の問題は、まさに地下水脈のように表面からは分かりにくいものの、パレスチナ問題の底流としてあり続けてきたといえます。なかでもヨルダン川の水利は、両者にとって死活的な重要性をもつものです。

 ヨルダン川はシリアとレバノン、イスラエルの国境付近にあるアンチレバノン山脈やゴラン高原からガリラヤ湖(ティベリアス湖)を経由し、ヨルダンとの国境に沿って死海に注ぎます。その距離は約425キロメートルに及び、古くはイエスがその水で洗礼を受けたと伝えられます。

 このヨルダン川はイスラエルにとってまさに生命線。とりわけ、ヨルダン川西岸に入植しているユダヤ人にとって沿岸のヨルダン川の水は、生活用水としてはもちろん、農業開発に不可欠の資源でもあります。

 ただし、水の不十分さによる「水ストレス」は、パレスチナの方が深刻です。1967年以来、ヨルダン川西岸はイスラエルによって占領されているため、パレスチナ自治政府は自由に水資源の開発をできません。その結果、2010年段階で約760万人のイスラエルが利用した水が約12億立方メートルだったのに対して、約378万人のパレスチナが利用した水は約3億3360万立法メートルに過ぎませんでした。このうち、ヨルダン川西岸に暮らすパレスチナ人の水の消費量は一人当たり平均一日70リットルで、これは世界保健機関(WHO)が定める基準値、一日100リットルを下回ります

犬猿の仲の水外交

 両者にとって水の利用が重要テーマであるだけに、イスラエルとパレスチナ自治政府は他の問題での交渉が行き詰まりながらも、この問題に関する協議を続けてきました。2013年12月にヨルダンを交えた三者は以下の内容に関して合意しました

  • 紅海に面した(イスラエルと国交のある数少ないアラブの国の一つ)ヨルダンのアカバに淡水化プラントを建設し、年間3000万立法メートルの淡水をヨルダンに、年間5000万立法メートルの淡水をイスラエルに、それぞれ供給する。
  • 淡水の輸送のため、3億ドルを投じてパイプラインを建設する。
  • 海水を淡水化する過程で発生する、濃縮された塩水は、やはりパイプラインを通じて、水位が低下している(沿岸の一部が国連決議で定められたパレスチナ領にあたる)死海に輸送して廃棄する。
  • パレスチナ自治政府もイスラエルから年間3000万立方メートル購入できる。

 この合意に関して、濃縮された海水を死海に放棄することが環境にもたらす悪影響への懸念も指摘されましたが、既に水不足が深刻化していたイスラエルのシャロン水・地域協力相(当時)は「歴史的」と自賛。ただし、パレスチナへの水輸出はヨルダン川西岸に限定され、イスラエルへの攻撃を辞さないイスラーム組織ハマスが支配するガザ地区は除外されました。

 これに続いて2017年7月に両者は、2013年の内容を拡張させて以下の各点に合意しました

  • アカバの淡水プラントからパレスチナのヨルダン川西岸(2200万立法メートル)、ガザ(1000万立法メートル)に年間3200万立法メートルの淡水を輸送すること。
  • 5年以内に世界銀行の支援のもとでパイプラインを建設すること。
  • パレスチナ自治政府はイスラエルから淡水を購入すること。

水外交の「現実性」

 この合意の成立後、イスラエルのハネグビ協力相は「双方の緊張を緩め、融和に繋がる」と評し、仲介役となった米国のグリーンブラット特使も「この新たな取り決めが相互の利益のための協力を促すことを期待する」と述べました。犬猿の仲であっても、どちらか一方が全ての水利を握れない、言い換えるならどちらかが全面的に勝てない状況にあっては、「合意できるところから合意していく」ことは現実的ともいえます。

 ただし、この合意が結ばれても、イスラエルがヨルダン川西岸の占領を継続している以上、パレスチナ自治政府による水資源の利用は制限されています。したがって、この取り決めでイスラエルへの依存度が高まれば、「パレスチナ国家の独立」に関する最終交渉におけるイスラエルの優位を固定するものになりかねないという懸念がパレスチナ側にあることは、不思議ではありません

 2017年7月の交渉結果を受けて、パレスチナ自治政府の水問題担当のゴネイム氏は「イスラエルの占領が続く限り危機は終わらない」、「今回、認められた我々の水に関する権利は、もともと我々の権利だ。なぜなら死海にはパレスチナの領海線もあるからだ。したがって、この取り決めが我々の独立に関する最終合意に影響を及ぼすことはない」と強調しています

水トラブルの導火線

 この背景のもと、冒頭に述べたように、イスラエル-パレスチナの一帯では近年、降雨量が減少しているのです。

 2013年や2017年の取り決めは、主に紅海沿岸のアカバにおける淡水プラントで生産された淡水の流通を主なテーマとしており、水の安定的確保を重視しています。ただし、ヨルダン川沿岸での水量が今後さらに不足した場合、海水を淡水にするプラントの需要はさらに高まることが想定されます。ところが、干ばつが発生した場合、イスラエルからパレスチナにどの程度が販売されるのかの対応は、確認される範囲で、2017年の取り決めで定められていません

 2016年6月、水が最も不足する時期に、イスラエルからパレスチナへの水供給量が突如として通常の30~40パーセントに激減。ヨルダン川西岸では水価格が高騰しました。これに関してイスラエル当局は「技術的な問題」と説明しましたが、パレスチナ側では「水を兵器にしている」という批判が高まりました

 今後ヨルダン川沿岸での水量が減少すれば、イスラエル政府は国内政治の観点からユダヤ人入植者のニーズを優先的に満たさなければならず、2017年の取り決めで定められたパレスチナへの水供給が実現しない可能性すらあります。それはひいては生活状況のさらなる悪化とともに、イスラエルへの不満を増幅させかねないといえるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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