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なぜ昔の日本人は、4人も5人も出産したのか?出生数を見るだけではわからない自然の摂理

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:アフロ)

昔は多産だった

少子化について「少子化ではなく少母化であり、一人の母親が産む子どもの数は変わらない」という話をすると、「昔は一人の母親が4人も5人も産んでいた」という反論がきたりするのだが、確かに、1947年の合計特殊出生率は4.54であり、昔が多産であったことは否定しない。しかし、とはいえ、現代においても多産化が可能かどうかという話にはならない。大事な視点が抜けている。

子どもの出生数が多くてもその分子どもの死亡が多ければどうだろうか。

昔や今でも貧困国の出生数が多いのは、たくさん産んでも死んでしまうからなのだ。言い換えると、産まれても乳幼児段階でたくさん死んでしまうから、前もって多く産むというリスクヘッジ行動になるのである。

乳幼児死亡率(0-4歳までの死亡率)と出生率とは完全に強い正の相関がある。

2021年世界でもっとも合計特殊出生率が高いのは、西アフリカにあるニジェールで、6.82であるが、同時に乳幼児死亡率も出生千対115.2で世界一である。単純に、産まれた子どもの12%は4歳までに死んでしまうということだ。

日本でも戦後間もなくの頃の1947年には、今のニジェール同様乳幼児死亡率は出生千対122もあった。だから、合計特殊出生率も高かったのだ。

2021年段階では乳幼児死亡率は2.3にまで下がっている。1000人産まれて2人しか4歳までに死なないのである。逆にいえば、産んだ子はほぼ死なずに育つからこそ、多く産む必要がなくなったというわけだ。

少子化というと生まれてくる子どもの数が少ないことだけに着目しがちだが、むしろ生まれてきた子どもが死なない世界になったからこそ出生数は減るのである。少子化とは子どもが子どものうちに死ななくなったがゆえの結果であり、決して悪いものでもない。

日本に限らず、先進国はみなそうで、医療の発達や公衆衛生状態が改善されれば、幼児の死亡率は下がり、結果として軒並み出生率は下がっていく

長期推移から見る死亡と出生

日本の幼児死亡率をさかのぼれば、明治から1925年ごろまでは出生千対200以上をキープしていた。9歳までの死亡まで拡大すれば、実に産まれた子の25%、4人に1人は9歳までに死んでいたのである。うち、あのスペイン風邪が流行した大正のパンデミックの時代は、それが33%にまで達した、3人に1人が死んでいたことになる。

それ以前の江戸時代においては、正式な統計こそないものの、多分生まれた子の半分近くは乳幼児の段階で死んでいたろうと推測される。

ちなみに、江戸時代の11代将軍徳川家斉は、生涯で53人(一説には55人)の子どもをもうけたが、そのうち、無事成人したのはわずか26人。半分以下である。そのほとんどが、5歳までに亡くなっている。また、平安時代の公家藤原行成の妻は13歳で結婚し、14年間で7人を産んだが、7人のうち3人は早逝している。当時の最高位の階級である徳川家や藤原家でさえ半分が幼児の段階で死亡しているのだから、庶民はいうまでもないだろう。

「7歳までは神のうち」と言われたのもそういう事情であり、だからこそ七五三を言祝ぐのである。「ああ、ここまで育てば、もうこの子は死なずに済む」という思いから。

多死社会の到来

しかし、乳幼児が死なない医療の発達というものは、同時に高齢者も死なないことになる。昭和の経済成長期において日本は、過去もっとも低い死亡率をキープしていた。だからこそ世界一の長寿国家となり、超高齢国家となったのである。

しかし、残念ながら人間は不老不死ではないので、いつかは必ず死ぬ。その増えた高齢者群が順次死んでいく時代が、これから日本が迎える多死社会である。

写真:アフロ

実際、社人研の推計より早く、すでに2022年には年間死亡者数が150万人を超えた。2023年の人口動態速報値からもそれを上回る勢いである。この年間150万人超の死亡者時代が少なくともこれから50年以上は続く。単純に計算して、この死亡者合計だけで人口が8000万人減ることになる。つまり、人口減少とは少子化以上の多死化によって引き起こるものなのである。

多産多死→多産少死→少産少死という人口転換メカニズムに沿って移行する中で、2番目の多産少死が日本のように極端であればあるほど、第4のステージとしての「少産多死」を迎える。これはやがて人口ボリューム層の高齢者が死亡した段階で、また「少産少死」ステージに戻ることになり、そこでは歪な人口ピラミッドは補正されていくのだが、その前段階である過渡期において、少子高齢社会をしのがなければいけないという問題が生じる。日本は2100年ごろまでのこれから80年間がその試練期になるのだ。

世界中、人口減少へ

これは日本に限らず、世界中どの国も同じ運命を辿る。

フランスでさえ「少母化」という言葉は使っていないが、同様の意味で、「出産対象年齢の女性の絶対人口が減っているので、今後の出生数は確実に減り続ける」と予測している(参照→フランスでも北欧でも減り続ける出生の要因「少母化」現象が世界を席巻する)。14億人の人口を抱える中国では、推計よりも早いスピードで少産多死社会にならんとしている。インドやアフリカも乳幼児死亡率の低下とともに今世紀中にそうなる。

提供:イメージマート

「一人の母親が多産すれば少子化は解決する」などという有識者がいるが、そんなことはありえないのである。もちろん産みたくて産む人は別として、上記の通り、産む必要のない多産はしなくなるからだ。

2022年実績でも、第2子以上の出生割合は54%であり、これは1990年代から30年以上ほとんど一緒である。むしろ、一人当たりが産むこの数は変わらないという前提に立つことが現実的な視点である。すなわち、新たな出生数を増やすということは、自動的に0人→1人を発生させることであり、新たに出産する女性の数(母の数)を増やさなければどうにもならない問題なのである。

とはいえ、それでも女性の絶対人口が減っているので、抜本的な解決にはならない。不可能なことを鉛筆なめなめして取り繕うより、確実に来る現実に即した対応が望まれる。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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