森は雨を地上に落ちる前に蒸発させていた
今年もまた、各地で豪雨が相次ぎ、そのたびに洪水の発生が伝えられ、また森林の役割について論じられる。
森の降雨への関わり方は、一般的には土壌に目を向けられがちだ。森林土壌の隙間に水が溜められることで河川などへの流下を遅らせたり、流下量そのものを減らしたりする。それが洪水の発生を防ぐとするものだ。
また樹木などの根が土壌を緊縛することで、土砂流出の防止や山腹崩壊を止められるという期待もある。
だが、もう一つ忘れている効果がある。それは森の木々の葉っぱによって降雨が遮断されることだ。地面に届かないのだ。いや葉っぱについた水も、そのうち地面に落ちるんじゃないの、と思う人も多いだろうが、実は葉や枝、幹などから地面に落ちる前に、そのまま蒸発する水の量がかなりある。それを「遮断蒸発」という。その分だけ、河川などには流れ込まない。
今回は、この「遮断蒸発」について考えてみよう。
ちょうど遮断蒸発についての新たな研究が、森林総合研究所と東京大学、静岡大学の研究員によって行われて発表された。
今年6月21日Journal of Hydrology誌でオンライン公開されている。また森林総研、および東京大学からプレスリリースも出されている。
遮断蒸発が下流に及ぼす影響を評価-森林に特徴的な現象が洪水を大きく左右する
葉っぱに風が吹けば蒸発量は増す
森林流域に降った雨の流れを整理しておこう。まず森林地帯の地面に落ちた水は、地上を流れるほか、土壌にも浸透し、それが土壌内を下方に流れて河川等に入る。その分量が多ければ洪水を引き起こすこともあるわけだ。また樹冠の葉っぱに落ちてから再び落下して地面に落ちる分もあるだろう。
そうした降雨がすべて流れ出るわけではなく、土壌にため込まれる分のほか、いくらかは蒸発し、大気中へと失われる。
それだけではない。実は植物に付着した分からの蒸発も多い。なぜなら葉っぱの面積は非常に大きいからだ。葉や枝、幹の表面積は、地上面積の数十倍にもなることもある。しかも立体的だから、風が吹き、日射が当たれば蒸発しやすい。
加えて植物だから根から吸い上げた水を葉の気孔から放出して蒸散させる分もある。
このように雨水が地面に到達することなく蒸発する割合は、想像以上に大きいことがわかってきた。
問題は、これがどの程度になるのかという点だ。
従来は、日本の森林では降雨量の10~30%程度が蒸発するとされてきた。これだけでも結構な量だ。最低の10%としても、雨量の1割が地面に届かず、途中で空に還るというのだ。ただメカニズムに不明な点は多く、遮断蒸発量の計算にあたっての仮定も様々。遮断蒸発の推定に際して河川への流出の予測に及ぼす影響についてもよく調べられていなかった。
今回の研究は、そのための新しい計算方法を開発したというものである。
実験は、神奈川県丹沢山地の大洞沢森林流域において行われた。
ただし研究について細かな内容に触れても専門的すぎるうえに、一般人にはあまり関係ないだろう。知りたい方は、リンク先の論文に目を通してほしい。
豪雨のときほど蒸発量は増える
ここでは、従来に考えられてきた以上に、遮断蒸発は洪水流出を著しく減らす能力があることがわかったという点だけを知っておけばよい。とくに豪雨の時ほど遮断蒸発量は格段に増えるというのである。強い雨は葉っぱで飛散して、再び空気中を漂うのだろう。これは洪水時の水流出の減少につながるわけだから、洪水抑制効果もこれまでの想定よりも格段に大きいことが示されたのだ。
以前、森林土壌は豪雨の際には含水率を増やし、通常の間隙以上の水をため込むという研究を紹介した。同じように樹木そのものが豪雨には通常以上の力を発揮するわけである。
「緑のダム」はムダ? それとも……最新科学から考える森林の治水機能
もちろん、降雨の遮断割合は、降雨量だけでなく、森の状態にもよる。樹種や樹齢、樹高、生えている密度、さらに林床の下草の種類や量……と条件を考えると複雑になる。
ただ皆伐してはげ山状態のままでは、あきらかに遮断し蒸発させる量は微々たるもので、洪水を引き起こす確率は高まるのは間違いない。
やはり森林の有無は、洪水の発生に大きな影響があるのだ。その点を考えて森林の管理方法、そして林業のあり方も考えるべきだろう。
ほかにも、森林と水を巡る関係の研究はいくつか紹介してきた。
こうした知見を元に、森林と防災の理論を構築して現場に役立ててほしい。