森林は、水を消費する
森林と水に関しては、古くからさまざまな意見があった。山が森に覆われていることで水を蓄える、あるいは洪水を防ぐ、さらには山崩れを防ぐ……といった効用が指摘されてきたからだ。一般に「緑のダム」論と言われてきた。
それが正しいのかどうか、多くの論争が行われ、また研究も進んできた。学者の間でも意見の相違があり、まだどちらとも確定的なことは言えない。
一般に、森のある山からは、絶えることなく水が湧き出ているイメージが強い。逆に禿山になると、泉も枯れ、川の流れも消えてしまう。だが、これは水の湧出量の平準化の問題になってしまう。常にチョロチョロと湧き続けるのか、あるいは大雨の際に一気に水が流れ出るのか、ということだ。
ここで数多くの疑問点を議論し始めると、森の質や地形、土壌、気候など非常に細かな条件を追求しなければならない。また科学的なデータを示さないといけなくなる。そこで、今回は極めて単純に「山などの水源地が森に覆われていると、本当に水は増えるのか」という点だけに絞って考えてみたい。
まず解答を示してしまおう。森は水を増やすわけではない。むしろ消費するのだ。
なぜなら、森は、主に植物のほか動物や菌類など生命体の集合体だからだ。生物は、生きていくために水は欠かせない。常に水を消費する。もっともわかりやすいのは、植物が地中から水を吸い上げ、葉っぱから蒸散する作用だろう。その過程で光合成なども行うわけだが、これが地中の水を減らすことになるのはいうまでもない。
次に、樹木の表面からも直接水を蒸発させる。森に覆われているということは、降水があっても、すぐに地面には達せず、まず樹木の葉や枝や幹を濡らすことだ。これを樹冠遮断作用と呼ぶ。植物によって遮断された水は徐々に下方に移動するだろうが、その過程で蒸発する分もある。とくに立体的で表面積が多い樹木は、表面に付着させる水分量も多いが、そこに光や風が当たることで濡れた枝葉、幹から水を蒸発させる。それらの水は、地面に染み込むことはない。
この蒸発する水の量はどのくらいになるか。この点についての研究も行われているが、雨の降り方や森林の条件によってまちまちだ。日本で行われたいくつかの実験では、雨量の6%とか20%という結果が出ている。これは、決して少なくないだろう。降った雨のうち6%以上が地面に到達する前に大気中に戻っていくのだから。
江戸時代の学者であり備前藩に仕えた熊沢蕃山は、「山に木のある時、神気盛んなり」、そして森が雲雨を発生させる、と唱えた。つまり木々から水が蒸散することで大気中に水が増え雲が発生して降水量が増えると考えたのだ。しかし現在では、それは無理だとされている。日本の国土に降る雨は、大半が海から蒸発したものだ。大陸の内陸部、たとえばアマゾン地方のような広い地域なら森が蒸散させる水が雲になってもどってくることも考えられるが、日本の身近な山や森で、そのような現象を引き起こす力はない。
森林は落ち葉が溜まり、それがフカフカの腐葉土となって森林土壌を形成し、そこに水を蓄えるのだ、という意見もある。土壌の空隙に水が溜まり、すぐに流れださないという見立てだろう。これは水の総量の増減という観点から離れるが、雨が降らない時期でも川の水が枯れない説明としてよく使われる。果たして水源地の貯水力に森林は関与しているだろうか。
しかし、森林土壌の厚みはどれくらいあるのだろうか。せいぜい1メートルである。谷底なら5~6メートルあったという計測結果もあるが、逆に尾根筋では数センチしかないケースも少なくない。ここにため込む水の量だけで、何日も雨なしで水を湧き出すことができるだろうか。またフカフカの森林土壌というのは、逆に水を流しやすいと見ることもできる。空隙が多い、大きいということは、水の移動も簡単ということになるからだ。
実際の水は、森林土壌に溜まるのではない。溜まるのは、その下の岩盤層だ。岩に水は染み込めないと思うが、通常は、岩でも微細なひび割れが多く入っている。これを節理というが、ここに染み込んだ水は、容易に動きが非常に緩慢で、ゆっくり移動する。また岩盤層は非常に分厚い。だから総量としての水は豊富にため込むことができる。
もちろん、狭い節理に水を染み込ませるためには、水が岩盤に長く接しなければいけないから、フカフカの森林土壌が果たす役割も小さくはないだろう。その点からは、間接的に森は水を溜めるのに貢献していることになる。ただ、この当たりのメカニズムは十分にわからないことも多く、森がどんな役割を果たしているのか断言できない。
いずれにしても、森林は必ずしも万能ではなく、常に人間にとって都合のよい働きをしてくれるわけでもない。あるがままに存在し、それが見方によって水を溜めたり、洪水を防いだように見えるだけなのである。