育ちすぎた森は、水害を拡大しているのか
昨年の九州北部水害、今年の西日本豪雨。そして毎年の台風被害……。それらの報道を見聞きすると、近年被害をもたらす主な要因が変わってきたように思う。
単に山崩れと洪水による流水・水没による被害だけでなく、洪水で流された樹木が被害を大きくしている、と指摘されているのだ。これまで森林があれば水害が防げたのではないか、と言われていたのと若干様相が違ってきた。
森林が悪者にされるのは、どうも心地よくない。しかし森林があることで、山崩れや洪水などの被害を増幅する可能性はどれぐらいあるのだろうか。
まず流木問題はやはり深刻だ。流木は、山の斜面が大きく崩れた際に、そこに生えていた樹木が倒れて流されたり、洪水で河畔林などが削り流されたりして発生する。たまに伐採されたまま林内に残されていた間伐材も流される。流木が、あふれた水とともに建築物や橋梁などにぶつかれば破壊力を増し、被害を拡大する。
また川辺の樹木自体は流されなかったとしても、その樹木に川を流されている建築物の破片や草木、土砂・岩などが引っかかると、流れる水の抵抗となり、そこから水があふれて洪水を誘発しがちだ。あるいは流木が橋などに引っかかった場合も、水の流路を塞ぐことで洪水を招きやすくなるだろう。
山の斜面に生えている樹木も、実は山崩れの誘発原因になることがある。
樹木は相当の重量があるが、その重さの分だけ表土に負担がかかるからだ。その重量が斜面を崩すベクトルを生み出す。
しかも風によって樹木が揺らされると、根っこが抱える表土ごと動かされ、樹木が倒れたときに表土を引き剥がしてしまう。樹根が抜けた穴に雨水などが流れ込むと、地中深くに水を注ぎ込むことになり、土壌の結合力を緩めて浮力を生み出すうえ、岩盤との間に水の層ができてしまい、斜面の崩壊を早めるだろう。
これらの樹木、もしくは森林が水害に与える負の影響を考えると、より太い木ほど影響が大きいことに気付く。
太い木は洪水時に流れるものを引っかけやすいし、根っこも広く張っていて、倒伏時に表土を剥がす力が強いだろう。流されたら流されたで、破壊力は木の大きさに比例する。何トンもある大木がぶつかれば、コンクリート建造物でも破壊しかねない。
となると、太い木ほど水害の被害を拡大しかねないことになる。
太くなるまでにかかった年月を考えると老木が多いだろう。なかには芯が腐っていたりナラ枯れのような病虫害にやられていたりして、意外と倒れやすい側面もある。また倒れた際も大きさゆえ周辺への被害も大きくなりかねない。近年、森林には育ちすぎて大木が増えていることを考えると、たしかに森林の存在が水害を大きくする可能性はある。
このような指摘をすると、大きく育った木は危険だ、早めに伐採すべきだ、という声が出てきそうだが(とくに現在の林野庁なら言い出しかねない)、早まらないでほしい。
ここで指摘したのは、あくまで大木も倒すほどの風雨がもたらす巨大水害の場合である。むしろ日常的な土壌の流出防止や、河川の流量を降水量に左右されず平準化する効果などに、森林は大きな役割を果たしている。なかでも大木は枝葉や根を広く伸ばして表土を守る力が強いはずだ。
いわば傘と同じだ。にわか雨のときにさすと濡れずに済む。しかし台風の中で傘を広げてもびしょ濡れになってしまう(どころか傘も壊れる)だろう。豪雨の際は、もはや傘だけで濡れずにいられる状況ではない。それどころか壊れた傘が逆に人を傷つけるかもしれない。傘の効果は限られている。同じく森林の防災機能も限度があるということだ。
ところで傘と言えば、雨傘だけでなく日傘もある。同じく森林にも地表を覆うことで日傘のように気温の上昇を抑える効果が望める。
樹冠による陽射しの遮蔽効果に加えて、緑の葉は太陽光線のエネルギーを吸収する。さらに根から吸い上げた水を、葉の表面にある気孔から蒸散することで温度を下げる。おかげで木陰に入るとヒンヤリする。それは大きな木ほど効果的だ。
今夏は、豪雨だけでなく高温日の連続が続いた。そんなときに樹木および森林の日陰はありがたい。もちろん日傘と同じで防げる高温にも限度があるわけだが……。
森林の存在はさまざまな影響をもたらす。過剰な防災機能を期待してもいけないし、太く大きな木がもたらす被害を恐れすぎてもいけない。冷静に見極めていこう。