森林健康経営~脱炭素と生物多様性の認証が誕生
カーボンニュートラル。つまり脱炭素の重要性は、日本でもかなり広がってきた。大気中のCO2濃度が気候変動、とくに近年の酷暑に直結するという認識は広まっている。
では、ネイチャーポジティブは? 現状のままだと、地球上の生命の8分の1近くに当たる約100万種が数十年以内に絶滅しかねず、疫病の大発生や食料生産が滞る危機を招くと言われるのだが、イマイチ世間の関心が低い。
脱炭素と生物多様性。両方に重要な役割を備える森林を後押しする制度はないのだろうか。
森づくりを街とつなげる認証めざす
森林健康経営認証をご存じだろうか。これは静岡県浜松市にある森林健康経営協会の浅沼宏和氏が発案したものだ。協会メンバーには、環境・生態系の専門家や林業専門家、社会起業家、経営コンサルタントがいる。
浅沼氏は、会計専門家でありドラッカーに関する著作も多い経営コンサルタントだが、森林経営にも興味を持っていて、とくに小規模な山主の疲弊に気づいた。
森林経営に脱炭素面から支援する制度としては、炭素の排出権を取引するJクレジットはあるが、実質的に大面積所有者でなければ不可能である。
そこで主に小規模な森林を認証しようと考えた。
ただ浅沼氏は、森林はCO2以外にも防災や土壌、そして生物多様性の保全など多くの機能があり、世界的なネイチャーポジティブの動きも捉える。
そこで協会は「健康的な森づくり」に目を向けて、森にとって良い取り組みを認定し、街とのつながりを作っていく認証を考える。それが森林健康経営認証(FHM認証)である。
森林が健全・健康になるよう経営していることに認証を授ける。そして森林に興味を持つ企業と結びつける発想だ。そこではカーボンニュートラルとネイチャーボジティブを兼ねている。
認証は無料で、走りながら考える
今年9月には第1号の認証を誕生させた。
浜松市天竜区の林業家・前田剛志氏の「Kicoro(きころ)の森」2ヘクタールを自動車部品メーカーのソミックマネージメントホールディングス(静岡県磐田市)が森林管理に関わる事例を認証したのだ。
具体的には、「Kicoroの森10年プロジェクト」として、ソミックの社員が間伐や道づくり作業に参加して健康増進を結びつけるほか、森からの商品開発や地域通貨利用など多岐にわたって関与する。
認証の審査は基本的に無料(実費のみ)だが、結びつけた山主と企業のやり取りの間では金銭や労力提供などのやり取りも発生する。
「今年5月に認定ガイドラインをリリースしましたが、具体的に何が該当するかは、事例を積み上げていくことでさまざまなケースに対応する方針です。小さな取り組みを排除せず、走りながら考え“社会実装”をめざします」(浅沼氏)
今後は、ジビエ肉の普及活動や棚田の保全と地下水の涵養、古道の保全……なども認証対象にしていく方針だ。
「目に見えない資産」の非財務価値
もともとアメリカの経営学者ローゼンの提唱した「健康経営」という考え方がある。優れた経営者や人材、革新的技術を生み出す研究体制、特許などの知財やブランド、独自の販売網、そして社員の健康も「目に見えない資産」とするものだ。
そこに金銭では計れない非財務価値がある。この考え方を森林にも応用したのが森林健康経営なのである。
協会の認証が発表されると各地から反応があったが、意外にも大規模森林所有者からの問い合わせが多いという。また企業のCSR(社会貢献)からも興味を示された。いずれも、現在の行政や森林関連の制度に不満が見られるそうだ。
せっかく森林所有者がJクレジットを取得しても、企業側に刺さらない。もっと幅広く森林の価値を示す必要がある。そこに、この認証が効果的ではないかと考えるのだ。
大がかりな体制と多額の費用をかける認証ではなく、森林を通してカーボンクレジットとネイチャーポジティブの両立をめざす。
この認証事業が、今後どのように展開していくか注目したい。