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樹木の気持ちになれば、街路樹なんていらない!

田中淳夫森林ジャーナリスト
太く育ちすぎて柵や杭を飲み込んでしまった樹木(筆者撮影)

 このところ街路樹に関する話題が多い。都市再開発などで伐採しようとすると反対運動が起きる、街路樹が倒伏したり太い枝が落ちて怪我人が出る。落葉が多くて苦情が殺到する。店の前の街路樹を勝手に伐ってしまう会社まで現れる。

 街路樹を伐ろうとして反対され、伐らずに事故が起きると管理不足と批判される。なかなか管理者(主に行政)も大変だ。もっとも行政だって予算が足りず、専門家もいず、市民の声に行き当たりばったりに対応しているかのように見える。

 だが、もう一つの視点を忘れていないだろうか。それは樹木側、もっと言えば生態系側からの視点である。

 現在の街路樹の姿を見ると、これは「植物虐待」ではないか、と思うことが多くあるのだ。

 過度に行われる剪定は、ときとして枝葉をことごとく切り落とし、樹木を電柱のごとくしてしまう。一方で根上がりをおこしたり、幹が周辺のブロック、柵などを巻き込んだ姿はおぞましい。

 さらに樹勢が衰えキノコが生えたり、樹皮がボロボロに禿げた樹木も少なくない。そして常に排気ガスにさらされる環境。

小さな植樹桝いっぱいに根がつまり盛り上がった街路樹(筆者撮影)
小さな植樹桝いっぱいに根がつまり盛り上がった街路樹(筆者撮影)

 どう考えても、ほとんどの街路樹は植えられた植物にとって生育に適した環境にない。あまりに小さな植樹桝のスペースで根は十分に広がれず、土は硬く圧し固められ、水分は足りないか、あるいは地下水位の上昇で根腐れを引き起こす。入れられている土も、植える植物に合わせているとは限らず、幹ギリギリまでアスファルトで覆われているケースもある。

 京都市内の街路樹2340本の根上がり状況を通り別に調査した記録では、部分的に8割近く、少ないところでも1割近く、多くが4割に達していたという。

 さらに木が育つには日照不足の場所もあれば、ビルの反射光や夜間の街灯で光害を受ける植物もある。また植物は単体ではなく、異種も含めた群体で存在することで生態系を築いていく。1本だけ植えられた孤独な植物は、健康面でも思わしくないようだ。

 そもそも論だが、都市に街路樹という形の緑地は必要なのだろうか。

 一般には景観をつくる、日陰をつくる、車道と歩行者を分離して安全を確保する、防火帯になる……などの目的が上げられている。

 しかし、それらは人間側にとってのメリットだ。

添え木が幹にめり込んでいる。(筆者撮影)
添え木が幹にめり込んでいる。(筆者撮影)

 逆にデメリットとして、倒木落枝の危険、落ち葉、根上がりなどによる通行を阻害、枝葉を広げすぎて標識・看板が見えなくなる、電線などと競合する。根が排水管など地下埋設物を傷めたり、工事や管理の支障になる。また維持管理には相応のコストがかかり、負担が大きい……などと指摘される。

 これらも人間側の都合だ。

 街路樹が健全に育たなければ、結果的に人間にメリットはなくなり、被害を与えてしまうこともあるだろう。

 近年はアニマルウェルフェア(動物福祉)が言われだした。これは野生動物やペットだけでなく、家畜も含まれる。ニワトリやブタなどのケージ飼いが否定されるほか飢えや渇き、病気からの自由、ストレスをかけないような飼育方法が求められている。

 それに則して言えば、ボタニカルウェルフェアも考えるべきだ。根や枝葉が伸びる十分な空間、十分な水や養分を含む土壌、大気汚染や過度な剪定なども植物に対するストレスである。樹木単体ではなく、複数の樹木、草、菌類、昆虫……などを含めた空間をつくることが自然である。

 もし植物にとっての福祉を考えるなら、都市に街路樹は植えるべきではない。道路の脇に点々と植えられるだけでは、そこに豊かな生態系は築けない。

 それでも緑がほしいと思うのなら、十分な面積をとった緑地帯を都市部でも確保することだ。公園的な緑地もよいが、むしろ人が入らない空間としての緑地もほしい。

玉川上水緑道。これぐらいの幅があるべき。(筆者撮影)
玉川上水緑道。これぐらいの幅があるべき。(筆者撮影)

 最低でも幅5メートル、できれば一辺10メートル以上あり、そこに複数の草木が生える環境にするべきだろう。植えるのもできるだけ中低木に限る。大木になる樹種を選ぶなら、それ相応の面積が必要となる。イメージ的には、玉川上水の緑道などが浮かぶ。

 緑地を広く取ると落葉も道路に落ちにくくなるし、倒木の危険も減らせる。水や養分なども自立的になる。管理も少なくできコストは低く抑えられるだろう。

 街路樹のような点や線ではなく、面の緑地を点在させれば、都市にも生物多様性が多少取り戻せるはずだ。

 現在は道路に沿って確保している街路樹の敷地を除けば道路は広くできる。その代わりにロータリー交差点に変えたら真ん中に緑地が設けられる。一方で、人口減少などから都市にも空き地空き家が増えている現状を逆手にとれば、敷地の確保は不可能ではないだろう。

※これまで記してきた街路樹関連の記事。

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森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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