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屋台、自撮り、生演奏からコラボまで…ホントは楽しい?米国の抗議デモ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
14日、米カリフォルニア州ハリウッドで行われたデモで楽しそうに会話する参加者(写真:ロイター/アフロ)

人種差別への抗議デモで揺れる米国。日本のメディアからは、商店の略奪や警官隊との衝突、市内の占拠など、怖いイメージばかり伝わってくるが、実際のところはどうなのだろう。筆者自身の経験や現地メディアの報道から、デモの真の姿を探ってみたい。

緊迫感あふれる日本メディアの報道

12日、ヤフーの画面上に、共同通信が配信した「米デモ、シアトルに『自治区』 一帯占拠、大統領が非難」という見出しの短い記事が流れた。

記事は、米ミネソタ州ミネアポリス市で起きた白人警官による黒人男性の暴行死事件に抗議するためのデモが行われていたワシントン州シアトル市で、デモ隊の一部が警察署の建物付近の通りを占拠し、「自治区」の設立を宣言。これにトランプ氏が激しく非難し、介入も辞さない姿勢を見せているという内容だった。もっとも、記事の発信地がロサンゼルスとなっているので、記者が直接現場を取材して書いたわけではないことがわかる。

いかにも現地の様子が緊迫していることを伝えるこの記事にはヤフーのユーザーからも多くのコメントが寄せられ、上位のコメントには、デモの過激化を批判したり、治安維持のためにトランプ氏の強硬策を支援したりする内容も目立った。

楽しそうに自撮りする参加者

しかし、現地のメディアが伝えるシアトルの様子は、この記事の印象とはだいぶ違う。

例えば、現地から映像を交えながらリポートした三大ネットワークのABCニュースは、自治区内に食べ物を置いたテントが設置されたり、万が一に備えて医療スタッフがスタンバイしていたり、ミニコンサートやミニ演説会が開かれたりしている様子を伝えた。SNSを見ると、参加者が楽しそうに自撮りする様子も映っている。

自治区のメンバーが警官隊に対し区域内に入らないよう要請し、警官隊もそれに従っているため、映像からは警官の姿は見えない。ABCテレビのインタビューに答えた自治区の男性は、「われわれは警察と敵対しようとしているわけではなく、警察と協力して社会を変えていきたいと思っているだけだ」と語った。

トランプ大統領が「テロリストを鎮圧しろ、しないなら俺がやる」とシアトル市長に命じたことに関しても、現地メディアはむしろ、シアトル市長が、トランプ氏がホワイトハウス周辺でデモが行われた時に地下壕に逃げたことを引き合いに出し、「自分の地下壕に戻れ」と同氏を一喝したことや、ワシントン州知事が「無能な大統領は口出しするな」と批判したことを大きく報じている。

大坂選手もデモの輪に

ミネソタ州の事件に端を発した人種差別抗議デモは全米に広がっているが、略奪などの野蛮行為はデモに便乗した一部のならず者の犯行で、デモの大半はいたって平和的に行われていると、米メディアは繰り返し伝えている。

抗議デモへの支持を訴えたツイッターが日本で炎上したプロテニスの大坂なおみ選手も、ロイター通信の取材に、ミネアポリス市や、現在、生活の拠点としているロサンゼルス市で開かれた抗議デモに参加したと答えている。トッププロが選手生命を危険にさらしてまでデモに参加するとは考えにくいことからも、デモが平和裏に行われていることがうかがわれる。

米国で取材した実感

実は筆者も、日本の新聞社の駐米記者として大規模デモを何度か取材したことがある。米国では2006年から2007年ごろにかけて、全米の主要都市で何万人、何十万人規模のデモが繰り返し行われた。当時の主役は中南米からの移民やその子孫であるヒスパニック。不法移民への取り締まりを強化しようとする米議会の動きに抗議の声を上げるためだった。

筆者がいたロサンゼルスでも、2006年5月の50万人デモなど、大規模なデモが何度か行われ、そのたびに市中心部の高層ビルの谷間がシュプレヒコールを上げながら練り歩くデモ隊で埋め尽くされた。筆者もデモの参加者にインタビューしたり、一緒に歩いたりしてみた。印象に残っているのは、通りのあちこちに飲み物や食べ物を売る屋台が出ていたり、デモ行進の終点である市庁舎前の広場に大きなステージが設置され、メキシコの民族音楽であるマリアッチが生演奏されたりしていたことだった。自転車に乗って待機していた警官隊も、デモをのんびりとながめていた。

2007年にロサンゼルス市内で行われたヒスパニック系市民らによるデモ。子どもやベビーカーを押しながら参加する女性の姿も見える(筆者撮影)
2007年にロサンゼルス市内で行われたヒスパニック系市民らによるデモ。子どもやベビーカーを押しながら参加する女性の姿も見える(筆者撮影)

選挙と並ぶ民主主義のツール

14日の日曜日、ロサンゼルス市内では、人種差別に抗議する人たちとLGBTなど性的マイノリティの権利向上を訴える人たちの「合同デモ」が2万人を超える参加者を集めて開かれた。米国では毎年この時期、性的マイノリティのためのパレードが各地で開かれるが、今年のロサンゼルスのパレードは、新型コロナウイルスの影響で中止になった。合同デモはその代わりとして、黒人のLGBTグループが企画したものという。

会場となったハリウッド大通りには、「ALL BLACK LIVES MATTER」(すべての黒人の命は大切)の大きな文字がLGBTを象徴するカラフルなレインボーカラーで描かれ、参加者は、レインボーカラーの小旗や人種差別に抗議するプラカードを掲げながら行進したと、現地メディアは伝えている。

米国人や米国で暮らす人たちにとって、デモは、おそらく多くの日本人が考えるより、ずっと身近な存在だ。デモは憲法で認められた権利であり、社会をよりよく変えていくための、選挙と並ぶ民主主義のツールと認識されている。実際にデモに参加してみると、そのことがよく実感できる。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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