スウィフト、ビヨンセ、ディカプリオ… 米大統領選、セレブの相次ぐ支持表明は何を意味するのか
間もなく投票日を迎える米大統領選挙は、民主党カマラ・ハリス、共和党ドナルド・トランプ両候補の接戦が続く中、大物セレブによる各候補者への支持表明が相次いでいる。政治的発言はリスクを伴うにもかかわらず、セレブたちが果敢に旗幟を鮮明にするのはなぜか。2度の大統領選を含め、長年、米社会を取材してきた経験を踏まえて、探った。
歌手、俳優、プロスポーツ選手ら続々と
10月25日、歌手のビヨンセさんが、テキサス州で行われたハリス氏の選挙集会に参加し、支持を表明した。同日、俳優のレオナルド・ディカプリオさんもSNSで同氏への投票を呼び掛けた。31日には歌手のマドンナさんがSNSでハリス氏への投票を示唆した。
それ以前も、歌手のテイラー・スウィフトさん、ビリー・アイリッシュさん、ブルース・スプリングスティーンさん、テレビ司会者のオプラ・ウィンフリーさん、プロバスケットボール(NBA)のステファン・カリー選手らがハリス氏への支持を次々と表明している。
一方、俳優のメル・ギブソンさんやプロアメリカンフットボール(NFL)のニック・ボーサ選手らがトランプ氏支持を明らかにした。
だが、支持表明をするのはセレブだけではない。実は一般の有権者でも、誰に投票するか公言したり態度で示したりする人は非常に多い。有名人ではないのでニュースにならないだけだ。
一般の有権者も堂々と支持表明
奇しくもそれを証明するような出来事がつい最近あった。
トランプ氏がテレビ討論会で「ハイチからの移民がペットを食べている」と発言したことをきっかけに反移民感情が高まったオハイオ州で、その最中、郡の保安官がSNSに「住民は、庭に彼女(ハリス氏)の看板を掲げている人々の住所を全て書き留めておくべきだ」と投稿し、物議を醸した。
米国では選挙が近づくと、自宅の庭先に支持する候補者の名前を大きく書いた看板(ヤードサイン)を立てる家が多く、選挙の風物詩になっている。保安官が投稿の中で言及した看板はこれを指している。
投稿は民主党支持者や言論の自由に対する脅しと受け止められた。保安官は共和党員だった。事態を重視した郡の選挙管理委員会は、その保安官が率いる保安官事務所が期日前投票の期間中、投票所の警備を行うことを禁止した。
自家用車の車体に候補者の名前を書いたステッカーを張る人も多い。これも選挙の風物詩の一つだ。ステッカーを張った車が増えると、選挙が近いことを実感する。
筆者は2004年夏から2008年夏まで4年間、新聞記者として米国に駐在。その間、2004年と2008年の大統領選、2006年の中間選挙を取材した。選挙取材での一番の驚きは、政治を語ることにオープンな米国人の多さだった。
選挙の取材で感じたこと
2008年、激戦州の一つネバダ州のラスベガスで、民主・共和両党がそれぞれの大統領候補を選ぶために開く党員集会を取材した。
集会は地区ごとに開かれる。筆者が取材した民主党の党員集会は、平日の昼間、カジノ付きの豪華なホテルの会議室で行われた。参加者は約120人。仕事の合間に参加したのかコック帽をかぶった人や、候補者の名前入りのそろいのTシャツを着た集団もいて、にぎやかな雰囲気だった。
民主党の候補者はバラク・オバマ氏とヒラリー・クリントン氏の2人に絞られていた。集会が始まってすぐ、挙手による投票が実施された。だが決着が付かず、5人の態度保留者に対する両陣営からの公開説得工作が始まった。結局、4人がその場でオバマ支持を表明し、オバマ候補の勝利が確定。大歓声が上がった。
学校の教室を借りて行われた共和党の党員集会は粛々とした雰囲気だったが、参加者が自由に自分の意見を述べ合う様子は、民主党の党員集会と同じだった。
党員集会の参加者などを個別に取材すると、雄弁に政治を語る人が多かった。実名もだいたい教えてくれた。今回の選挙戦でも、米メディアの報道を見ていると、多くの有権者が、どういう理由で誰に投票するかを、顔ボカシなし、実名で堂々と語っている。
職場や会食の場など公の場所での政治の話はタブーとよく言われる。人間関係やその場の雰囲気を損なう恐れがあるからだ。少なくとも日本ではそう言われることが多い。だが米国では、それは必ずしも当てはまらない。
職場で政治の話は日常の光景
世論調査会社のギャラップが2月に行った調査によると、米国の労働者の45%が過去1か月の間に少なくとも1回は職場で同僚と政治に関する話をしたと答えている。職場に毎日出勤する労働者に限れば54%とさらに高い。
また14%が、職場で政治の話をしたら仲間意識が強まり、11%が同僚との親近感が増したと答えた。ギャラップは調査結果を踏まえ、「職場での政治的な会話は日常的に行われている」と述べた。
有力紙ワシントン・ポストは9月中旬、職場で政治の話をする時の注意事項をまとめた記事を掲載した。これは裏を返せば、職場での政治の話はタブーでないということだ。
米国ではデートの相手を探すのにマッチングアプリを利用する人が非常に増えているが、自分のプロフィールに政治的指向を含める人が多いという。マッチングアプリ最大手のティンダーがアプリの利用者にアンケートしたら、80%が政治的な指向や価値観は自身のアイデンティティーの重要な一部と答えた。
そのティンダーは9月、人工妊娠中絶など、利用者がどんな政治的問題に関心を持っているかが相手に一目で伝わる機能を導入した。
筆者は5月、仕事でカリフォルニア州を訪ねた際に、数人の米国人グループとディナーを共にする機会があったが、真向いの席の二十歳前後の女性とワインを飲みながら大統領選の話で盛り上がった記憶がある。
セレブの相次ぐ支持表明の背景には、米社会に根付く、こうした政治をタブー視しない文化があることは、おそらく間違いない。
#MeToo、BLMが起こした変化
もちろん、政治的意思表示にはリスクも伴う。スウィフトさんがハリス氏支持を表明した直後、彼女のSNSのフォロワー数が大きく減ったという報道があった。
2016年、NFLのスターだったコリン・キャパニック選手は、試合前の国歌演奏時に、黒人差別への抗議の意思表示として、直立不動の姿勢を取る代わりに片膝をついた。その後、所属チームとの契約は早期に打ち切りになり、その後どのチームからも声が掛からず、事実上、引退に追い込まれた。
だが、そうしたリスクは以前に比べれば小さくなっている。
プロ野球大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースのムーキー・ベッツ選手は2020年7月、黒人差別に抗議するため、試合前の国歌演奏時に片膝をついたが、今も大リーグを代表するスター選手だ。社会問題や人権問題について積極的に発言しているNBAのレブロン・ジェームズ選手もしかり。
変化のきっかけは、2017年に起きた性被害を告発する「#MeToo」運動や、2020年に広がった黒人差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動だ。セレブがSNSなどを通じて積極的に声を上げたことが、運動の拡大、ひいては女性や黒人などマイノリティーの人権の理解と向上に一役買ったと捉えられている。
現在の米社会には、セレブの政治的発言や政治的意思表示を単に容認するにとどまらず、むしろその名声や影響力を使って、社会に積極的に貢献すべきだという考え方すらある。
社会的地位の高い人は社会に対する責任も大きいというノブレス・オブリージュの発想に近い。今回の大統領選でも、誰がいつ支持表明するかがたびたび話題となった。
米メディアがセレブの支持表明をあえて無視したり批判的に論じたりするのではなく、それなりに大きく、そしてしばしば好意的に報道するのも、そうしたセレブの社会的機能を認識しているからに他ならない。