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人工芝、日米欧でやり玉に 環境汚染や健康被害の懸念 分かれる行政の対応

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
東京都内の公園に設置された人工芝(筆者撮影)

野球やサッカーのグランド、公園内の子どもの遊び場などに使われる人工芝が、日米欧でやり玉に挙がっている。人工芝の多くに環境汚染や健康被害を引き起こす恐れのあるマイクロプラスチックや有機フッ素化合物(PFAS)が含まれ、それら有害物質が実際に環境中に流出したり、人に付着したりすることが次々と確認されているためだ。ただ、行政の対応は、欧米と日本で分かれている。

米国では自治体の間で禁止の動き広がる

米国では州や市など自治体の間で、PFASを原材料に使った人工芝の使用を禁止する動きが広がり始めた。

PFASは1万種類以上あるとされる有機フッ素化合物の総称。調理器具や食品の保存容器、衣類、化粧品など様々な日用品に使用されているほか、半導体や泡消火剤、農薬の製造にも使われるなど、非常に幅広い用途がある。

しかし、自然環境下では極めて分解しにくく、地下水や土壌を長期間、汚染し、食品や飲み水などを通じて人の体内に入ると、発がんや免疫機能の低下、脂質異常、胎児の発育不全など様々な影響をもたらす恐れがあることが報告されている。

ニューヨーク州は今年12月28日、「カーペット回収プログラム法」を施行する。PFASがもたらす環境汚染や健康被害を防ぐための施策の一環で、カーペットの定義には人工芝も含まれる。施行後はプログラムが段階的に実施され、2026年12月31日以降はPFASを使ったカーペットの販売が禁止される。

コロラド州でも、PFASを原材料に使用したさまざまな製品の販売を禁止する州法が5月に成立した。この結果、2026年1月1日からPFASを使用した人工芝を新規に設置することができなくなる。

元大リーガーの相次ぐ死は人工芝が原因?

ペンシルベニア州の最大都市フィラデルフィア市の有力紙フィラデルフィア・インクワイアラーは3月21日付の社説で、市内の公共施設での人工芝の禁止を訴えた。

同紙は2023年3月7日付の紙面で、独自調査の結果、米大リーグのフィラデルフィア・フィリーズで1970年代から90年代の間にプレーした選手のうち6人が脳腫瘍で死亡したことがわかったと報じた。6人はいずれも40代~50代の若さで亡くなっていた。当時チームの本拠地だったベテランズ・スタジアムで実際に使われていた人工芝を入手して分析したところ、16種類のPFASが検出された。

16種類の中にはPFOSも含まれていた。PFOSに関しては、世界保健機関(WHO)の専門機関である国際がん研究機関(IARC)が2023年12月、発がんの危険性(ハザード)を評価し、4段階のうち3番目に危険性が高い「グループ2B」(人に対して発がん性がある可能性がある)に分類している。

フィラデルフィア・インクワイアラーはその後も人工芝の問題を追い続けてきた。社説は、メーカーがPFAS不使用と喧伝している新設の人工芝からも次々とPFASが検出されている事実を指摘。「がんや喘息など様々な健康問題との関連が指摘されている化学物質を原材料に使った人工芝の利用は、メリットよりもリスクのほうが大きい」と主張した。

米環境NGOのPEERは2023年夏、カリフォルニア州サンディエゴ市の郊外で人工芝の安全性を確かめるためにある実験を行った。実験では、6歳の少女3人に人工芝の上で90分間、サッカーボールで遊んでもらい、プレーの前後で手に付着したPFASの量がどう変化したか調べた。3人中2人はPFASの量が増えていた。

PEERの環境政策ディレクターで元環境保護庁(EPA)職員のカイラ・ベネット博士は、ワシントン・ポストの取材に対し、調査結果は社会に対する「警告」だと述べ、より大規模で科学的な調査の必要性を訴えた。

米大リーグの球場は天然芝がほとんど(筆者撮影)
米大リーグの球場は天然芝がほとんど(筆者撮影)

EUは域内全域で禁止へ

人工芝追放の動きは欧州でも起きている。

欧州委員会(EC)は2023年9月、マイクロプラスチックの販売および、マイクロプラスチックを意図的に添加し、使用時にマイクロプラスチックを放出する製品の販売を禁止した。製品の対象には人工芝に使われる粒状の充填材も含まれている。

ECによれば、粒状の充填材は、製品に添加されたマイクロプラスチックが引き起こす環境汚染の最大の要因。充填材は人工芝の葉の部分をまっすぐに立たせる目的などで大量に使用される。実際の販売禁止時期は製品によって異なり、充填材は8年後に販売禁止となる。

欧州連合(EU)は2030年までにマイクロプラスチック汚染を30%削減する目標を掲げている。ECのヴィルジニウス・シンケヴィチュス環境・海洋・漁業担当委員(日本の大臣に相当)は「意図的に添加されるマイクロプラスチックの禁止は、環境と人々の健康に対する深刻な懸念に対処するもので、人為的な汚染を減らすための大きな一歩となる」との声明を出した。

日本では環境省が協力要請

人工芝は日本でも密かに問題となっている。

環境省は「令和5年度検討結果 日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計」の中で、人工芝からのプラスチックごみの海洋への流出量が、パイル(天然芝の葉に相当する部分)から年間240トン、充填材から同最大2700トンに上ることを明らかにした。この中には土壌や地表への流出・蓄積は含まれていない。

同省は5月、全国の学校やスポーツ施設などで使われている人工芝からのマイクロプラスチックの流出量を抑えるため、文部科学省に協力を要請した。

環境省が人工芝メーカーなどと共同で作成した公表資料には、人工芝を使っている施設の管理者などがとるべき流出防止策として、人工芝の定期的な交換や、プラスチックごみの流出防止のための透水ネットの設置、靴の裏などについたプラスチック片を施設外に持ち出さないためのエアーブラシやローンブラシの用意などが列挙されている。

PFASが使われているか調査

これに対し、世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)など環境NGOや消費者団体などでつくる「減プラスチック社会を実現するNGOネットワーク」は8月、行政からの単なる協力要請ではマイクロプラスチックによる環境汚染の対策には不十分だとして、「スポーツ振興くじの助成に環境配慮を求める要望書」を盛山正仁文科相に提出した。

同ネットワークは、スポーツ振興くじを原資とする助成金制度がスポーツ施設や校庭で人工芝が増える大きな要因になっていると見ており、助成金を活用した整備事業から「グランドの人工芝生化」を外すなど制度の見直しを求めた。

実際、各自治体のホームページには、スポーツ振興くじの助成金を活用して小中学校の校庭やスポーツ施設に人工芝を新たに設置したという報告が非常に多く出ている。

同ネットワークの関係者によると、国内で利用されている人工芝にもPFASが原材料として使われているか調べるため、現在、市民グループなどが全国各地から最新の人工芝のサンプルを取り寄せて分析中。結果がまとまり次第、公表するとしている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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