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黒人差別問題への対応で窮地のトランプ大統領 自身の「成功体験」が仇に

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

11月の米大統領選で再選を目指すトランプ大統領が窮地に追い込まれている。新型コロナウイルスによる景気の大幅な悪化に加え、人種差別抗議デモへの対応が批判を浴び、支持率が急落。さらに、相次ぐ身内の造反がイメージ悪化に拍車を掛けている。今や四面楚歌のトランプ氏だが、それでもなお反感を招く挑発的な言動を続けるのは、「成功体験の呪縛」から逃れられないためだ。

4割を切る支持率

「私の印象では、CNNの世論調査はフェイク(インチキ)だ」――。トランプ大統領は、CNNテレビが独自の世論調査の結果を報道した翌日、得意のツイッターで天敵にかみついた。

CNNが8日公表した世論調査によると、大統領の支持率は約1カ月前の45%から7ポイント下落し38%。2019年1月以来の低い水準となった。逆に不支持率は57%に上昇し、2019年10月以来の高水準。CNNは「大統領選を控えたこの時期の38%という支持率は、カーター大統領と初代ブッシュ大統領が大統領選の年に記録した支持率とほぼ同じ。両大統領とも再選に失敗した」と報じた。現役が圧倒的に有利と言われる大統領選で、戦後、再選を果たせなかった大統領は、カーター、ブッシュ両氏を含め3人しかいない。

トランプ大統領の選挙対策本部は、CNNに調査結果の撤回と謝罪を要求し、訴訟も辞さない構えを見せた。トランプ氏がメディアの報道にケチをつけるのは日常茶飯事だが、訴訟までちらつかせるのは「初めて」と、ワシントン・ポスト紙は報じている。

だが、トランプ大統領に不利な世論調査結果を出しているのはCNNだけではない。著名な世論調査機関ギャラップが10日発表した調査結果では、支持率は39%と約1カ月前の49%から10ポイントも低下。他の調査でも軒並み下落している。

身内も離反

トランプ離れを起こしているのは世論だけではない。無抵抗の黒人男性が白人警官に窒息死させられたミネソタ州での事件を受けて、首都ワシントンで7日に行われた人種差別抗議のデモ行進には、トランプ氏と同じ共和党の重鎮ロムニー上院議員が参加。平和的デモに敵対的な姿勢を取り続けるトランプ氏に、公然と反旗を翻した格好だ。

また、昨年1月までトランプ政権の国防長官だったマティス氏や、2代目ブッシュ大統領の国務長官を務めたパウエル氏など軍出身の重鎮も、デモの鎮圧に軍の投入を示唆したトランプ氏を「憲法から逸脱している」などと激しく非難。11日には、現在の軍の制服組トップであるミリー統合参謀本部議長が、ワシントンで開かれていた平和的デモを催涙弾で蹴散らし、デモ隊のいなくなった教会の前でトランプ氏と一緒に記念撮影に応じたことを謝罪した。現役の軍の制服組トップが、軍の最高司令官である大統領の振る舞いに疑問を呈したことになり、米国内で大きく報道された。

これまでトランプ大統領の主張を代弁、擁護してきた保守系メディアのフォックス・テレビも、最近はトランプ氏に批判的な報道が目立っている。11日には、黒人女性キャスターが、トランプ氏への単独インタビューで、ミネソタ州の事件直後にトランプ氏が発し、人種差別的だと批判を招いたフレーズ「略奪があれば発砲する」を取り上げ、「このフレーズは誰が最初に使ったか知っているか」と詰問した。このフレーズは1967年、フロリダ州マイアミ市の白人警察署長が黒人を取り締まる際に使ったのが最初とされているが、トランプ氏はそれを知ってか知らぬか、答えをはぐらかした。

前回選挙戦の成功体験が仇に

今や四面楚歌の状態に陥っているトランプ大統領だが、トレードマークである過激な発言は健在だ。ツイッター上では相変わらず、民主的なデモを抑圧しようとしていると批判を浴びているフレーズ「法と秩序」を繰り返しツイートしたり、気に入らないメディアへの攻撃を繰り返したりしている。米メディアの報道によると、側近は大統領に対し過激な発言を控えるよう忠告しているが、トランプ氏はほとんど聞く耳を持たないという。

トランプ大統領の強気の背景にあるのは、自身の成功体験だ。2016年の大統領選でトランプ氏がとった戦略は、「移民はレイプ犯だ」などと過激なレトリック(巧言)を駆使してマイノリティを悪役に仕立てることで、自身の支持層となり得る白人保守層の憎悪と恐怖心を増幅させ、それを票につなげるというものだった。実際、世論調査では直前まで劣勢だったにもかかわらず、結果的には、民主党のクリントン候補を破って当選。大統領就任後も、白人保守層受けする過激な発言を繰り返すことで、リベラル派などから強い批判を受け続けてきたにもかかわらず、安定した支持率を保ってきた。トランプ氏は、こうした成功体験の呪縛から逃れられないのでいるのだ。

今や裸の王様

成功体験により自分が正しいと信じて疑わないトランプ大統領は、自分と意見が対立する側近や閣僚を次から次へと解任したり、辞任に追い込んだりしてきた。つい最近も、デモ隊への対応で異議を唱えたエスパー国防長官を解任しようとしたが、側近に説得されて解任を踏みとどまったと複数のメディアが報じている。周りをイエスマンで固めた裸の王様となってしまっているのだ。

このまま行けば、11月の大統領選での敗色は濃厚だ。米メディアもトランプ大統領の敗北予想を打ち出し始めている。トランプ氏再選のカギは、成功体験の呪縛から自らを解放できるかどうかにかかっている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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