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大谷選手も大はしゃぎの「シャンパンファイト」 でも名称使用はOK? 仏のシャンパン業界に聞いてみた

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
シャンパンファイトで勝利を祝うニューヨーク・メッツの選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

連日、熱戦が続くアメリカ大リーグのプレーオフ。各ステージを突破したチームはそのたびに「シャンパンファイト」で祝杯を上げる。しかし、そのシャンパンファイトに供される飲み物は、実はあのフランスのシャンパンではない。なのに「シャンパンファイト」と呼んで問題はないのか。名称の使用にうるさいシャンパンの業界団体「シャンパーニュ委員会」に直接質問してみた。

中身はカリフォルニア産

先週、サンディエゴ・パドレスを破って地区シリーズを制したロサンゼルス・ドジャースの選手らは試合後、クラブハウスに集まりシャンパンファイトで勝利を喜んだ。泡まみれになって大はしゃぎする大谷翔平選手や山本由伸投手の姿をテレビやSNSを通じて見た日本のファンも多いだろう。

しかし、この祝勝会を含めて、大リーグのチームがシャンパンファイトをするときに使う飲み物は、正確にはシャンパンではない。アメリカのコーベル社が製造するカリフォルニア産のスパークリングワインだ。

シャンパンとスパークリングワインは何が違うのか。シャンパンはスパークリングワインだ。しかし、スパークリングワインの中でシャンパンと名乗れるのは、フランスのシャンパン地方で、地元のブドウを使い、かつ決められた方法で製造されたスパークリングワインだけ。

シャンパンの名称はフランスの法律や国際協定によって手厚く保護されており、シャンパン地方以外の場所で製造されたスパークリングワインを勝手にシャンパンと名乗ることはできない。(ちなみにシャンパンは日本語での呼び名で、フランス語ではシャンパーニュ、英語ではシャンペインとなる。また、日本のメディアはシャンパンファイトと報じているが、アメリカのメディアや大リーグの公式サイトを見ると、シャンパン・セレブレーションと表現している場合が多い)

EUとアメリカの間で合意

ということは、カリフォルニア産のスパークリングワインを使ったシャンパンファイトは、シャンパンファイトと呼んではいけないのか。実はこれが微妙な問題だ。

シャンパン、シャブリ、ブルゴーニュなど世界的に有名なワイン産地を多く抱えるフランスは、どんな形であれ、それら産地名を第三者がマーケティングなどのために勝手に使うことに非常に神経をとがらせてきた。実際、アメリカでは、シャンパンやシャブリなどの名前を冠したアメリカ産のワインが普通に売られていた。

同様の問題はイタリアやスペインなども抱えていた。そこで、欧州連合(EU)とアメリカは交渉による問題の解決を試みた。2005年、双方はアメリカ産のワインにヨーロッパの有名産地の名前を使用しないことで合意した。

ただし、EU側が妥協した部分もあった。2006年3月以前にアメリカ国内で発売されたワインで、すでにシャンパンの名称を使用していた商品については、産地名を併記するとの条件付きで、引き続き名称の使用を認めた。コーベルのスパークリングワインにもそのルールが適用されたため、同社のスパークリングワインのボトルには今も「カリフォルニア・シャンパン」と表記されている。

容赦ないシャンパーニュ委員会

だったら、コーベルのカリフォルニア・シャンパンを使ったシャンパンファイトをそう呼んでも、なんら問題ないのではないか。そう考えがちだが、シャンパーニュ委員会は必ずしも問題なしとは見ていない。

シャンパーニュ委員会はプロモーションを含め様々な活動をフランス内外で展開しているが、なかでも力を入れているのが名称の不適切使用の監視だ。不適切使用と判断した場合は法的措置も辞さない。対象はワインだけでなく、例えば香水やアクセサリー類にシャンパンの名称を使用した場合も容赦しない。

実際、過去には、「シャンパン・ジェイン」のニックネームでシャンパンの講座を開いたり情報発信をしたりしていたオーストラリア人の女性を訴えたこともある。裁判は結局、女性側が勝訴した。業界内には当時、少しやりすぎではないかという論調もあった。

そのシャンパーニュ委員会に今回、シャンパンファイトに関する質問をメールで送ってみた。すると、あまり日を置かずに、マリー=アンヌ・アンベール法務部長名で返事が来た。この手の質問は無視されることも珍しくないので、ちょっと驚いた。

シャンパン(筆者撮影)
シャンパン(筆者撮影)

「大リーグに問い合わせる所存」

回答内容は以下の通り(英語の回答を筆者が日本語に翻訳した)。

「周知のとおり、アメリカにはカリフォルニア・シャンパンと呼ばれるスパークリングワインがあり、一定の条件を満たせば、名称の使用を続けることは可能だ。

しかし、シャンパーニュ委員会は、消費者がそうした商品と本当のシャンパンを混同することを懸念しており、ルールの変更を提唱している。

当委員会はまた、シャンパン地方以外で製造されたスパークリングワインが、プロモーションや関連する活動のためにシャンパンの名称を不適切に使用することを注意深く監視している。

当委員会は原則、シャンパンの名称使用を許可したり使用に関しライセンスを付与したりすることはない。また、カリフォルニア・シャンパンのラベルや広告には、アメリカン・シャンパンあるいはカリフォルニア・シャンパンとはっきり表示する必要がある。

したがって当委員会は、『シャンパン・セレブレーション』の呼称に関し、アメリカのプロ野球リーグに問い合わせ、シャンパンの名称をルールにのっとって使用しているか確認する所存だ」

多くの国が産地名の保護に力

日米の多くの野球ファンにとっては、シャンパンファイトに使われる飲み物が本物のシャンパンであろうと単なるスパークリングワインであろうと、また、それがなんと呼ばれようと、おそらくどうでもよい話だ。

しかし、ビジネスの立場から言えば、長い年月をかけて築き上げてきたブランド名を勝手に使用されることは到底、看過できない。日本政府も日本各地の産地名を、ワインを含む農産品のブランド名として保護すべく力を入れるなど、産地名を知的財産と捉える国は非常に多い。

果たしてシャンパンファイトの呼び名は今後どうなるのだろうか。大谷選手らの今後の活躍とともに、少しだけ気になるところだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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