「ケネディショック」広がる米国 次期食品行政トップ人事に産業界は戦々恐々 食生活激変の可能性も
ドナルド・トランプ次期米大統領が米国民の健康を預かる保健福祉省の長官にロバート・F・ケネディ・ジュニア氏を指名したことが様々な方面に衝撃を与えている。ケネディ氏は日本ではもっぱらワクチン懐疑派と報道されているが、米主要メディアは、同氏が農薬や遺伝子組み換え技術の使用禁止を訴え大企業と闘ってきた実績にも注目している。サプライズ人事が米国民の食生活を大きく変えるのではないかとの見方すら出ている。
「米国を再び健康に」
ケネディ氏は大統領選期間中、トランプ氏がかかげたスローガン「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」にならい「Make America Healthy Again(米国を再び健康に)」と訴えてトランプ氏を援護射撃した。
ケネディ氏は「ワクチンは安全性試験なしに認可される唯一の医薬品」、「安全で効果的なワクチンなどない」などと、ワクチンの安全性に繰り返し疑問を投げかけてきた。米国では新型コロナウイルス感染拡大時にワクチン接種の是非をめぐって社会が分断し、今もその余波が続いている。それだけに、公人によるワクチンを否定するような発言は波紋を広げやすい。ケネディ氏本人は、自分はワクチン否定派ではないと反論している。
そうした中、主要メディアの多くがここにきて盛んに報じているのが、食品行政をめぐるケネディ氏の考え方と弁護士としての実績、そしてそれらが米社会に及ぼし得る影響だ。
ケネディ氏は、農薬や遺伝子組み換え技術の農作物への使用が国民の健康を害していると主張し、それらの使用に反対してきた。子どもたちの健康を守る観点から、学校給食からの超加工食品などの排除も訴えてきた。
また、保健福祉省の一部門で食品行政を担当する食品医薬品局(FDA)を、食品業界の言いなりになっているとして強く批判。保健福祉長官に就任したら職員を大量に入れ替え、一部組織を解体するとまで明言している。さらに、農薬を含む化学物質を管理する環境保護庁(EPA)を実質的に保健福祉長官の配下に置く意向も示している。
辣腕弁護士の一面
弁護士としての実績もある。米国ではここ数年、除草剤「ラウンドアップ」をめぐる巨額の損害賠償訴訟が相次いでいる。先駆けとなったのは、カリフォルニア州在住の当時40代の男性が、ラウンドアップを使用し続けた結果、非ホジキンリンパ腫を発症し末期がんを患ったとして、開発元のモンサント社を訴えた裁判だった。この男性の弁護団の一人がケネディ氏だった。
2018年8月、州裁判所はモンサントに対し、懲罰的賠償金を含む2億8900万ドル(現在の為替相場で約448億円)の支払いを命じる評決を出した(その後、減額)。2021年に制作された日本のドキュメンタリー映画『食の安全を守る人々』にも、モンサントと闘った弁護士として登場している。
トランプ氏はケネディ氏を保健福祉長官に指名した14日、「米国民の安全と健康を守ることはどの政権にとっても最も重要な任務であり、保健福祉省は、米国が健康の危機に直面している最大の要因である有害な化学物質、汚染物質、農薬、医薬品、食品添加物からすべての国民を守るために大きな役割を果たすだろう」とXに投稿し、ケネディ氏への期待を表明した。
幅広い層から支持
ケネディ氏を支持する声はトランプ氏周辺や共和党からだけでなく、民主党支持者や食品科学の専門家、食の安全に取り組む市民グループなど幅広い層から聞こえてくる。
環境学などが専門のデラウェア大学のサリーム・H・アリ教授は、8月に経済誌フォーブスに寄せた「環境衛生とトランプ・ケネディ連合」と題した論文の中で、ケネディ氏が自らの選挙キャンペーンを中断してトランプ氏支持を打ち出した際に行った演説の内容を取り上げ、次のように述べている。
「彼は、農薬や食品添加物に含まれる内分泌かく乱物質と、発達障害患者が不可解に増え続けていることとの関連について力説した。両者の関連性を示唆する科学的根拠は様々な研究ですでに打ち立てられており、ケネディ氏の主張はワクチンや水銀に関するものを除けば、けっして物議を醸すものではない。(中略)ケネディ氏はたまに見当違いの発言もするが、彼の環境問題に取り組む真摯な態度は疑う余地がない」
『食の安全―政治が操るアメリカの食卓』の著者で元ニューヨーク大学教授のマリオン・ネッスル氏は、学校給食から超加工食品を排除するケネディ氏の考えを支持すると、ワシントン・ポスト紙の取材に答えている。
民主党に失望する母親たち
インスタグラムで約200万人のフォロワーを持つ「フード・ベイブ」こと活動家のヴァニ・ハリ氏は、もともと民主党支持者だが、今やトランプ政権に期待を寄せる米国人の一人だ。ハリ氏は9月下旬、共和党のロン・ジョンソン上院議員が主催した円卓会議にケネディ氏らと共に参加した。
ハリ氏はSNS上などで大手食品メーカーを批判することで人気を集めた。現在は、ケロッグに対し、同社が米国内で販売している製品から、欧州で販売している製品には使っていない人工着色料や合成保存料を除去するよう求め、署名活動などを展開している。ハリ氏は、トランプ氏とケネディ氏がタッグを組むことで政府機関の腐敗を根絶することができ、食の安全の問題も大きく前進するなどとメディアに語っている。
食の安全に取り組む全米の母親らでつくる非営利組織「Moms Across America(アメリカ全土のママたち)」のゼン・ハニーカット代表も、ケネディ氏の保健福祉長官への就任を強く希望する一人だ。もともと民主党員だったが、民主党の政策に失望し、現在は民主・共和どちらの政党にも属していない。
ハニーカット氏は筆者の取材に対し、農薬や有害な添加物、遺伝子組み換え食品を食卓からなかなか追放できないのは、保健福祉省が大企業によって支配され腐敗しているからだと指摘。問題を解決する唯一の方法は大企業の影響を受けない人々を政府機関内に送り込むことだと述べた。
報道によると、ケネディ氏は現在、同省内の主要なポジションに据える候補者の人選を独自に進めており、ハニーカット氏は候補者の一人という。「チャンスがあれば、その一人になりたい」と筆者に対し政権入りに意欲を示した。
共和党の政策とは真逆
ケネディ氏に期待の声が高まる一方、果たしてケネディ氏が閣僚人事を握る議会上院の承認を得られるのか、また、かりに就任できたとしても、自身の政策を思い通り遂行できるか疑問視する声も多い。
米メディアによると、食品・バイオ業界は、農薬や食品添加物などが使えなくなると大打撃を受けるとして、複数の共和党議員に対しケネディ氏を承認しないよう活発なロビー活動を展開し始めている。共和党議員の一部は反対票を投じるとの報道もすでに出ている。
また、共和党はこれまで、大企業から選挙支援などを受ける見返りに、農薬の規制緩和など産業界が望む政策を積極的に推進してきた。第一次トランプ政権ではそれが特に顕著で、例えば、ニューヨーク・タイムズ紙によると、トランプ大統領は在任中、公衆衛生の専門家が強く求めていた殺虫剤クロルピリホスの規制強化を見送った。
クロルピリホスをめぐっては、2019年8月に欧州連合(EU)の欧州食品安全機構(EFSA)が、食品などを通じたごく少量の摂取でも子どもの脳の発達に影響を及ぼす可能性を指摘。これを受けてEUは2020年1月末に、農薬としての承認を取り消した。
同紙によれば、当時、EPAが内部で、クロルピリホスは幼児の脳の発達を阻害する可能性があるとの報告書をまとめたが、トランプ氏が送り込んだ化学業界出身の同庁の幹部らが報告書の結論受け入れを拒否した。
ケネディ氏が追求する政治目標とトランプ氏や共和党の食品行政に対する本来の政策スタンスが真逆であることは明らかだ。しかし、トランプ氏が「政府効率化省」を新設し、トップに実業家のイーロン・マスク氏を据えることが明らかになったように、行政組織の大改革を目指す点では両者は一致している。
米国の食品政策は日本の食品行政や世論に影響を与える可能性もあるだけに、ケネディ氏をめぐる今後の動きから目が離せない。