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ウクライナ迎撃戦闘2023年5月~2024年4月の一年間の傾向と分析

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ空軍司令部より2023年5月16日の撃墜戦果「キンジャール」×6撃墜

「ロシア軍の発射した高速目標の増加による迎撃率の低下は、ウクライナ軍の防空能力の弱体化を意味しない」

 ロシア軍の長距離ミサイル・ドローン攻撃に対するウクライナ迎撃戦闘について、ウクライナ空軍司令部の発表数値を元に2023年5月~2024年4月の一年間の傾向を分析します。出典:ウクライナ空軍司令部

 先ず集計を簡易にするために長距離ミサイル・ドローンを以下のように分けます。この分け方は迎撃の難易度に基づいています。基本的に高速目標の特に弾道ミサイルは、弾道ミサイル防衛システムであるパトリオット(及び準じた性能を持つSAMP/T)でなければ迎撃できません。低速目標は一般的な通常の防空システムでも迎撃が可能です。

高速目標

  • 弾道ミサイル:イスカンデルM、キンジャール、KN-23
  • 転用ミサイル:S-300、Kh-22/32、P-800オーニクス

低速目標

  • 巡航ミサイル:Kh-101/555、カリブル、イスカンデルK、Kh-69
  • 自爆ドローン:シャヘド136/131

※Kh-59空対地ミサイルとKh-31P対レーダーミサイルは除外。

※ここでのドローンは長距離攻撃用のGPS誘導によるプログラム飛行型自爆無人機。遠隔操作を行わず、ドローンというよりはプロペラ推進の小型で安価な遅い巡航ミサイルと認識したほうが実態に近い。

※転用ミサイルは本来は対地攻撃用ではない対艦ミサイルや対空ミサイルの転用。本物の弾道ミサイルに比べて対地攻撃能力に劣るが、超音速を発揮できるので迎撃が困難。

 もしも「ミサイル」と「ドローン」だけで分けてしまうと、「ミサイル」の中に高速の弾道ミサイルと低速の巡航ミサイル(亜音速型)が混じってしまい、迎撃特性からの傾向が分からなくなってしまいます。

低速目標の迎撃率は高いまま安定(なので分析せず)

 低速目標(巡航ミサイルとドローン)の迎撃率の傾向はこの一年間で大きな変動はなく、迎撃率80~90%の付近で安定しているので、ここでは詳しい数字を紹介しません。最近の2024年1月~4月の数カ月間の傾向を見ても、低速目標への迎撃率は高い数字を保ったままです。ウクライナ軍の防空能力が弱体化した兆候は無く、迎撃ミサイルが枯渇したような様子は見受けられません。

関連:ウクライナの迎撃率は低下していない、巡航ミサイルと自爆無人機の迎撃率は80~90%と高く安定したまま(2024年5月14日)

※2024年4月の迎撃率は全体で74%、低速目標に限ると87%の成績。

高速目標の飛来傾向

 つまりウクライナにおける長距離ミサイル・ドローン迎撃戦で迎撃率が変動している要因は高速ミサイルの投入数の変動と関連しています。基本的に高速ミサイルは配備数の少ないパトリオットまたはSAMP/Tでしか迎撃できないのですから、未配備地域を狙われたら迎撃できません。逆に言えばパトリオット配備地域を弾道ミサイルで狙ってきたら迎撃は可能です。

 よって、高速ミサイルの飛来傾向の変動で迎撃率が低下しても、ウクライナ防空システムの迎撃ミサイルの枯渇などで能力が弱体化したことを意味しません。パトリオットとSAMP/Tの配備数が少ない以上は、未配備地域を狙われて迎撃率が低下しても当初からの問題であり、新たに発生した問題ではないのです。

 そこでここでは高速ミサイルの飛来傾向のみ1年間の変遷を分析することにします。先ずウクライナ軍のパトリオットが初配備されたのは2023年4月の後半です。これを見たロシア軍はパトリオットの能力を試そうとしたのか、翌月にパトリオット配備地域の首都キーウを弾道ミサイルで狙ってきました。キンジャールやイスカンデルMなど本物の弾道ミサイルで攻撃したのです。そして返り討ちに遭いました。

【高速目標】弾道ミサイル発射数の推移

  • 2023年05月:23発(21撃墜) ※うちキンジャール×7(7) 
  • 2023年06月:9発(9撃墜) ※うちキンジャール×9(9)
  • 2023年07月:7発(0撃墜)
  • 2023年08月:7発(1撃墜) ※うちキンジャール×7(1)
  • 2023年09月:2発(1撃墜)
  • 2023年10月:7発(0撃墜)
  • 2023年11月:5発(1撃墜)
  • 2023年12月:37発(18撃墜) ※うちキンジャール×5(0)
  • 2024年01月:57発(15撃墜) ※うちキンジャール×20(10)
  • 2024年02月:13発(1撃墜) 
  • 2024年03月:29発(4撃墜) ※うちキンジャール×11(1)
  • 2024年04月:20発(0撃墜) ※うちキンジャール×10(0)

※転用ミサイルを除外して、本物の弾道ミサイルであるイスカンデルMとキンジャールと北朝鮮KN-23に絞った集計。

※2023年5月29日の報告には「イスカンデルMとイスカンデルKを合わせて11発が飛来し全弾撃墜」とあるが、M型は弾道ミサイルでK型は巡航ミサイルであり全くの別物で同列扱いはできない。ただしここでは内分けの詳細不明により暫定的に11発全てM型として集計。

※一部の報告に「種類不明の弾道ミサイル」があり、これはS-300が混じっているおそれがある。イスカンデルMを近距離発射した場合にはS-300対地攻撃使用と見分けが付き難い場合が有り得る。

※キンジャールはイスカンデルMの空中発射型なので飛行中の種類の特定が容易。一方で地上発射型のイスカンデルMとKN-23を飛行中にレーダーで種類を識別するのは困難。

 2023年5月に首都キーウに対して纏まった数の弾道ミサイル攻撃が行われたのはパトリオット防空システムを狙った挑戦でした。このパトリオットVS弾道ミサイルの直接対決という条件が発生したので、「弾道ミサイル攻撃が行われたのに迎撃率が高い」という例外的な現象が起きています。翌月の2023年6月16日にもキンジャール6発とカリブル6発の複合攻撃が仕掛けられましたが全弾撃墜され、ロシア側はパトリオット相手には通用しないと悟ったのか弾道ミサイルの使用が一旦低調となり、2023年6月~11月の6カ月間は弾道ミサイルの発射は一桁台が続きます。

 2023年12月から弾道ミサイルの発射数が突然に増えます。これは2023年6月~11月の6カ月間に弾道ミサイル発射を少なく抑えて生産した分を貯め込んだ備蓄分と、ロシアが北朝鮮からKN-23弾道ミサイルを購入した分の、両方が合わさった結果でしょう。

 2023年5月~2024年4月の一年間の弾道ミサイル発射総数は211発です。ただし一部の報告に「種類不明の弾道ミサイル」があり、これはS-300地対空ミサイルの対地攻撃転用が混じっているおそれがあります。また北朝鮮KN-23の購入推定数は約50発とみられ、これらを引くと、純粋なロシア製弾道ミサイル(キンジャールとイスカンデルM)の使用数は月間平均10~12発程度だと推定されます。

 ロシア軍は2022年2月24日の開戦初期に弾道ミサイルの使ってよい備蓄を戦術目標を中心に発射してあらかた消耗しており、2022年10月半ばから始まった電力施設を狙った長距離ミサイル・ドローンによる戦略爆撃では、弾道ミサイルを攻撃の主力とすることができませんでした。数上の主力は低速の巡航ミサイルと自爆ドローンでした。

 大きく高価な弾道ミサイルは、安い巡航ミサイルやドローンと比べて生産による補充が容易ではありません。おそらくロシアの短距離弾道ミサイル生産能力は当初は月産5発程度だったところを、増産を図って月産10~12発程度になったのが今現在の状況と推定されます。もしもイスカンデルMの在庫が潤沢にあり生産能力も十分であるならば、北朝鮮からKN-23を買って来る必要はないはずです。

※ただし、ウクライナ空軍司令部の報告数は実際に戦争で使用された発射数とは限らない。たとえばイスカンデルMを前線付近の戦術目標に使用した場合、長距離攻撃と認識されず報告に入っていない場合が有り得るので、実際の発射数は発表数値より多い。

【高速目標】転用ミサイル発射数の推移

  • 2023年05月:17発(0撃墜) ※うちS-300×12(0) 
  • 2023年06月:22発(0撃墜) ※うちS-300×4(0)
  • 2023年07月:37発(0撃墜) ※うちS-300×4(0)
  • 2023年08月:12発(0撃墜) ※うちS-300×8(0) 
  • 2023年09月:3発(0撃墜) ※うちS-300×1(0) 
  • 2023年10月:11発(0撃墜) ※うちS-300×11(0)
  • 2023年11月:17発(0撃墜) ※うちS-300×14(0) 
  • 2023年12月:32発(0撃墜) ※うちS-300×24(0)
  • 2024年01月:67発(0撃墜) ※うちS-300×45(0)
  • 2024年02月:37発(0撃墜) ※うちS-300×24(0)
  • 2024年03月:69発(0撃墜) ※うちS-300×61(0)
  • 2024年04月:42発(2撃墜) ※うちS-300×36(0)

※転用兵器であるKh-22空対艦ミサイルとS-300地対空ミサイルとP-800オーニクス地対艦ミサイルを集計。本来は対地攻撃用の兵器ではないので、弾道ミサイルに比べると能力に劣るが、この3種類は超音速を発揮可能なので迎撃は困難。

※S-300は他の長距離兵器と比べると射程が短いので前線付近で使われることが多く、飛翔時間が短く、そのため正確な数が計測できていない場合が多く、飛来数が報告されていない場合や「複数発」という大雑把な報告例もあるため、正確な数ではないことに注意。

※P-800オーニクスの最後の使用は2023年11月11日。現在まで約5カ月間ほど発射が途絶えている。地上発射システムの名称はバスチオン。

 最近数カ月の傾向として転用ミサイルの投入数が大きく増加しています。その増加したほとんどはS-300地対空ミサイルの対地攻撃転用です。そしてロシア軍はこれらの転用ミサイルを数合わせの補助用兵器として扱っているので、パトリオット配備地域に対しては積極的な投入を行っていません。その結果としてこの一年間で撃墜されたのは2024年4月のKh-22空対艦ミサイル2発だけとなっています。

 これら転用ミサイルはパトリオットが待ち構えていれば撃墜は難しくありません。しかし例えばS-300の場合は射程があまり長くないので前線付近への発射が多く、貴重なパトリオットを狙われやすい前線付近に配置したくないという問題があり、パトリオット配備数が少なく余裕がない現状では、恒久的な前進配置は難しいでしょう。

 つまりS-300を撃墜できないのは必要な防空機材を適切な位置に置けていないからで、ウクライナ軍の防空能力が弱体化したわけではありません。現状では最初からずっとこの配置にならざるをえないのです。

ウクライナ迎撃戦闘2023年5月~2024年4月の一年間の傾向と分析

  • 2023年05月 ※パトリオットとキンジャールの交戦
  • 2023年06月 ※パトリオットとキンジャールの交戦
  • 2023年07月 
  • 2023年08月 
  • 2023年09月 
  • 2023年10月 ※巡航ミサイル発射を控えて備蓄期間
  • 2023年11月 ※巡航ミサイル発射を控えて備蓄期間
  • 2023年12月 ※北朝鮮KN-23弾道ミサイル投入開始
  • 2024年01月 ※パトリオットとキンジャールの交戦
  • 2024年02月 ※北朝鮮KN-23弾道ミサイル投入終了
  • 2024年03月 ※S-300地対空ミサイル対地大量投入
  • 2024年04月 
  1. 2023年5月のパトリオットとキンジャールの交戦は「弾道ミサイル攻撃が行われたのに迎撃率が高い」という戦績を達成。
  2. 2023年12月以降に高速目標(弾道ミサイル、転用ミサイル)が増加。原因は北朝鮮KN-23の投入とS-300の大量投入。
  3. 2023年10月と11月はKh-101巡航ミサイルの発射が完全に止まり備蓄期間に入ったことで巡航ミサイルの発射が激減。弾道ミサイルの発射数が少ないままなのにミサイルの中では弾道ミサイルの比率が高まり、結果として迎撃率が低下。

 仮にドローンを除外してミサイルのみで比較すると(推奨される比較方法ではない)、2023年5月~2024年4月の一年間で最初の6カ月間と後半の6カ月間では、迎撃率が半分近くに落ち込んでいるように見えます。しかしそれは冒頭で述べた通り、「ロシア軍の発射した高速目標の増加による迎撃率の低下は、ウクライナ軍の防空能力の弱体化を意味しない」と分析できます。ウクライナ軍の防空システムの迎撃ミサイルの備蓄が尽きたとか、そういった兆候は見えません。

 解決策としては高速目標を撃墜できる弾道ミサイル防衛システムの追加供与、パトリオットとSAMP/Tの更なるウクライナへの供給が望まれています。

 この記事の最初の方で、迎撃の傾向を把握する場合は「高速目標」と「低速目標」に分けて考えるべきと唱えました。そうしないと迎撃難易度による傾向が分からなくなってしまうからです。故に「ミサイルのみで比較」ではまともな分析にはなりません。また「ミサイルとドローンの比較」でも分析は上手く行かないでしょう、ロシア軍の長距離攻撃で用いられるシャヘド136自爆無人機はドローンというよりは実態は小さな巡航ミサイルだからです。

追加記事:低速目標の傾向と分析:ウクライナ迎撃戦闘2023年5月~2024年4月 ※巡航ミサイルと自爆ドローンの飛来数と傾向

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弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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