ウクライナ迎撃戦闘2024年3月の結果と分析
2024年3月にウクライナ空軍司令部および参謀本部が報告したロシア軍の長距離ミサイル・ドローン攻撃は合計で810発にも及んでいます。3月は3週間目まではミサイルがほとんど飛来せずシャヘド136自爆ドローンによる攻撃が続いていましたが、21日に首都キーウへの大規模ミサイル攻撃が行われた後に、22日、23日、29日、31日に電力施設を狙った大規模ミサイル攻撃が行われました。
冬が終わり暖房の必要性が無くなったタイミングで停電狙いの電力施設攻撃を行ったロシア軍の意図は不明ですが、火力発電所や変電所のみならず水力発電所まで狙われています。ハルキウ第5火力発電所(3月22日)はミサイル攻撃で大損害を受けて復旧まで1年掛かる見通しで、ドニプロ水力発電所(3月22日)も攻撃を受けて発電機能停止、そしてカニウ水力発電所(3月29日)とドニステル水力発電所(3月29日)まで狙われました。
ただしロシア軍は水力発電所のダムまでは破壊する気は無かったのか(基本的に意図的なダム破壊はジュネーブ条約違反)、発電施設を狙った限定攻撃でした。もしもドニステル水力発電所のダムが崩壊すると下流の沿ドニエストル共和国(親ロシアの未承認国家)まで被害を受けてしまうので、ロシアとしてもダム破壊は避けたいでしょう。ただし攻撃する以上、うっかり間違えて破壊し過ぎてしまう事態が起きる可能性も否定できません。
○2024年3月:810発(610撃墜、75%)
- 高速ミサイル:98発(4撃墜、4%)
- 低速ミサイル:116発(95撃墜、82%)
- 低速ドローン:596発(511撃墜、86%)
※高速ミサイルは弾道ミサイルや超音速巡航ミサイルなど。低速ミサイルは亜音速巡航ミサイル。低速ドローンはGPS誘導のプログラム飛行で長距離飛行できる仕様の自爆無人機をこの記事では分類。
※Kh-59空対地ミサイル、Kh-31P対レーダーミサイル、Kh-35空対艦ミサイルは除く。また空軍と参謀本部の報告に無い弾道ミサイルの飛来が数発あるが、集計からは除外。
※出典:ウクライナ空軍司令部およびウクライナ軍参謀本部。3月11日~14日の間に空軍司令部の発表報告が途絶えていた時期があり、その間は参謀本部の発表報告で代用。
発射数は12月(776発)→ 1月(582発)→ 2月(457発)→3月(810発)と推移しており、冬季にあまり電力施設を狙った攻撃をせず、春になって3月後半から電力施設を集中的に攻撃するという、いささか予想外の流れとなっています。
○高速ミサイル:98発(4撃墜、4%)
- キンジャール空中発射弾道ミサイル:11発(1撃墜)
- イスカンデルM弾道ミサイル:16発(1撃墜)
- 不明弾道ミサイル(ツィルコン極超音速巡航ミサイル?):2発(2撃墜)
- Kh-22空対艦ミサイル(対地転用):8飛来(0撃墜)
- S-300地対空ミサイル(対地転用):61飛来(0撃墜)
3月21日のキンジャール空中発射弾道ミサイルの使用は1月13日以来の約2カ月ぶりです。3月分のキンジャールとイスカンデルMは合わせて27発が使用されており、これは発射数が少なかった2月分の約2倍の規模です。そしてS-300地対空ミサイル(対地転用)の投入数が最近の数ヵ月でも特に多い61発となっていますが、うち22発が3月22日のハルキウ攻撃で一挙に投入されています。
- 03月01日:S-300×5(0)
- 03月06日:S-300×5(0)
- 03月08日:S-300×1(0)
- 03月10日:S-300×4(0)
- 03月15日:S-300×7(0)
- 03月17日:S-300×5(0)
- 03月18日:S-300×5(0)
- 03月21日:キンジャール×1(1)、イスカンデルM×1(1)
- 03月22日:S-300×22(0)、キンジャール×7(0)、イスカンデルM×12(0)、Kh-22×3(0)
- 03月23日:S-300×4(0)
- 03月25日:不明弾道ミサイル×2(2) ※ツィルコン極超音速巡航ミサイル?
- 03月26日:S-300×2(0)
- 03月28日:S-300×1(0)、Kh-22×5(0)
- 03月29日:キンジャール×3(0)、イスカンデルM×2(0)
- 03月31日:イスカンデルM×1(0)
※高速ミサイルのみ、太字は転用兵器ではない本物の弾道ミサイルないし極超音速兵器。()内は撃墜数。
※3月24日のキンジャール2発の報告はウクライナ軍からではなく当記事では未集計扱い。また3月14日のロシア国防省の発表動画で前線へのイスカンデルMらしき使用報告があるが、ミサイル名を述べておらず撮影日も不明で、これも当記事では未集計扱い。
ハルキウ第5火力発電所の被害とS-300大量投入の意味
3月22日にハルキウ第5火力発電所(Харківська ТЕЦ-5)が大損害を受けましたが、これは同日のS-300地対空ミサイル(対地転用)の22発もの一挙投入が関係している可能性が高いと見られます。この日の記録では他に巡航ミサイルや弾道ミサイルも多数使用されていますが、ハルキウに飛来したのはS-300でした。
S-300は地対空ミサイルの対地攻撃転用ですが準弾道飛行を行うので、弾道ミサイルの小型版として扱うことができます。つまり高速目標であり迎撃するにはパトリオット防空システムが必要になります。しかしハルキウは国境線から数十kmと近く、パトリオットを配備すると居場所が特定され狙われてしまう可能性があり、常駐配備ができていません。
高速ミサイルは弾道ミサイル迎撃システムであるパトリオット(ないし準ずる能力を持つSAMP/T)でしか迎撃できず、未配備地域では全く迎撃できないという問題はずっと続いています。つまりハルキウ第5火力発電所の被害はウクライナ防空システムの迎撃ミサイルの不足などの弱体化を意味するものではなく、ずっと以前から元々抱えている問題点が大きく露呈したことになります。
なおS-300の5V55迎撃ミサイルは現在生産されていませんが、冷戦時代に大量に製造した使用期限も切れているような古い備蓄がまだ大量に残っており、枯渇しそうな状況にはありません。
弾道ミサイル系の推移
- 2023年09月:2発(1撃墜)
- 2023年10月:7発(0撃墜)
- 2023年11月:5発(1撃墜)
- 2023年12月:37発(18撃墜)
- 2024年01月:57発(15撃墜)
- 2024年02月:13発(1撃墜)
- 2024年03月:29発(4撃墜)
※転用兵器であるKh-22対艦ミサイルとS-300地対空ミサイルを除外して、弾道ミサイルと極超音速兵器に絞った集計。
2023年12月以降に弾道ミサイル系が急に増えているのは、ロシア自身の備蓄期間(直前の秋季は発射数を抑えていた)だけでは説明できず、北朝鮮製のKN23弾道ミサイルが輸入され使用されていたことによるものです。
なお2月にイランがファテフ110系の弾道ミサイルをロシアに輸出するというロイター通信の報道もありましたが、3月までの現在のところはまだ一発も使用は確認されていません。
○低速ミサイル:116発(95撃墜、82%)
- 03月21日:Kh-101×29(29)
- 03月22日:Kh-101×40(35)
- 03月23日:Kh-101×29(18)
- 03月29日:イスカンデルK×4(4)
- 03月31日:Kh-101×14(9)
※低速ミサイルとはここでは亜音速巡航ミサイルの分類。Kh-101は空中発射型、イスカンデルKは艦船発射型カリブルの地上発射型。()内は撃墜数。
※当記事では集計に入れていないが、3月2日にKh-35対艦ミサイルないしKh-59空対地ミサイル3発の報告がある。同日にロシア領クラスノダールでKh-35の残骸が見付かっており、これは発射失敗したものだとすると、同日にウクライナへの対地攻撃にKh-35が使用された可能性が高い。
2月分は46発と発射数が落ち込んだ低速ミサイルは、3月分で116発と大きく増えました。これは冬季攻撃の12月分109発や1月分124発に匹敵する規模です。
- 2023年09月:90発(78撃墜、87%)
- 2023年10月:5発(4撃墜、80%)
- 2023年11月:4発(4撃墜、100%)
- 2023年12月:109発(101撃墜、93%)
- 2024年01月:124発(102撃墜、82%)
- 2024年02月:46発(39撃墜、85%)
- 2024年03月:116発(95撃墜、82%)
最近の数カ月間で撃墜率に大きな変動は無く高いままで、低速ミサイルについてはウクライナ防空部隊による安定した阻止が続いています。
○低速ドローン:596発(511撃墜、86%)
3月のシャヘド136自爆無人機の飛来数596発はかなり多く、最近では2023年12月:598発に次ぐ規模となっています。ただし3月のドローン撃墜率は86%と最も好成績です。
- 2023年09月:503発(396撃墜、79%)
- 2023年10月:285発(229撃墜、80%)
- 2023年11月:380発(303撃墜、80%)
- 2023年12月:598発(490撃墜、82%)
- 2024年01月:334発(271撃墜、81%)
- 2024年02月:361発(276撃墜、76%)
- 2024年03月:596発(511撃墜、86%)
3月6日に「イラン製自爆ドローンのロシア国内生産工場が稼働開始」がロシア側からリークされており、今後この規模のドローン投入数が続く、あるいは更に増えていく可能性があります。現時点ではまだウクライナ軍の迎撃ミサイルが枯渇する兆候は見当たりませんが、今後NATO側からの迎撃ミサイル供給が遅れると苦しい戦いになります。迎撃ミサイルの追加供与および対空機関砲の拡充が重要になるでしょう。
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