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90歳女暴走死亡事故 なぜ免許更新時に「物損事故情報」が生かされなかったのか

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
歩道に車が乗り上げ、多数の歩行者が死傷した現場(ロンドン)(写真:Shutterstock/アフロ)

 またしても、高齢ドライバーによる重大な死亡事故が発生してしまいました。

 大破した赤いクルマが歩道に乗り上げている映像を、テレビやネットで繰り返しご覧になった方も多いでしょう。

 『共同通信』(5月28日)によれば、

 28日午前10時55分ごろ、神奈川県茅ケ崎市元町の国道1号の交差点付近で、乗用車が歩行者4人をはねた。茅ケ崎署と地元消防によると、運転していた90代女性と目撃者2人を含む30~60代の男女6人の計7人が搬送され、うち歩行者の女性1人が死亡し、別の女性1人が一時意識不明となった。

 署によると、車は近くの会社敷地内から国道に出たところで、横断歩道を渡っていた人たちをはね、さらに歩道に乗り上げた。署が詳しい事故原因を調べている。

 とのこと。

 横断歩道や歩道を歩いていた人の命が一方的に奪われるなど、本来あってはならない状況に、怒りと恐怖で背筋が寒くなります。

 その後、この事故を起こした90歳の容疑者については、

●容疑者は「赤信号だったが歩行者が渡っていなかったので行けると思った」「歩行者が来たので避けようとハンドルを切った」と話し、容疑を認めている(tvkニュース・テレビ神奈川/5.29)

●容疑者は2018年3月、ゴールド免許に更新しているが、2017年12月に受けた、免許更新のための検査で、「認知機能低下のおそれなし」と判定されていた(FNN/5.29)

●長男によると、女は過去に複数回にわたって物損事故を起こしていたという。長男は「『これが最後だ』と免許を更新していたが、そのときに止めていれば良かった。被害者に申し訳ない」と声を振り絞った(読売新聞/5.29)

 といった事実が明らかになってきているようです。

■過去にも複数回の物損事故

 運転技術や体力などには個人差があります。ですから、90歳という年齢だけで、今回の容疑者の運転適性を云々するつもりはありません。

 しかし、現在出ている情報を見る限り、私がもっとも疑問に感じたのは、

『なぜ、ご長男が把握されていた「複数回の物損事故」という情報が、免許更新時に生かされなかったのか?』

ということです。

「人身事故」はダメだけれど、「物損事故」なら大丈夫、という考えは大きな間違いです。

「物損事故」は、たまたまその対象物が「モノ」であっただけで、引き起こした行為の危険性自体は、「人身事故」と何ら変わりはありません

 つまり、「複数回の事故」は、それだけで極めて重大な「危険」のサインなのです。

「物損事故」の先には、間違いなく「人身事故」が潜んでおり、この時点で、すでにこの女性は、『運転操作不適』の状態であることは明らかだったのではないでしょうか。

ダミー人形は「モノ」ですが、これが人だったら……(JARIにて・筆者撮影)
ダミー人形は「モノ」ですが、これが人だったら……(JARIにて・筆者撮影)

■免許更新時に家族へのヒアリングを

 2017年3月に施行された改正道交法によって、75歳以上の免許更新時に認知機能検査が行われることになり、認知症の恐れがある(第1分類)と判定された人には、医師の診察が義務付けられました。

 90歳のこの容疑者の場合は、認知機能機検査をクリアしたからこそ免許更新ができたわけですが、残念ながら更新後、わずか半年で、人の命を奪う重大事故が起こってしまいました。

 今後、日常の運転に関するさまざまな情報が生かされるよう、更新時に家族へのヒアリングを行うなど、なにか対策はできないものでしょうか。

 危険を感じ、悩んでいるご家族も多いことでしょう。

 これについては、早急に検討し、見直していただきたいものです。

 また、'''今回の事故は、高齢者にありがちな「アクセルとブレーキの踏み違え」といったうっかり過失によるものではありません。

「赤信号と知りながら進んだ」という供述が事実なら、『危険運転致死傷罪』にも問われかねない極めて重大で悪質な犯罪です。'''

 人生の締めくくりに、こうした事件を引き起こすことがないよう、「運転免許の自主返納」という選択肢について、家族とともに検討することが必要ではないでしょうか。

私の母は83歳。今も免許を更新していますが、ほとんど運転していません。クルマに変わる日常の足をどうするか、現在思案中で、先日、知人の電動カートを試乗させていただきました(筆者撮影)
私の母は83歳。今も免許を更新していますが、ほとんど運転していません。クルマに変わる日常の足をどうするか、現在思案中で、先日、知人の電動カートを試乗させていただきました(筆者撮影)

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ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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