喫茶店が入居する築96年の木造駅舎 南阿蘇鉄道高森線 長陽駅(熊本県阿蘇郡南阿蘇村)
阿蘇の入口とも言うべき豊肥本線の立野駅を起点に、南阿蘇の雄大な風景の中を走り、阿蘇郡高森町の玄関口・高森駅とを結ぶ南阿蘇鉄道高森線。その前身は昭和3(1928)年2月12日に開業した国鉄高森線(当初は宮地線支線)だが、国鉄時代からの駅舎が残っているのは、立野から一駅目の長陽(ちょうよう)駅だけだ。
長陽駅は昭和3(1928)年2月12日、宮地線支線の立野~高森間開業に合わせて開設。駅舎は開業時に建てられたもので、今年で築96年を迎える。かつては同じ線内の阿蘇下田(現:阿蘇下田城)、中松、阿蘇白川、高森にも似たような木造駅舎があったが、南阿蘇鉄道への転換時に改築されている。
「長陽」の駅名は、かつての所在地・阿蘇郡長陽村に由来する。長陽村は明治の町村制で下野村、長野村、河陽(かわよう)村が合併して誕生した村で、長野の「長」と河陽の「陽」を組み合わせた合成地名だ。村役場は河陽に置かれた。長陽駅があるのも河陽地区だ。
長陽駅は昭和46(1971)年2月20日に無人化。使われなくなった旧事務室部分は長らくそのままだったが、平成18(2006)年に改装されて、喫茶店「久永屋」が入居した。週末のみの営業で、筆者の訪問時には残念ながら営業していなかったが、「資本ケーキ」と名付けられたシフォンケーキが名物だそうだ。
待合室にはテーブルと椅子、本棚が置かれ、壁にはギターや写真が飾られている。駅舎内でインディーズバンドの演奏イベントが開催されることもあるそうだ。背後の壁には補強用の柱が後付けされているのが目立つが、この耐震補強があったからこそ古い木造駅舎でも度重なる地震を乗り越えることができたのだろう。
駅舎のホーム側の庇の下にもベンチが並べられている。一日に数十人しか利用しないローカル線の小駅には多すぎる気もするが、おそらく久永屋の席としても使用されているのだろう。次に訪れるときには列車を眺めながら資本ケーキを頂きたいものだ。
駅舎のホーム側入口の上には国鉄時代からの古い駅名標が掲げられている。青地に白文字の駅名標はかつて多くの駅で見られたが、現存するものはわずかでその価値は高い。今後も大切に残されていくことを願うばかりだ。
ホームは単式一面一線。かつては駅裏の植え込みが続く辺りに側線があり、貨物の積み込みに使われていたようだ。半世紀以上もの昔、この駅から蒸気機関車の牽く貨物列車に積み込まれて都会へと運ばれていったのはどんな農産物だったのだろうか。
駅舎の前には赤いミニクーパーが置かれている。数年前までは久永屋の配達にも使われていたらしい。現在は動かないようだが、店のシンボルとして、車で訪れる人も目印にもなっている。
駅の背景には阿蘇外輪山を形成する俵山が聳えている。山の向こうは鉄道の通らない阿蘇郡西原村だ。一方、駅からは直接見えないものの、駅前をまっすぐ行くと草千里や阿蘇中岳がある。自家用車や観光バスが未発達だった時代、坊中駅(現:阿蘇駅)で豊肥本線を降りて阿蘇山に登り、草千里を経て長陽駅から高森線で帰途に就くという行程を取る観光客が多かったそうだ。時代の変化によりそのような利用は少なくなったものの、駅周辺の宿泊施設を利用するためにインバウンド客が下車することもあるため、長陽駅は今後も地域の観光拠点の一つであり続けることだろう。
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