黒部峡谷鉄道のトロッコ列車で、今しか降りられない猫又駅に行ってみた
黒部川の電源開発を目的に建設され、トロッコ列車が国内外の観光客からの人気を集める黒部峡谷鉄道。宇奈月~欅平間の全線には両駅も含めて10の駅があるが、一般客が降りることができるのは、宇奈月・黒薙・鐘釣・欅平の4駅だけだ。柳橋・森石・笹平・出平・猫又・小屋平の6駅は、発電所や工事の関係者以外降りることができない専用駅となっている。
日本で唯一駅名に「猫」がつく猫又駅もそんな関係者専用駅の一つだが、今年1月1日の能登半島地震の影響で鐘釣橋(猫又~鐘釣間)が破損したことから、期間限定の折り返し駅として、今だけ乗降可能となっている。
通常では降りれない駅に降りれる機会とあっては逃すわけにはいかないと、筆者も11月11日(火)にトロッコ列車で猫又駅を訪問してきた。この記事では猫又駅訪問の様子をお届けしよう。
電鉄富山駅から富山地方鉄道本線に乗車し、約2時間で終点の宇奈月温泉駅に到着。トロッコ列車の始発駅・宇奈月駅は約200メートル歩いたところにある。乗り換え時間は20分あったが、富山地鉄の改札口およびトロッコ列車の当日券売り場には行列ができていたため、時間的には結構ギリギリだった。
トロッコ列車の乗車券は前日15時までであればインターネットから予約可能なので、乗車列車が決まっているのであれば、事前購入の方がおススメだ。当日券売り場には行列があったが、前売券の受け取りカウンターは比較的空いていた。ちなみに前売券でも当日券と価格に違いはない。
宇奈月~猫又間往復は大人が2,820円、子供が1,410円で、黒薙駅で途中下車する場合は料金が変わる。通常料金で乗車できるのは開放型客車で、壁がなく、風がそのまま吹き込んでくるため防寒対策は念入りにした方がよいだろう。トンネルを通る際には音も大きいので、気になる人は耳栓も準備しといた方がいいかもしれない。席は自由席で、宇奈月発の場合は向かって右側、猫又発の場合は向かって左側の方が景色がよい。
通常料金に600円(往復なら1200円)プラスすることで、リラックス車にも乗ることができる。こちらは一般的な電車のように壁があって密閉可能で、座席にも背もたれがついている。寒いのが苦手な方や疲れやすいという方は多少高くてもリラックス車を選んだ方が安心だろう。
宇奈月駅を9時に出発し、猫又駅までの乗車時間は約45分。待ち合わせなどにより所要時間は列車によって多少違いがあるが、だいたい4~50分といったところだ。乗車時間は長いものの、トンネルに出たり入ったりを繰り返し、車窓には人跡稀な黒部川の峡谷と見頃を迎えた紅葉が見られるため、飽きることはない。車内で流れるアナウンスは滑川市出身の女優・室井滋さんが担当しており、沿線の見どころやトロッコ列車にまつわる情報も明るく楽しく教えてくれる。
対岸に黒部川第二発電所が見えてくるとまもなく猫又駅だ。昭和11(1936)年10月30日に運用を開始した発電所は、モダニズム建築家・山口文象がデザインしたものである。
発電所へと続く橋の土台がかつての猫又ダムで、昭和2(1927)年11月26日に運用を開始した。猫又駅はこのダムの建設を目的として造られた駅で、大正15(1926)年10月23日に運行を開始した黒部専用鉄道の終点だった。
電源開発はその後も黒部川の上流へと遡って進められ、吉村昭の小説『高熱隧道』で知られる黒部川第三発電所、黒部ダムや石原裕次郎主演の映画『黒部の太陽』で知られる黒部川第四発電所がさらに上流に建設されている。そうして、多大な犠牲を払って黒部川で産み出された電気は、関西の家庭や工場、経済を支えているのだ。
発電所を横目に、水路の下をトンネルで潜ると列車は猫又駅構内に滑り込む。
猫又駅のホームは一面一線。木造の仮設で、今年の10月5日から使用されているものだ。猫又駅での折り返しは今年4月から始まっていたものの、このホームの設置までは一般客は降りることはできなかった。点字ブロックやスロープも設置されており、わずか二か月間しか使わないホームではあるものの、バリアフリーに対応している。
猫又駅に到着するとすぐに、ここまで客車を牽引してきた機関車が切り離された。黒部峡谷鉄道は機関車が客車を牽引しているので、列車の向きを変える際には機関車を付け替える必要があるのだ。ホームの宇奈月方の引き込み線にも機関車が待機しており、今度はこちらが客車に連結されて客車を牽引することになる。
猫又駅は砂利敷きのわずかな平地にテントの張られたベンチや仮設の観光案内所、展望台が設置されているが、仮の折り返し駅だけあって設備はいたって簡素だ。ただ、工事に使われる重機や貨車などを間近に見られるのは珍しい経験かもしれない。
簡素な設備の中でひときわ目を惹くのが三角形の展望台だ。こちらもホーム同様に11月末で営業期間が終われば解体されてしまう。構造はいたってシンプルで、二方向からの階段が頂点で落ち合い、そこにわずかな広さの踊り場が設置されているだけだ。時間帯によっては混みあうので譲り合って撮影しよう。
展望台からは正面に黒部川の河原と滝が見える。黒部川が蛇行する猫又は土砂が堆積しやすい地形で、猫又ダム建設によって上流から流れてきた土砂が堰き止められるようになり、100年足らずの間に平地が形成されてきた。
展望台の上から振り返ると、猫又駅構内が一望できる。宇奈月方には行き違い設備や側線(右奥)があり、山間のちょっとした基地といった雰囲気だ。ホームから伸びる通路の先(左奥)には仮設トイレが設置され、列車到着後は行列ができる。約20分の折り返し時間で猫又駅をできるだけ楽しみたいなら、トイレは宇奈月駅で済ませておいた方がよいだろう。
展望台の隣には写真撮影スポットが設置されており、セルフタイマーでの撮影も可能だ。
猫又の駅名には二つの説がある。
一つは、猫に追われてきたネズミが高さ200メートルの「ねずみ返しの岸壁」に阻まれて引き返し、それを追ってきた猫もまた引き返したからという説。
もう一つは妖怪の猫又(長年生きて尾が二又に分かれている)に由来するという説だ。富士山に住んでいた猫又が、源頼朝の富士の巻狩の際に兵を嚙み殺して富士権現の怒りを買い、富士山を追放された。猫又は流浪の末に黒部の谷に住み着き、元和(江戸時代初期)の頃に人を襲った。当時、越中国(富山県)を治めていた加賀前田藩の代官は庄屋と村人の願い出を受けて、勢子(狩人)による山狩りを実施。猫又を発見したが、その恐ろしさに勢子たちは立ちすくんだが、猫又もまた人間の多さに恐れをなして逃げ去ったという。この猫又の最後には諸説あり、勢子たちとの戦いの末に敗れて逃げたという説、満月の光を浴びて踊っているところを加賀藩の鉄砲隊に仕留められたという説もある。
猫又駅で見て回れる範囲は狭いが、展望台や写真スポットなどを見て回れば、20分の滞在時間もあっという間だ。お見送りを受けて猫又駅を後にすると、左手には駅名の由来にも関連する「ねずみ返しの岸壁」が見えてくる。
帰りも車窓を楽しんで、約50分で宇奈月駅で。宇奈月駅には売店があり、お土産も買えるが、2階にある休憩スペースの展示も見ておきたい。黒部峡谷鉄道ではペットの猫の写真を送ると「猫又駅名誉助役」に任命してくれる企画も実施しており、トロッコに乗車すれば任命書と缶バッジを受け取ることができる。22日まで実施中なので、愛猫の写真を送って任命してもらい、トロッコに乗って任命書を受け取りに行くのはいかがだろうか。
駅舎向かいの黒部川電気記念館(入館無料)では猫又駅の硬券とアクリルスタンドも期間限定で販売している。今しか買えない猫又駅グッズは猫又駅訪問のいい記念になるだろう。
猫又駅も含めた黒部峡谷鉄道の営業期間は11月30日まで。あと2週間ほどだが、まだの方は紅葉が見頃を迎えたこの機会にいかがだろうか。
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