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日本三大車窓、善光寺平を見下ろすスイッチバック駅 篠ノ井線 姨捨駅(長野県千曲市)

清水要鉄道・旅行ライター
姨捨駅ホームから見下ろす善光寺平

 信濃の国は十州に 境連ぬる国にして 

 聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し

 松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地

 海こそなけれ物さわに 万づ足らわぬ事ぞなき(長野県歌『信濃の国』1番)

 長野県歌『信濃の国』に歌われる「四つの平」の一つで、古刹・善光寺の門前町として発展した県都・長野市を擁する善光寺平(長野盆地)。信州第二の都市・松本市を擁する松本平(松本盆地)との間は険しい筑摩山地で隔てられており、古来より交通の難所であった。この二つの平を結ぶ鉄道(現:篠ノ井線)が全通したのは明治35(1902)年6月15日のことだが、急勾配ゆえに列車の行き違い場所の確保にも苦労した歴史が、120年以上経った今でも見てとれる。

 そんな区間にあって、険しい地形との戦いを感じさせてくれるひときわ感じさせてくれるのが、善光寺平を見下ろす西の姨捨山中腹に設けられた姨捨(おばすて)駅だ。

駅舎
駅舎

 姨捨駅は明治33(1900)年11月1日、篠ノ井~西条(にしじょう)間が開通した際に開業した。当時の所在地は更級郡八幡(やわた)村で、昭和34(1959)年6月1日の合併で更埴市、平成15(2003)年9月1日の合併で千曲市となっている。

 駅舎は昭和9(1934)年に建てられた2代目で、戦前の華やかりし時代を思わせる洋風の意匠だ。無人駅だが、春から秋の週末には地域住民の手でおもてなしが行われる「くつろぎの駅」として、旧事務室が開放される。

駅舎内
駅舎内

 築90年の駅舎は平成22(2010)年7月24日に改装され、一部は新しくなりつつも全体的には昭和レトロな雰囲気が保たれている。記念入場券を販売する窓口の隣には、小手荷物を扱っていたチッキ台も健在だ。天井からレトロなデザインのシャンデリアが吊るされた待合室には、戦前の上流中産階級の邸宅の応接間のような雰囲気が漂う。

駅構内(ポイント方)
駅構内(ポイント方)

 ホームは相対式2面2線。駅舎側の1番線が篠ノ井・長野方面、反対側の2番線が松本・塩尻方面だ。1番線上の駅舎奥にはクルーズトレイン「四季島」の乗客用のラウンジ「更科の月」が建てられている。

駅構内(終端方) 右の降りていく線路が本線
駅構内(終端方) 右の降りていく線路が本線

 姨捨駅は列車の行き違い・待避を目的とした「通過型スイッチバック」の駅で、ホームは通過する本線から分岐した引き上げ線上に設けられている。

 なぜスイッチバックが採用されたのかと言えば、列車の行き違い・待避にはまとまった広さの平坦地が必要不可欠であったからだ。篠ノ井線が開通した明治時代、鉄道の主流は勾配に弱い汽車で、坂の途中での停車・発進が難しかった。停車するためには必然的に駅を平坦な場所に設けることとなり、勾配上の本線から分岐した先にスイッチバックの駅が設置されることとなったのである。

 駅に停車する列車は、下り(長野方面)であれば発車時、上り(松本方面)であれば到着時に列車の向きを一旦変えることになる。

前照灯を点けたまま後退する長野行き
前照灯を点けたまま後退する長野行き

 運転士が前から後ろに移動せず、後ろ向きに列車が進む推進運転は全国的に見ても珍しい光景だ。車の駐車時のバック運転を電車でやるようなものだと言えばわかりやすいだろうか。同じスイッチバックでも木次線の出雲坂根駅や土讃線の新改駅のように、運転士がわざわざ移動しないのは、一両編成が主流のそれらと違って姨捨駅に停車する列車は最低でも2両、時には6両になるからだろう。姨捨駅には貨物列車もやってくるが、当然、最後尾に機関士が移動することはできないので、推進運転を行うことになる。

ホームの向こうに広がる絶景
ホームの向こうに広がる絶景

 駅は山の中腹に設けられているため、2番ホームからは、遮るものもない善光寺平の絶景を一望することができる。ホーム上には少しせり出した展望台もあり、表題写真のように本線を行く列車と絶景を一枚の写真に収めることも可能だ。

ホームから見下ろす善光寺平
ホームから見下ろす善光寺平

 ホームから眼下に見える町は千曲市の八幡(旧:更級郡八幡村)で、その奥に稲荷山(旧:更級郡稲荷山町)の町が広がっている。千曲川の対岸は千曲市の中心・屋代(旧:埴科郡屋代町)で、しなの鉄道(旧:信越本線)の通る町だ。

 稲荷山と屋代の奥には長野市篠ノ井(旧:篠ノ井市)と、武田上杉の古戦場として知られる川中島があり、さらに遠くには長野市中心のビル群まで見える。

 ついつい遠くに目が行きがちだが、近くに目を転じてみれば、「田毎(たごと)の月」として古くより歌に詠まれてきた名勝・姨捨の棚田が見える。

駅名標
駅名標

 駅名標はスイッチバックの形状を表現した特別仕様だ。一旦駅に停車して引き返し、また向きを変えて次の駅へ向かう列車の動きが一目でわかる優れたデザインだと思う。

 姨捨の地名の由来については、「おはつせ(小初瀬・小泊瀬)」が転訛したという説、「崖」を意味する「ウバ」によるものという説があるが、やはり有名なのは昔話でも知られる「姥捨て山(うばすてやま)」伝説だろう。

 貧しく食料も限られていたその昔、口減らしのために老人を山に捨てていたという伝説で、深沢七郎の小説『楢山節考』の題材にもなった。ただし、『楢山節考』では舞台を信州の山村としているが、着想のもとは深沢の出身地・山梨県笛吹市の伝承であり、姨捨は「姥捨て山」の伝説の地ではないとする説もある。おそらくは、別の由来でついた地名に「姨捨」の字が与えられ、字面の連想から他の土地の伝説と結びつけられたといったところだろうか。

篠ノ井線の列車と善光寺平
篠ノ井線の列車と善光寺平

 善光寺平の絶景に、険しい地形を克服するためのスイッチバック、昭和レトロな洋風駅舎、姥捨て山伝説を連想させる駅名と、魅力に溢れた姨捨駅。空気の澄んだ晩秋に、訪れてみてはいかがだろうか。

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鉄道・旅行ライター

駅に降りることが好きな「降り鉄」で、全駅訪問目指して全国の駅を巡る日々。

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