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プーチン大統領は本当に核を使うのか 泥沼化する侵攻、最悪の展開を予想してみる #ウクライナ侵攻1年

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
徹底抗戦するウクライナに対して核兵器使用の可能性を示唆してきたプーチン露大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ロシアが隣国ウクライナへの軍事侵攻を始めてから24日で1年となる。プーチン大統領は当初の計画ではウクライナを短期間で制圧し、同国を自らの属国かつ緩衝地帯にしようとしたが、失敗している。ウクライナ軍が持久戦覚悟の必死の反攻を続ける中、ロシア軍は兵力やミサイル不足に陥っている。今後は欧米が長距離砲や戦車など攻撃力の高い兵器を続々とウクライナに届ける。窮地に陥ったプーチン大統領が破れかぶれとなり、核兵器を使う可能性はないのか。そして、万が一ロシアが核戦力を使ったら、北大西洋条約機構(NATO)との全面戦争はないのか。通常兵器の戦争から核戦争に発展する「核エスカレーション」はないのか。

●プーチン大統領は本当に核を使うのか

ウクライナでは戦闘が泥沼化し、終わりが見えない。ウクライナのゼレンスキー大統領は領土の割譲を認めず、同国の主権と自由を守るためにプーチン・ロシアとは一切妥協しない構えだ。バイデン大統領のキーウ訪問に象徴されるように、米国をはじめとする西側諸国もウクライナ支援の手を緩めない決意を示している。一方のプーチン大統領は21日の年次教書演説で、「戦場で敗北することはあり得ない」とし、侵攻を継続すると明言した。

このため、戦争が長期化し、プーチン大統領が追い詰められれば、核兵器を本当に使うのではないかとの不安が欧州を中心に高まっている。第2次世界大戦後の78年間、戦火がなかった西欧では初めてのことだ。

プーチン大統領は実際に核の使用を再三ちらつかせてきた。昨年9月21日の演説では、核の脅しは「はったりではない」と明言した。同年12月7日には「核戦争の脅威が高まっている」と発言。さらにその2日後には、米国が敵の核戦力を無力化するための「予防的核先制攻撃」を容認していると言い、ロシアも同様の先制攻撃ができるよう検討する可能性があると述べた。これは、ウクライナでの実戦用に出力を抑えた限定的な「戦術核」だけではなく、米国相手の壊滅的なダメージを与える「戦略核」の使用の脅しと受け止められた。

一般に核爆発の威力を表す単位キロトンで言えば、戦術核が0.3キロトン~100キロトンの小型核兵器、戦略核が100キロトン以上のより大きな爆発力を持つ大型核兵器を指すことが多い。ただ、第2次世界大戦中の1945年8月に米国が広島に投下した原爆が約15キロトン、長崎が約20キロトンだったが、壊滅的な被害を及ぼした。「小型」や「限定的」というのはその時々折々のあくまで相対的な表現だ。なお、米ロが大西洋を越えて北アメリカ大陸とユーラシア大陸の間で直接的に互いを攻撃できる射程5500キロ以上の弾道ミサイルはICBMと呼ばれ、戦略核だ。

●核が使われたら国際情勢はどうなる?戦局は広がる?

米プリンストン大学のサイエンス・アンド・グローバル・セキュリティ(SGS)は2019年9月、戦術核攻撃で始まるロシア軍と米軍率いるNATO軍との紛争は、最初の数時間以内に死者3410万人、負傷者5740万人の計9150万人の死傷者を出すとのシミュレーション結果を公表した。欧州を舞台にしたロシア軍の単発の小型核の「限定使用」が米ロの全面核戦争に発展する悪夢のシナリオを公開した。

ロシアとウクライナの国旗 。ロシアは本当にウクライナに核兵器を使うのか
ロシアとウクライナの国旗 。ロシアは本当にウクライナに核兵器を使うのか提供:イメージマート

プーチン大統領の核の脅しは一般には欧米のウクライナへの軍事支援をけん制した発言とみられている。しかし、通常兵器を使ったウクライナとの戦闘がうまくいっていないことから、プーチン大統領が戦術核を使用するとの見方がぐっと高まっている。例えば、台湾・国策研究院の郭育仁執行長は15日付の日経新聞のインタビューで、「プーチン大統領は43歳の時、戦時下では緊張状態を極限まで高め、相手の譲歩を引き出す戦略の有効性を論文に記したが、その理論が今、(短射程の)戦術核の使用で試される段階にまで来た」と指摘した。

その一方で、プーチン大統領は昨年10月27日、第2次世界大戦での米国による広島と長崎への原爆投下について「軍事的にはまったく必要なかった」と指摘、「米国は非核保有国に核兵器を使った唯一の国だ」「事実上、一般市民を核攻撃した」などと批判もしている。

とはいえ、ロシア軍のウクライナ撤退という敗北が不可避になれば、プーチン大統領も求心力の低下で権力の座を追われる可能性が高い。それを甘受するぐらいなら、ブチャの虐殺などに加えて、さらに非人道的になって核の使用に踏み切るのではないか。プーチン大統領がやけを起こし、自暴自棄になる可能性ははたしてないのか。

ロシア外務省のビシュネベツキー不拡散・軍備管理局次長は昨年8月の核拡散防止条約(NPT)の再検討会議で、「ロシア主導で核戦争が起こることは決してない」と述べた。核戦力を行使する条件は(1)国家の存立が脅かされる(2)大量破壊兵器を含む侵略に対応する(3)通常兵器を含む侵略に対応する――場合に限ると説明した。しかし、ロシアが一方的に併合したウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)ではウクライナ軍との戦闘が激化している。ロシアがこれをウクライナ軍の「侵略」とみなすことはないのか。

●核抑止力とは

そもそも核抑止力の考え、つまり核抑止理論とはどのようなものか。例えば、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記は、米国を相手に「核には核で」との姿勢を前面に打ち出し、「核戦争には核攻撃戦で応じる」と主張してきた。

しかし、一般的な核抑止論では、核兵器を持っていれば、核攻撃を自動的に抑止できるわけではない。核攻撃された後の「第2撃能力」を確保しなければならない。それによって、相手国が「先制攻撃しても自分も報復攻撃をされてしまうから、先制攻撃は止めておこう」と認識することで初めて核抑止が成立する。いわゆる相互確証破壊(MAD)と言われるものだ。

●米ロの核戦力が世界の9割

米朝間では核戦力に大差があり、相互確証破壊はいまだに成立していない。しかし、米ロ間では成立している。ロシアがソ連だったとうの昔からだ。

ストックホルム国際平和研究所は、2022年1月時点で世界の核弾頭数を計1万2705発と推定した。これは、東西冷戦の真っ盛りに米国とソ連が保有していたいずれの核弾頭数よりははるかに少ない。ソ連は1986年のピーク時に4万5000、米国は1967年に3万2500発の核弾頭をそれぞれ保有していた。

冷戦が終結し、ソ連が崩壊した後は米ロを中心に核軍縮が進んだ。それでも、現在もロシアが5977発、米国が5428発と両国で全体の約9割を占める。また、冷戦時と比べ、今は核兵器保有国の数がぐっと増えている。核拡散防止条約(NPT)が米ロとともに核保有国と定める英国が225発、フランスが290発、中国が350発を保有する。そして、今ではインド160発、パキスタン165発、イスラエル90発、北朝鮮20発の保有に及んでいる。

実際のところ、仮にプーチン大統領がウクライナで戦術核を使っても、米国をはじめとするNATO加盟国はなかなかロシアへの核による報復ができないであろう。核のある世界では、核で報復されるかもしれないと考えた国家の攻撃は抑止される。ウクライナに原爆が投下され、その報復として核保有国の米英仏がロシアに核攻撃をすれば、ワシントンやロンドン、パリにロシアの核が飛んでくるかもしれない。どの国家も最重要事は自国の安全を自ら保障することである。ましてウクライナはNATO加盟国ではない。好むと好まざるとにかかわらず、ロシア相手の相互確証破壊を考慮すれば、NATOがウクライナのかたきを討つためにロシアを核攻撃するとは考えにくい。

そうでなければ、NATOとロシアは、核のエスカレーション、つまり核のエスカレーションラダー(危機深刻化のはしご)を一気に駆け上がり、全面的な核戦争に突入しかねない。バイデン大統領が言うところの「アルマゲドン」(世界最終戦争)だ。バイデン大統領は「キューバ危機以来、(現在のように)アルマゲドンの可能性に直面したことはない」と危機感をあらわにしている。誤解や偶発的な衝突、情勢の急変によって全面的な核戦争にエスカレートしていく可能性がまったくないわけではないのだ。

結局のところ、ロシアが核兵器を使えば、NATOは圧倒的な通常兵器でウクライナにいるロシア軍を壊滅させるとの強い姿勢を示し、引き続きプーチン大統領に核の使用をためらわせていくしか現実的で有効な方法がないように思える。

核戦争の瀬戸際まで迫ったキューバ危機前の1961年9月25日、当時のジョン・F・ケネディ米大統領はこう演説した。

「今日、この惑星のすべての住民は、この惑星がもはや居住可能でなくなる日を熟考しなければなりません。すべての男性、女性、子どもの頭上には核の『ダモクレスの剣』があります。剣を吊る糸はごく細く、事故や誤算、狂気によっていつ何時も切れてもおかしくありません。兵器に滅ぼされる前に兵器を滅ぼしましょう」

核戦争の瀬戸際まで行ったキューバ危機の翌1963年に成立した部分的核実験禁止条約についてラジオ・テレビ演説をするケネディ大統領(パブリックドメイン)
核戦争の瀬戸際まで行ったキューバ危機の翌1963年に成立した部分的核実験禁止条約についてラジオ・テレビ演説をするケネディ大統領(パブリックドメイン)

そして、ケネディ大統領は1963年7月、ソ連、英国との間で大気圏内や宇宙空間、水中での核実験を禁じる部分的核実験禁止条約で合意。その交渉成功を宣言する演説の中で、米ソ英が「人類を数回滅亡させるほどの核兵器を保有するようになった」と指摘した。

前述のプリンストン大学のシミュレーションでは、米軍が日本周辺からもロシア本土に向け、多数の核ミサイルを発射して反撃する事態が想定されている。この場合、当然ロシアは在日米軍基地などへの核報復攻撃を行うだろう。原爆がもたらす被害の甚大さは日本では言わずもがな。世界唯一の戦争被爆国である日本は、核兵器の恐ろしさを核保有国に訴え、核軍縮をリードし続けなければならない責務があるだろう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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