BTS、入隊が決まるまでの紆余曲折──「戦時下の国家」と「世界トップレベルのコンテンツ大国」の狭間で
空白期間を最小限に
17日、BTSの所属するHYBEが最年長メンバー・JINの入隊を正式に発表した。2日前に釜山で単独コンサートを終えたばかりのタイミングだ。
韓国では原則28歳までに男性は兵役に就く義務があるが、BTSは法改正により特別に兵役を2年延期されていた。しかし、それでも12月4日に30歳の誕生日を迎えるJINのリミットが近づいていた。
今回の公式リリースで注目されるのは、以下の一文だ。
韓国の入隊期間は18~21か月ほどだ(部隊によって異なる)。よって、2025年に7人の完全体で復活するためには、これからの2~3年間で全員が兵役に就いて終える必要がある。つまりここから読み取れるのは、全員がさほど期間を空けずに入隊する可能性だ。
もちろん2025年の復活を「現時点で正確な時期を特定するのは困難」としているとおり、希望通りになるかどうかはわからない。ただHYBEもBTSも、兵役による空白期間を最小限にとどめようとしていることがうかがえる。解散を予想する向きもあるなかで、本人たちは今後もグループ活動に前向きであることも示している。
韓国国民の四大義務
日本において国民の三大義務は「教育・勤労・納税」だが、韓国ではそこにもうひとつ「国防」が加わり四大義務となる。これは、休戦中ではあるが現在も戦時下にある韓国だからこそ生じる義務だ。成人男性に約20か月の兵役が課せられるのもそのためだ。
今回の入隊決定まで、韓国ではさまざまな議論が続いてきた。2年前にはBTSメンバーの兵役を延期する法改正(BTS法)も行われ、JINの入隊は2年延期されたがそのリミットが近づいているのが今年だった。
6月14日には、YouTubeチャンネル『BANGTANTV』で本人たちの口から直接活動中断について言及もなされた(動画の21分頃から)。議論が本格化したのは、これ以降のことだ。国会(立法機関)、政府(行政機関)、国民(主権者)などからさまざまに声があがった。
それは、韓国の持つ“ふたつの顔”によって生じる議論でもあった。
成立しなかった兵役特例の法改正
早くから議論されていたのは、BTSの入隊を免除する兵役特例だ。韓国では、スポーツや芸術の分野で国際大会やコンクールで上位入賞した者の兵役を免除し、奉仕活動などの代替服務を認める特例がある。そこにBTSなどK-POPアーティスト(「大衆文化芸術家」とされる)を含めるかどうかがポイントだった。そしてこれには兵役法の改正が必要なため、昨年から国会でも議論されてきた。
その議論におけるポイントは“公平性”と“基準”にあった。
ひとつは、芸能分野に対する公平性だ。BTSの活躍は、スポーツ選手やクラシック音楽などの芸術家と遜色がないどころか、経済的な波及効果は莫大なためにK-POPアーティストには不公平ではないか、という意見だ。
もうひとつは、なにを基準とするかという点だ。スポーツ大会や芸術コンクールなどと異なり、その活躍を測る明確な基準がない。強いてあげるならばBillboardチャートになるが、その価値があまり評価されなかったということになる。
こうしたこともあって国会での議論は賛否が交錯し、国会に改正案が提出されたものの成立にはいたらなかった。
慎重だった政府機関
兵役法改正の議論が国会で進まなかったのは、兵役を管轄する国防部と兵務庁が一貫して慎重だった背景もある。
今月4日、イ・ジョンソプ国防部長官は「兵務履行の公正性や公平性の次元からBTSの軍服務が望ましいと思う」と述べ(朝鮮日報2022年10月4日)、イ・ギシク兵務庁長も、同様に慎重な姿勢を続けてきた(聯合ニュース2022年9月20日)。
国防部と兵務庁がそうした姿勢を崩さなかったのは、少子化と公平性の問題があるからだ。韓国ではすでに合計特殊出生率が1.0を切り、先進国では極端な少子化の道を進みつつある。それにともない兵力資源も減る傾向にあり、BTSの特例によって兵役が軽視されることを危惧している。
また、兵役が芸能人のBTSだけ免除されることによって、国民の不公平感が高まることも危惧している。法改正議論でも見られた公平性のポイントは、韓国社会を考えるうえでは必須のものだ。市民運動によって軍事独裁政権から民主化を勝ち取った韓国社会では、平等や公平を求める声は常にあがる。韓国ドラマなどでも、しばしばコネ入社などが強く問題視されるのはそのためだ。
基本的に国防部と兵務庁は、原則に従っているだけでもある。イ国防部長官は「兵役法が改正されればその結果を尊重する」とも述べているとおり(朝鮮日報、同前)、当然だが法に準ずる姿勢は見せていた。
ただ、8月にイ国防長官はメンバー入隊後も「海外公演があればいくらでも出国してみな一緒に公演できるようにする方法はあると判断する」とも述べている(ハンギョレ2022年8月2日)。それがどのように現実的に可能であるかは見えないが。
6対4に割れた世論
では、主権者である国民はどうだったのか。この半年以内におこなわれた3つの世論調査は、似たような結果を見せた。
まず、9月14~15日に国会国防委員会の依頼でリアルメーター社がおこなった調査では、兵役特例のための兵役法改正について、賛成60.9%:反対34.3%となった(聯合ニュース2022年9月18日)。
次に、10月8~10日に『クッキーニュース』の依頼でハン・ギルリサーチ社がおこなった調査では、同じ質問に対し、賛成56.6%:反対38.5%だった(『クッキーニュース』2022年10月12日)。
また今年4月5~7日のギャラップ社による調査でも、賛成59%:反対33%となっている(『聯合ニュース』2022年4月8日)。
つまりどの世論調査でも、兵役特例に賛成が6割、反対が4割といったところだ。
これらは、なかなか判断をしにくい結果でもある。たしかに賛成派が上回っているが、決して反対派が少ないわけでもない。多数決で上回っているからといって特例として扱えば、4割の反対派からの批判は免れない。
また『クッキーニュース』の調査では、兵役世代である18~29歳の賛成が43.0%と、全世代でもっとも低い結果も出ている(世代が上がるにつれ、賛成の割合が増える)。また、女性よりも男性のほうが賛成の割合も低い。つまり、兵役前後の男性がBTSの特例にもっとも賛成していない可能性が高い。
国会や政府機関がなかなか態度をはっきりできなかったのも、このように世論がそれなりに割れ、兵役世代の賛成がさほど高くなかったことが関係しているからだろう。
静かに見守ったARMY
こうしたなか、BTSのファンダム・ARMYはさほど目立つことがなかった。ARMYは世界でも有数の規模のファン集団で、過去にBTSがさまざまな議論に置かれたときにも積極的に参与し、専門性や多言語展開で論陣を張っていった。
しかし、今回は静かにことの成り行きを見守っていたという印象だ。その理由は複雑ではなく、おそらくARMYの多くが女性だからだ。兵役の義務が男性に課せられたものである以上、その議論に積極的に参画できなかったと推察される(同時に、外国のファンも韓国の内政に意見しにくい状況に置かれていた)。
韓国は、先進国のなかでも女性の社会進出が著しく遅れている国のひとつだ。世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数では、146か国中99位(2022年)と非常に低い水準にある("Global Gender Gap Report 2022")。年々順位は上がる傾向にあるものの、欧米と比べると男性中心の社会であるのは間違いない。
この背景にあるのが、兵役における男女の非対称性だ。兵役が免除される女性は優遇されている──そうした思いを抱く韓国人男性は少なからず存在すると言われる。その結果が、ジェンダーギャップ指数の99位という順位に現われているのだろう(兵役がない日本は、先進国では最下位の116位ではあるが)。
ARMYの沈黙は、こうした韓国社会の状況を踏まえた上での判断だったのだろう。時と場合によって声をあげることは必要だが、兵役においてそれはBTSに不利益になりかねない──静かにそうした合意が形成されていた。
結果的にBTSの兵役免除は起きなかったが、BTSのイメージを維持するうえでその戦略は正しかった。そこには、日本のSMAPファンにも通ずる非常に成熟したファンダム像が感じられた。
前例のある大統領特例
JINの入隊は、予定通りにいけば12月中だと見られる。マスコミや国会で続いてきた議論も今回で終了と見られる。
ただ、かぎりなく小さいがまだ動く可能性もある。それは大統領特例だ。
この件について6月にユン・ソクヨル大統領は、世論を重視することを前提に「私が先に言及する状況ではない」と明言を避けていた(中央日報日本語版2022年6月23日)。行政の長として、まずは世論と国会の法改正を優先するのは妥当な判断ではある。
だが問題は、今回のHYBEの発表で本当に議論の終止符が打たれるのか、ということだ。この先、おそらく各種メディアがBTSの活動停止による経済的な損失についての試算を始めるだろう。
実際に近年の音楽輸出額は、2019年から北米で急激に伸びている。新型コロナの影響で2020年は全体ではマイナスとなったものの、それでも北米での伸長は止まらなかった。これは間違いなくBTSの人気によるものだ。
K-POPにとって最大の難関だった欧米市場を開拓したばかりの現在、BTSの活動停止が韓国コンテンツ業界に大きなダメージを与えるのは間違いない。
こうした状況を踏まえて、ユン大統領が特例を発する可能性もなきにしもあらずだ。実際、2002年のサッカー日韓ワールドカップの際は、はじめてベスト16に入った韓国代表メンバーに対し、当時のキム・デジュン大統領は特例を発して兵役を免除した。つまり、前例はある。
支持率の低迷に苦しむユン大統領にとっても、ホワイトナイトかのように特例を発することで人気の回復を図る可能性はありえなくもない、といったところだ。
韓国のふたつの顔
今回のBTSの兵役入りは、彼らに続く他のグループの未来も示したことになる。BTSですら兵役特例が適用されないのだから、将来的にSEVENTEEN、Stray Kids、NCT等々、多くの人気ボーイズグループの兵役も避けられないことは確定的だ。
そもそも今回の議論も、世界的人気のBTSだからこそ生じたものだ。K-POPアーティストに兵役特例を適用するためには、千載一遇のチャンスだった。しかし、BTSですら認められなかった以上は、今後BTSよりもヒットするグループが生まれない限りは、今回のような議論が再燃することもないだろう。
そしてポピュラー音楽である以上、兵役による2~3年の空白は、BTSの人気にも確実にダメージを与えるだろう。東方神起やBIGBANGも、その人気は入隊前よりも確実に減退した。流行文化だからこそ、空白期間は人気を大きく左右する。
今回の一連の議論は、韓国が抱えている両極端のふたつの顔によって生じた。
ひとつは、休戦中ではあるものの戦時下の国家としての顔。
もうひとつは、世界最高水準のコンテンツ大国としての顔だ。
それらは、軍事力というハードパワーと、文化力というソフトパワーの側面にそれぞれ対応する。その両者の綱引きによって、BTSは引き裂かれそうになっていたようにも見えた──。
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