フィンランドのNATO加盟――なぜスウェーデンの加盟承認は遅れるか
- 最後に残っていたトルコ議会がフィンランドのNATO加盟を承認したことで、すべての加盟国でフィンランド加盟が支持された。
- トルコはフィンランドにNATO加盟承認と引き換えに、「テロリスト」とみなすクルド人活動家の引き渡しを要求していた。
- スウェーデンもフィンランドと同じ立場に立ってきたが、こちらはまだ加盟承認されていない。
フィンランドが北大西洋条約機構(NATO)に加盟できる見通しは立ったが、同時に申請していたスウェーデンはまだ加盟が認められていない。その一因はトルコとスウェーデンの関係悪化にある。
なぜフィンランドだけOK?
トルコ議会は3月31日、フィンランドのNATO加盟を承認する決議を採択した。これによって北欧フィンランドのNATO加盟が決定した。
フィンランドは第二次世界大戦後に中立路線を歩んできたが、ロシアによるウクライナ侵攻は大戦以来の衝撃となり、昨年5月にフィンランド政府はNATO加盟を申請していた。
NATOのルールでは、新規加盟する国は全ての加盟国の承認を必要とする。3月27日にハンガリー議会が承認し、最後に残ったトルコがOKしたことで、フィンランドのNATO加盟に反対する国はなくなった。
これによって、NATOは29カ国体制になり、ロシアに対抗する西側の軍事同盟は強化されたといえる。
ただし、フィンランドと同時に加盟申請したスウェーデンに関して、トルコ議会はまだ承認していない(もともとプーチン大統領に近い立場のオルバン首相率いるハンガリーも同様なのだが、今回は省略する)。スウェーデンもフィンランドと同じく、ウクライナ侵攻の衝撃によって中立路線を放棄し、NATO加盟を申請していた。
なぜトルコはなぜフィンランドだけNATO加盟を認めたのか。
争点としてのクルド人
もともとトルコ政府はフィンランドとスウェーデン両方の加盟に消極的だった。その最大の原因はクルド人問題にあった。
トルコの他、シリア、イラク、イランなどに暮らすクルド人は、そのほとんどがムスリムだが独自の文化をもち、「国を持たない世界最大の少数民族」とも呼ばれる。クルド人はそれぞれの国で分離独立を要求してきたが、その多くは弾圧され、トルコではクルド労働者党(PKK)が「テロ組織」として取り締まりの対象になってきた。
クルド人勢力の一部は海外に逃れ、トルコ政府への批判を展開しており、その一部はフィンランドやスウェーデンに拠点を構えている。
これに対して、トルコのエルドアン大統領はナショナリズムを鼓舞し、欧米におけるムスリム差別を強く批判する一方、クルド人勢力を「テロリスト」として取り締まってきた。
対外的にも、トルコはNATO加盟国でありながら独自路線を歩んできた。
例えば、隣国シリアで2011年に発生した内戦でクルド人勢力が台頭した際、アメリカなどNATOはシリア政府打倒のための手駒としてこれを支援した。これをトルコは「テロリストを支援している」と批判し、独自にシリアに介入してクルド人勢力を攻撃した経緯がある。つまり、実質的にトルコはアメリカと敵対したのだ。
「クルド過激派」引き渡し
この背景のもと、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請に、エルドアン政権は「テロリストを匿っている」と批判して反対した。両国が「人道的観点」からクルド人難民を受け入れ、その政治活動を容認してきただけでなく、クルド人問題を理由にトルコへの武器売却を断り続けてきたからだ。
フィンランドやスウェーデンは欧米のなかでもとりわけ人道問題に敏感な国として知られるが、これがNATO加盟交渉のなかでクローズアップされたといえる。
しかし結局、フィンランドとスウェーデンはクルド問題よりNATO加盟を優先させた。
NATO加盟を申請した直後の昨年6月、フィンランドとスウェーデンはトルコ政府と協議し、武器禁輸の解除のほか、「テロとの戦い」で合意した。要するにフィンランドとスウェーデンが「クルド過激派」引き渡しなどに応じることで、そのNATO加盟にトルコは反対しない、という取引だった。
国際政治に振り回され続けてきたクルド人は、またもその荒波に翻弄されたといえる。
ともあれ、フィンランドとスウェーデンはその後、トルコ政府がリストアップした「クルド過激派」の国外退去(事実上トルコへの引き渡し)を行なってきた。その結果、フィンランドにはトルコ政府のOKが出たのだが、先述の通りスウェーデンに関してはいまだに目処が立っていない。
選挙向けアピールか
スウェーデンのNATO加盟をトルコが受け入れない一つの要因は、昨年9月のスウェーデン総選挙で右派の民主党政権が発足したことにある。
民主党は移民受け入れ反対、EU反対が鮮明で、北欧最大の極右団体「ノルディック抵抗運動」(NRM)との結びつきもしばしば指摘されてきた。NRMメンバーは2017年、スウェーデン第二の都市イエーテボリで難民キャンプ爆破テロ事件を引き起こした。
この実行犯はロシアの極右団体「ロシア帝国運動」がサンクトペテルブルグ近郊に持っている訓練場で訓練を受けていたことが判明している。
もっとも、民主党政権は公式にはNRMとの関係を否定している。NATO加盟に関しても前政権の方針を引き継ぎ、トルコとの合意に従って「クルド過激派」の引き渡しを行ってきた。
しかし、外交的に揺さぶりをかけてくるトルコへの反発は、フィンランドよりスウェーデンで表面化しやすい。極右を支持基盤にもつ政権の誕生は、これを後押ししているといえる。今年1月、首都ストックホルムにあるトルコ大使館前で極右活動家がイスラームの聖典コーランを焼く抗議活動を行なって逮捕されたが、こうした事件は昨年来スウェーデンでしばしば発生している。
この事件はトルコ国内でも広い反発を呼び、エルドアン政権はスウェーデン政府に「イスラーム嫌悪」の取り締まり強化を要求してきた。
こうした背景のもと、スウェーデンに厳しく接することは、エルドアンにとって政権を維持する手段ともいえる。
トルコでは今年5月に大統領選挙が予定されているが、2月の大地震での対応が不十分だったという批判の高まりもあり、エルドアンはこれまでにない苦戦が予想されている。エルドアンにとって、スウェーデンのNATO加盟を遅らせ、「‘ムスリムを弾圧する国’に立ち向かう強い大統領」をアピールすることは、選挙に向けて数少ない好材料といえる。
トルコ大統領選挙の行方は、クルド人の運命だけでなく、スウェーデンやNATOの行方をも左右しかねないのである。