「今年の世界で最も重要な選挙」トルコ大統領選――親欧米政権は誕生するか
- トルコは欧米と中ロの間で独自路線を歩む「グローバル・サウス」の一つの典型例ともいえる。
- そのトルコではエルドアン政権への批判の高まりから、親欧米派候補が大統領選挙をリードする展開になっている。
- 親欧米政権が発足すればロシア制裁が強化されるとみられることから、ロシアによるものとみられる選挙干渉も増えている。
5月14日に迫ったトルコ大統領選挙は、地政学的に大きなインパクトを秘めている。その結果次第では、ウクライナ戦争など大国同士の対立から距離を置く「グローバル・サウス」の一角で、親欧米政権が誕生するからだ。
「今年の世界で最も重要な選挙」
G7広島サミットが目前に迫っているが、ここに参加する各国首脳も14日に予定されているトルコ大統領選挙の行方を気にしているに違いない。
今回のトルコ大統領選は「今年の世界で最も重要な選挙」とも呼ばれる。この選挙の結果次第で、トルコが親欧米路線に転換する可能性があるからだ。
トルコは冷戦時代からNATO(北大西洋条約機構)加盟国で、アメリカの同盟国だ。
しかし、およそ20年にわたってこの国の実権を握ってきたエルドアン大統領は、反対派を強権的に取り締まる一方、外交的には親欧米とも反欧米ともいえない独自路線を歩んできた。それが強すぎるアメリカの影響力を緩和し、欧米に一定の発言力を保つ手段になるからだ。
そのため、中ロともつかず離れずの関係が鮮明だ。
ウクライナ戦争をめぐり、国連でのロシア非難決議に賛成し、ウクライナにドローンなど武器を供与する一方、ロシアとの取引や人の往来が続いていることは、その象徴である。
こうしたエルドアンの方針は、大国同士の対立から距離を置く「グローバル・サウス」の立場を代表するものといえる。
ところが、エルドアンは過去にない苦戦を強いられている。野党が結束し、政権交代の気運が高まっているからだ。
トルコに親欧米政権ができたら
野党6党の連合「国民連合」の統一候補クルチダルオルは「外交方針を180度転換する」「この国に真の民主主義をもたらす」と、親欧米路線を鮮明にしている。
事前の世論調査では、クルチダルオルが49.2%の支持を集め、エルドアンが43.7%でこれを追う展開になっている。
クルチダルオルは「もちろんロシアとはよい関係を築きたい…しかし、ウクライナ侵攻は正当と認められず、受け入れられない」と述べている。
そのため、クルチダルオル政権が発足した場合、例えば以下のような変化が想定される。
・エルドアン政権よりロシアとの取引や人の往来を制限する
・昨年エルドアンとプーチンが合意していた、ロシア産天然ガス輸出の拠点をトルコに建設する計画の検討が中止される
・ペンディングされているスウェーデンのNATO加盟を承認する
乱れ飛ぶフェイクニュース
こうした情勢を反映して、大統領選挙をめぐってトルコではフェイクニュースが乱れ飛んでいる。
例えば5月7日、エルドアンの選挙集会で、クルチダルオルが少数民族クルド人勢力「クルド労働者党(PKK)」の創設者カラユランと並んでいる映像が流れた。PKKはクルド人居住地の分離独立を要求し、トルコ当局から「テロリスト」に指定されている。
その創設者カラユランとクルチダルオルが並んだ映像を精査したドイツ公共放送DWは、これが別々の映像を合成した偽情報だったと結論づけている。
さらに5月11日には、世論調査で第3位につけていた「国土党」党首インジェ候補が突然大統領選挙からの離脱を宣言したが、その理由はSNSなどでインジェの性行為の映像が拡散したことだった。
インジェはこれを捏造と主張し、「こんな中傷はこの国の歴史でこれまでなかった」と抗議して離脱したのだ。
これに関して、エルドアンは「自分にはよく分からないが、とにかく悲しい」と述べるに止まり、トルコ検察が捜査を開始している。
これに対して、クルチダルオルはインジェに協力を呼びかける一方、「ロシアの友人たちへ」と題するツイートで、選挙干渉を止めるよう求めている。
「180度の転換」になるか
もっとも、たとえ政権交代が実現しても、クルチダルオルがいうように「外交方針を180度転換」できるかには疑問が残る。
まず、大統領選挙と同じ日に行われる議会選挙でエルドアン率いる公正発展党が勝利すれば、「ねじれ」が生まれる可能性もある。
次に、トルコはロシアに対して経済的に弱い立場にある。IMF(国際通貨基金)の統計によると、2022年段階でトルコのロシアからの輸入は天然ガスなどを中心に379億ドルだったのに対して、輸出は47億ドルにとどまった。
圧倒的な輸入超過のもとでは、ロシアとの取引制限はむしろトルコのダメージの方が大きい。クルチダルオルにとっても、国民生活を犠牲にロシアと対決することは難しいだろう。
そもそも政権交代の気運が高まったきっかけは、エルドアンの強権的な統治手法や外交方針への批判というより、若者を中心に深刻化する生活苦にあった。とりわけ、昨年から続く70%以上のインフレと、今年2月の大地震で多くの被災者が出たことは、その大きなエネルギーになっている。
だとすると、選挙で勝ったとしても、クルチダルオルは国民生活の安定を最優先にせざるを得ない。その場合、エルドアン政権よりロシアとの取引を規制するとしても、先進国と同程度のものになるかは不透明だ。
同じことは、中国との関係についてもいえる。
クルチダルオルは「歴史上のシルクロードを再建し、トルコと中国をつなぐ」と述べ、エルドアン政権以上に「一帯一路」構想に熱心な姿勢を示している。そこからは、中国とロシアを一体と捉えがちな欧米と異なる視点だけでなく、「イデオロギーのために国民生活を犠牲にしない」という判断もうかがえる。
ロシア艦隊の通過を認めるか
経済取引の規制と並んで、クルチダルオル政権が発足した場合の焦点になるとみられるのは、ロシア艦隊のトルコ領海通過を認めるかにある。
ウクライナ東部やクリミア半島は黒海に面しており、ロシア艦隊が地中海に抜けて外洋に出るための拠点になっている。ところで、そのルート上にあるボスポラス海峡とダーダネルス海峡はトルコ領で、エルドアン政権は昨年3月からロシア艦隊の通過を公式には認めていない。
ところが、昨年8月、シリアに派遣されていたロシア軍の地対空ミサイルS-300が回収され、ロシアの艦船に運ばれて黒海に戻ったと報じられた。だとすると、トルコはボスポラス、ダーダネルスの両海峡を封鎖しきれていないことになる。
これが欧米に対するエルドアンの面従腹背だった、とみることは可能だろう。
しかし、政権交代が実現しても、両海峡の完全封鎖は簡単ではない。ロシアとの全面的対立を招き、天然ガス輸出の停止といった報復措置を受けかねないからだ。それはトルコの国民生活をこれまで以上に悪化させ得る。
こうした状況からすれば、クルチダルオル政権が発足した場合、トルコの外交方針が大きく転換するかは、中ロとの関係が縮小してもダメージが小さくて済むような協力を欧米が約束できるかにかかっている。
言い換えると、グローバル・サウスの協力が得られるかは先進国次第といえるだろう。