「準備」を強調する藤田一也(東北楽天ゴールデンイーグルス)の確かな存在意義
■2020年の藤田一也選手が目指すのは・・・
プロ入り16年目を迎えた。2020年シーズンを前にした藤田一也選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)が発する言葉は、これまでの年とやや違う。
守備の名手に贈られるゴールデングラブ賞に輝くこと3度(二塁手で2013年、2014年、2016年)、レギュラーの証しでもあるベストナインも2度(2013年、2014年)受賞している。
レギュラーで出場するのが当たり前の中、常にゴールデングラブ賞を獲得することを目指してきたし、それを自ら宣言してきた。
ところが昨年、浅村栄斗選手のFA加入により、セカンドでのレギュラー出場は厳しくなり、ショート、サードのポジション奪取に照準を定めた。しかし内転筋などの故障もあり、出場試合数はイーグルス移籍後最少の61にとどまった。
チーム状況も変わった。自ずと出てくる言葉も変わる。
「いきなり開幕スタメンというのは、何かが起きない限りはないと思う。内野はほぼ決まっている状態だと思うので、だからそこで『開幕スタメンを目指して』じゃなくて、チームが困ったときにしっかり準備して出られるっていうことを目標に、どこでも守れるようにしようと思っている。年齢も年齢なんで、ここでスタメンって言うたら『おまえ、自分のことわかってないやろ』って言われる。自分の立場を考えたら、“そこ”をやっていかなあかんと思う」。
藤田選手の言う「そこ」というのは「チームが困ったところで仕事をする」ということだ。
「『よっしゃ、いくぞ』って言われて、『いや、ちょっと準備できてません』って言ってたら終わりやと思うんで、そこだけはしっかり自分の立場をわきまえた上でやりたい」。
繰り返し繰り返し「準備」を強調する。
「やっぱベンチに座っているとゲームに入っていけない。いきなりポーンと代打で出る、そこで結果を出すってなかなか難しいんで。自分の中でいろいろ考えながらゲームに入っていけるよう、“差されないように”っていう準備をしっかりしときたい」。
体を起こしておくというフィジカルの部分と、「ゲームの流れを読みながら」という頭の部分の両方だ。
「集中力の高め方も必要だし、相手ピッチャーの研究も代打だとまた違ってくる」。
自身で蓄積してきた投手のクセや傾向などのデータも駆使し、いつ来るともわからない“そのとき”に備えて、自らに勝負強さを求めていくという。
守備でも「ショート、サード、セカンドはすぐ行けるような準備はしておきたい。それぞれのポジションによって違いはあるけど、どこもやったことないわけじゃないんで、全然大丈夫。サインプレーだけ覚えておけば」と、オールマイティに備える。
チームのために“便利屋”になることも厭わない覚悟だ。
■例年と状況が違った自主トレ
シーズン中の試合における準備の仕方は、レギュラーと控えでは違ってくるが、キャンプに入る前の準備である自主トレは、これまでと何一つ内容は変わらなかったという。
藤田選手の自主トレは毎年、底冷えのする京都で行う。しかし今年は暖かく、快適に送れた。
「何も変えることなく、いつも一緒」と、徹底的に基本練習を行うスタイルだ。とくに守備練習に関しては、きつい基本練習を果てしなく繰り返す。今年も同じことをしてキャンプインしたと語る。
ただ、練習内容は何も変えてはいないが、今年の自主トレは例年と状況が違ったと振り返る。“名手・藤田一也”の教えを乞いたいと、独立リーグの選手が何人も門を叩いてきたのだ。
イーグルスの参加者は福山博之投手、木村敏靖投手、山崎幹史選手だが、独立リーグの各チームから来た選手たちが加わって、多いときはそのメンバーが20人以上にも膨れ上がったという。
野手は藤田選手の基本練習を横で見て、その動きを真似る。ときには藤田選手自らアドバイスも送る。質問があれば丁寧に答える。そんな日々だったそうだ。
「僕も教えることによって、やっぱ手本になると思うから、わかりやすく基本練習をしないといけないし、それが逆に下半身強化になった」。
■より下半身強化ができた
藤田選手のいう基本練習とは、投げてもらったボールを丁寧にキャッチしてネットに投げ込む。ショートバウンドやフライなど、さまざまなボールに対して捕って投げる。
簡単なようだが、投げられるボールによって入り方も違うし、下半身をしっかり使って柔らかく捕って投げることがいかにきついか。それを何セットも繰り返す。藤田選手いわく「ノックのほうが楽」というほどだ。つまり守備練習をしながら下半身強化も行っているのだ。
とはいえ、毎年行っている基本練習だ。形はできているし、体は覚え込んでいる。
「しんどくなってきたら、ちょっとずつ自分の中で楽しようっていう動きになってしまう。でも、独立リーグの選手とかいっぱい来ていて見られていると、失敗できないっていうのもあるし、わかりやすく見せながらやろうと思ったら、より丁寧にしないといけないっていうのもあった。そうすると下半身の負担も大きい。僕も楽ができずに、より下半身強化になってよかった。それに、自分ができないと教えられないんで」。
少人数で行ってきた自主トレが大所帯になって大変だったのではないかと思うが、それを逆にプラスにとらえるところが藤田選手らしい。
下半身も鍛えられ、教えることによる自身の動きの再確認もできたようだ。
■今の自分を正しく把握する
今年7月には38歳を迎える。
「プロ入りしたときに比べたら10キロくらい重いんで(笑)。今の自分がどういう体なのか、どういうキレなのかを考えた中でやらないといけない。若いときのスイングを求めすぎても絶対にあかんから」。
己を知った上でのバッティングフォームや守備の形を構築している。
「そうすると年々ムダな動きはなくなってきている、バッティングにしても守備にしても。こうしたほうが楽に打てるんちゃうかとか、守備でも楽に動けるんちゃうかとかっていうのは、いろいろ経験して考えてきたから」。
若いころのキレやスピードはなくても、数多くの経験によって現在のプレースタイルを築き上げることができているのだ。そしてそれは、今後もさらに追究していく永遠の課題でもある。
2年前は体の状態がよすぎるがゆえに、自主トレで飛ばしてキャンプ前にケガをした。一転、昨年は用心して慎重に自主トレを進めた。
「慎重にいきすぎて、体ができ上がるのがあんまりって感じやった。ちょっとビビッてしまって…。自主トレでケガしたらあかんなって思ってね」。
今年の自主トレでは「体が動けている」との実感があったという。だから同じ轍を踏まないよう、気をつけつつもしっかりと追い込んだ。過去2年の経験が、ほどよい頃合を教えてくれたのだ。
■炭酸水の半身浴で疲労解消
体のコンディションさえよければ、結果を残せる自信はある。だからこそ、大敵となるのは疲労の蓄積だ。常日頃から、その日の疲れはその日のうちに解消することに努めている。
「やっているのは半身浴。体の疲れを溜めないっていうのが一番なんで。毎日やっている」。
37〜38で時間は30分ほど、2年前から炭酸水を使用しているという。自宅の浴槽に炭酸水を作る機械を設置し、遠征時もホテルで使用できるものを持ち込み、炭酸水の半身浴を毎日行っているのだ。キャンプ中の宿舎にも設置してもらい、チームメイトも10人ほどが使用していたという。
「炭酸水で半身浴をするようになって、よく眠れている。僕、試合の日は興奮して眠れないんで」と、シーズン中も効果は抜群なようだ。
半身浴の30分間は「ずっとYouTubeを見てる。何をかって?自分の。うそうそ(笑)。お笑いを見てる」という。
「最近のよりやっぱり昔のほうがおもしろくて…。昔のM―1とか、ずっと見返している。サンドウィッチマンとか笑い飯とか。おもしろいし、安定してる。今のもおもしろいけど、ちょっと笑いがまた変わってきてるのかな。いや、(お笑いの)プロじゃないんでわからないけど(笑)」。
藤田選手自身、笑いのセンスを散りばめたトーク技術の腕を年々上げているのは、YouTubeの成果か。
■支えてくれる人たちに恩返し…それは活躍して優勝
2013年に歓喜の美酒を浴びてから、遠ざかること6年。
「あと何年、現役ができるかわからないんで、やっぱり最低でもあと1回は優勝したいなっていうのはある。自分がグラウンドに立ってなくてもベンチでも、1軍で1年間貢献して優勝したいなって思う」。
しみじみと吐露する。それは自身の喜びのためだけではない。そこにはお世話になった人たちを喜ばせたいという思いもある。
毎年自主トレを手伝ってくれる人たちには感謝をしてもしきれない。選手たちがいかに短時間で効率よく練習ができるか。それを考えて先回りをして動いてくれる人たち。
「手伝ってくれる人がいないとできない。それを1年じゃなく毎年来てくれる。すごく助かってるし、あの人たちがいるから自分もまだ現役でできてると思う。あの人たちのためにも結果を残したい。その程度で恩返しにはならないと思うけど。でもいつも活躍するのを見てくれてるんでね」。
お手伝いに来ている人たちはみんな、藤田選手の人柄に惚れ込んでいるのだ。藤田選手がいいシーズンを送れるようにと、それを楽しみに集まってくるのだ。
そんな彼らに、藤田選手からはお揃いのジャージを贈っているが、もっとも喜んでもらえることが何なのかは承知している。
「また来年も現役ができるように。この1年頑張って、優勝して、いい報告ができるように」。
2月15日、キャンプ中の練習試合では早くも「2番・セカンド」でスタメン出場し、タイムリーを含む2安打を放って良好な仕上がりぶりをアピールした。
多くの人と喜びを分かち合うべく、藤田一也は今年もチームに尽くす。
(表記のない写真の撮影は筆者)
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