周りに人が集まってくる―東北楽天ゴールデンイーグルス・藤田一也選手の魅力
■ファンへの神対応
「藤田さんのファンでよかった…」。ファンのひとりが思わず呟いた。
東北楽天ゴールデンイーグルスの藤田一也選手は、今年も寒さの厳しい京都市内で自主トレを行っている。(参照記事⇒藤田選手が京都で自主トレをするわけ…「一期一会」―藤田一也選手が大切にしている人との縁)1月11日にスタートして比較的暖かい日が続いていたが、全国的な寒波に襲われた14日、京都市内にも激しく雪が舞った。
土曜日ということもあり、仙台から自主トレ見学に訪れたファンも多かった。雪降る寒い中、自分のために来てくれたファンに何か返したいと思った藤田選手は、球場の人に頼んでバックスクリーンのビジョンに粋なメッセージを出した。
このメッセージが出た瞬間、球場にいるファンから冒頭の言葉が漏れたのだった。
常にそうだ。自身のファンを大切に思い、ファンの要望にできるだけ応えようとする。藤田選手は言う。「よく言われることやけどファンの人がいないと成り立たない。それに自分はそこまでの選手じゃないんで、現役終わると注目もされないと思う。スーパースターは(現役)終わってからでもサインを求められたりするやろうけど。だから、やっぱ現役選手でおれる間はどんどんサインとかも対応したいし、ファンサービスはしたい」。
自身は子どもの頃やアマチュア時代、プロ野球選手と触れ合うことはなかったし、練習を見たこともなかった。だからこそ、欲してくれるのであれば、自分にできることは叶えてあげたいと思うのだ。
お手本がいる。「横浜時代、三浦(大輔)さんがすごいファンを大事にしているのを見てきたし、時間のある限りは必ずサインを書いていた。三浦さんからも『ファンを大事にしないとダメだ』と教わって、三浦さんの真似をするようになった」と話す。「三浦さんは球場から帰るときも(サインを求められたら)車の中で書くんじゃなくて、絶対に車から降りて書く。だから、ボクも車の中では書かずに必ず降りて書く」。
そして番長から教わったことは、後輩にも伝える。「もし車の中で書いていて事故になったらどうするんやと。間違ってケガを負わすこともあるでしょ。そう考えたら車の中でよう書けるなと。降りた方がファンも嬉しいし、車の中で書くなんて『書いてやってるよ』みたいで偉そうでしょ」と若手選手にも啓蒙している。
「ボクは『書いてあげてる』なんて気持ちは絶対にない。野球選手終わると「サインください」なんて、もう言われなくなるかもしれない。だったら今、欲しいって言ってくれてるんだったら、できるだけ書きたい」。この自主トレ中も連日、表で多くのファンが待っているが、どんなに疲れてクタクタでも厭わず全員にサインをし、写真撮影に応じている。
■志願の弟子入り。オリックス・バファローズの西野真弘選手
そんな藤田選手の、プレーだけでなく人間性をも慕って後輩が集まってくる。今年の自主トレには他球団からの参加者がいる。オリックス・バファローズの西野真弘選手だ。シーズン中、自分から「自主トレ一緒に勉強させてください」と申し出てきたという。それまで「挨拶くらいしかしたことなかった」という間柄ながらだ。
「ボク基本、自主トレは自分からは絶対に誘わない。それはもう決めている」。藤田選手の考えはこうだ。「小っちゃいときに『勉強せぇ、勉強せぇ』って、よく言われてたけど、言われると逆に勉強したくなくなる。でもテスト前になると自分からする。ヤバイと思えば(笑)。結局、それが一番身につく」。
練習も同じだという。「『練習せぇ』って言われてやるのと、自分で考えてやるのでは身の入り方が全然違う。自分で考えることで上手くなる。見てるだけでも『こうやって捕ってるんや』って考えることで身につく」と語る。
普段から「チーム内でもボクからは教えることはない。聞かれたときは教えるけど。試合中の凡ミスとかで『今の、こうやろ』って言うことはあったとしても、捕り方とか投げ方とかは聞かれないと教えない」と徹底している。
自主トレに関しても「ボクから『やろうぜ』っていうのは押し付け。後輩なんて先輩から誘われて断りにくいヤツもいる。そういう子を嫌々連れてきても絶対に上手くならないし、『盗んだろう』という気持ちにもならないと思う」と考えている。
「『一緒にやりたい』って来る子は、何かを盗みたい、何かを得て帰りたいと思う。そういう子はボクもやり甲斐があるし、気も遣わなくていい。だから『参加したい』と来る子には、ボクの守備に対する思いとかイメージというのはすべて伝えてあげたいなと思っている」と話すとおり、自分の“技”を惜しみなく伝えている。
たとえばボールを捕るときの軸足への体重の乗せ方、間や距離のとり方、肘の使い方、タイミング、また目線に至るまで、細部に渡って丁寧に教えている。これまで藤田選手が自分で気づき、会得し、編み出してきたものをすべてだ。
「でもそれが全部、西野選手に合うかはわからない。でも何か、上手くなる中の一つのアドバイスになれば。そこから“自分の形”というのができていく。それの少しでもプラスになってくれたらいいかなと、本人にも伝えている」と語る。また藤田選手自身も「同じポジションだし刺激になる。若い選手のいいところを盗めて、これから戦っていく中で今まで以上に負けたくないという気持ちになった」とプラスになったという。
西野選手も「わかりやすく細かいところまで教えてもらって、充実していました」と昂揚した表情で話す。「ボールと衝突すると弾くので、優しく包み込むように。力を抜いて、向かっていくより迎え入れる」と教わったそうで、それを意識することでキャッチボールでもゴロ捕でも自身の変化を感じていると、頬を緩める。
また、野球の技術だけではなく、藤田選手の人脈の広さや人間性にも間近で触れられたことで「器の大きい方です」と、すっかり心酔したようだ。
■球場スタッフも藤田選手をバックアップ
西野選手も感嘆したように、この京都の自主トレには実に多くの人が手伝いに訪れる。皆、藤田選手の人柄に惚れ込み、応援しているのだ。借りている球場スタッフの皆さんたちもそうだ。「毎年、この藤田選手の自主トレから1年が始まるからね」と楽しみに待っている。練習に熱が入るあまり球場使用時間が終了しても、快く開けてくれている。
自主トレ初日にはバックスクリーンのビジョンにこのようなメッセージを出し、藤田選手を喜ばせた。
「歓迎の意味でね。ゴールデングラブ賞は私らも本当に嬉しかったんで」と、わが子の活躍を自慢するかのように、球場の代表の方が目を細めて話す。藤田選手の活躍は、球場スタッフの皆さんにとっても誇りなのだ。藤田選手が1年でも長くプレーしてくれることを願っている。
■楽天でまた優勝したい
その期待をひしひしと感じながら、藤田選手は言う。「野球界も今、“若返り”っていう風潮にあるけど、その中でも新井(貴浩)さんとか(田中)賢介さんとか、そういうベテランの力っていうのは絶対に必要やから。そういう人たちのように自分もいずれは“頼れるベテラン”といわれる選手になっていかないといけない。チームにも(松井)稼頭央さんみたいに頼れる先輩がいる。自分もああいうチームに欠かせないと思われるような選手になりたいと思っている。そうすると1年でも長く、40歳でもできるっていう可能性もあるんで」。
まだまだ「ベテラン」といわれるには早い。しかしゆくゆくはそうなっていく。そのときにはきっと、自身が描くベテラン像である「チームに欠かせない頼れる存在」になっていることだろう。
昨年、海外FA権を行使せず残留した藤田選手。「もう一回、(楽天で)優勝したいっていう気持ちがあった。東北のファンの人ってすごい温かいっていうか、Koboスタがホントにホームグラウンドとなって後押ししてくれるので、そこでもう一回優勝してあの雰囲気を味わいたいっていうのはあったので」。
ファンとともに再び優勝することを誓っている。
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