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トランプ2.0の衝撃 ①中国にとっては何がリスクで、何がアドバンテージか

六辻彰二国際政治学者
大統領選挙の勝利を宣言するトランプ候補(2024.11.6)(写真:ロイター/アフロ)
  • 米大統領選挙でトランプが勝利したことで、中国は貿易戦争がエスカレートするリスクに直面している。
  • その一方で、アメリカが国外のことに関心を低下させれば、中国にとっては活動範囲を広げるチャンスになる。
  • その最大の焦点はグローバル・サウスであり、トランプ再選はこれまでの国際関係が大きく変化する後押しにもなり得る。

 トランプ政権が再び発足することは、海外メディアでトランプ2.0とも形容される。

 トランプ当選について問われた中国政府報道官は「我々の対米政策は一貫している。中国は相互尊重、平和共存、ウィン・ウィンの原則に基づいて両国関係を築いていく」とだけコメントした。

 ごく簡単な、いわばそっけないほどの反応は、トランプ2.0のリスクとアドバンテージを値踏みしているからとみてよい。

 中国にとってトランプ2.0はどんな意味があるか。

貿易戦争はエスカレートするか

 おそらく中国政府が最も神経をとがらせているのは貿易戦争の再燃だろう。

 トランプは政権第1期、アメリカ第一を掲げ、「不当に安い海外製品からアメリカ産業を守る」と主張し、同盟国を含む各国の輸入品に対する関税を引き上げた。

 2020年からのコロナ感染拡大をきっかけに反中世論が急速に高まると貿易制限はさらに加速し、中国ぬきのサプライチェーン構築(デカップリング)もしばしば政府高官の口から飛び出すようになった。

 中国に対する態度は基本的に変わらないようだ。2024年大統領選挙キャンペーンでトランプは「すべての輸入品に最大20%、中国製品に関しては60%の関税引き上げ」を主張した。

 仮に関税が大幅に引き上げられれば、中国も報復措置をとると見込まれる。

 政治的な関係悪化を反映して、アメリカと中国それぞれの貿易に占めるお互いの比重は段階的に縮小してきた。それでも取引制限の応酬が拡大すれば、双方にそれなりのダメージを与えることは想像に難くない。

 ただし、中国にとってトランプ2.0にはアドバンテージもあるとみてよい。

 アメリカの「守備範囲」以外での活動はむしろしやすくなるからだ。

「台湾は半導体技術を盗んだ」

 トランプの手法は基本的に一対一の取引で、多くの国を巻き込んで一つの目標を達成するといったものではない。

 そのため、第1期政権時代には関税引き上げや安全保障負担などをめぐって同盟国とのトラブルも絶えなかった。

 また、パリ協定や世界保健機関(WHO)から脱退を宣言したが、誰一人それに続かなかった(どこかの国が続くことを期待していたかすら疑わしいが)。

 こうした行動パターンは基本的に変わらないようだ。

 例えば台湾との関係についてトランプは、選挙期間中に「防衛協力のため台湾は支払いを増やすべき」と主張し、「ちょうど保険会社と同じようなものだ」とさえ述べた。また、「台湾はアメリカの半導体技術を盗んだ」と主張し、半導体の国産化を示唆している。

 それはつまり、アメリカの安全と利益が確保されれば(少なくともトランプがそう考える範囲で)、中国の活動には関知しないという態度だ。

 言い換えると、トランプは「アメリカ経済を中国から守る」ことに力を入れても、アメリカが直接かかわらないところでまで中国を追い詰めることには熱心でないといえる。

 この点、同盟国との関係改善を重視し、グローバルな中国包囲網を形成しようとしたバイデン政権とは対照的だ。

バイデンの限界、トランプの無関心

 もっとも、バイデン時代でさえ対中包囲網は大きな成果をあげなかった。

 バイデンは民主主義や人権の価値観を強調し、その一方で情報通信など機微な産業分野での対中取引制限(デリスキング)を主導した。それによって実際、中国の貿易に占める先進国の割合は総じて低下した。

 ただし、その裏返しで中国と新興国・途上国の取引は増えた。

 いわば中国は取引の多角化で対中包囲網に対抗しているわけだが、それを象徴するのがBRICSの拡大だ。

 中国をはじめとする新興国グループBRICSは昨年、6カ国を新たにメンバーに加えて11カ国体制になった。新メンバーにはサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなど、アメリカと基本的に良好な関係を保ってきた国も多い。

 ほとんどの新興国・途上国にとって「アメリカか、中国か」の二択を迫られること自体、無理な話だ。両方と取引することが最大の利益になるからだ。

 また、仮に中国との取引を制限した時に、その分の利益をアメリカが保証してくれるわけでもないからなおさらだ。冷戦時代のアメリカは、各国に共産主義陣営との取引を諦めさせる見返りにアメリカの市場開放をアメとして提供したが、現在のアメリカにかつてほどの余裕はない。

 その意味で、米中を天秤にかける国の続出は国際関係の構造的変化を表しているのであって、アメリカ大統領の特性や資質の問題ではない。

 あえて単純化すれば、超大国としての長期的衰退に直面したとき、これに抗おうとしてかえって限界を露呈したのがバイデンで、世界をリードする超大国であることにもはや関心をもたないのがトランプといえる。

国際秩序の転換を後押しするか

 ともかくトランプ2.0によってアメリカが世界への関心を低下させれば、入れ違いに中国がこれまで以上に、グローバルレベルで大きな影響力を持つきっかけになるとみてよい。

 第1期政権時代、トランプはアフリカなどを「肥溜めの国」と呼ぶなど、差別的発言がしばしば国際的な摩擦を招いた。さらに相手が貧困国でもアメリカ製品に対する関税引き下げを強要し、不興を招いた

 中国(やロシア)がグローバル・サウスへのアプローチを強めることは、先進国にとっては懸念であっても、新興国・途上国からみれば選択の余地が広がることを意味する。

 それにもかかわらず露骨に軽視する、あるいは高圧的な態度に出れば、グローバル・サウスを中国側に押しやることにもなりかねない。

 “アメリカ第一”の考え方からすれば、すぐペイされないものに関わる必要はない。また、それが現在のアメリカの多くの有権者の希望でもあるのだろう。

 しかし、それは将来ふり返ったとき、国際関係の大きな変化を促した一因になったとみなされ得る。2023年のIMF(国際通貨基金)の統計によると、G7合計のGDPは世界全体の36%で、BRICSプラスは24%だが、この差は徐々に詰まっていて、将来的に逆転する可能性さえある。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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