「スーダン内乱の長期化でコーラなど炭酸飲料が値上がりする」は本当か
- コーラなど炭酸飲料の生産に欠かせない香料アラビアゴムの主要産地はスーダンである。
- そのため、スーダンの内乱が長期化すれば、コーラなどの値上がりする可能性があると報じられている。
- しかし、もともとスーダンにあった闇取引が内乱で加速する公算も大きく、コーラが大幅に値上がりするかには疑問もある。
「スーダン内乱が長期化すれば香料アラビアゴムが値上がりし、それがコーラなど炭酸飲料の値上がりにつながる」と欧米のいくつかのメディアで報じられているが、この議論には見落としもある。
「スーダン内乱でコーラ値上がり」
北東アフリカのスーダンで4月半ばから続く戦闘は、停戦合意が交わされながらも、現在に至るまで止んでいない。
この内乱は、軍事政権の実権を握るブルハン将軍率いる国軍と、それに反旗を翻したダガロ司令官の民兵組織「即応支援部隊(RSF)」との間の権力闘争だ。
ウクライナや台湾などと異なり、アフリカの紛争はそもそも外部の関心を集めにくい。しかし、それでも外部が何の影響も受けないとは限らない。
英ロイターは4月末、「スーダン内乱が長期化すれば、コーラなど炭酸飲料が値上がりする可能性がある」と報じた。スーダンは炭酸飲料の生産に欠かせない香料アラビアゴム(アラビアガム)の大生産国で、その生産量が世界全体の60%以上と推計されているからだ。
アラビアゴムはコーラなど炭酸飲料の製造で不可欠であるため、「ペプシやコカコーラはアラビアゴムなしに存在できない」という指摘もある。
「黄金の涙」アラビアゴム
ここでアラビアゴムについて少し詳しくみておこう。
アラビアゴムはマメ科アカシア属の植物の樹液を固めたものだ。オレンジがかった半透明の樹液が固まった形状から「黄金の涙」とも呼ばれる。
アフリカ大陸の北緯10〜20度付近のチャド、南スーダン、ナイジェリアなどで生産されており、この地域は「ゴムベルト」とも呼ばれるが、その中でもスーダンのシェアは大きい。
アラビアゴムは乳化力が高く、本来は混じらない原料を均一にする効果があるだけでなく、コーティング機能も優れている。そのため、ゼリーやチョコレートといった菓子類だけでなく、医薬品、化粧品、水彩画の溶液などにも用いられている。
しかし、他の用途と比べても炭酸飲料の場合、代替材料を使うことが難しいため、アラビアゴムの重要性は高いといわれる。
そのため、これまでもアラビアゴムはスーダンにとってだけでなく海外にとっても重要物資であり、国際的な焦点になってきた。
例えば、2019年までこの国を支配したバシール前大統領はアメリカと対立し、スーダンは「テロ支援国家」の指定を受けて経済制裁の対象になった。しかし、その時代もアラビアゴム取引が例外的に認められた。飲料メーカーなどのロビー活動があったからだ。
また、バシール政権が崩壊した後、西側との関係改善が進むなか、EUはスーダンのアラビアゴム産業支援のため、2021年までに1000万ユーロ(約15億円)を提供した。その多くはフランスからのものだった。フランスはアラビアゴムの大消費国であると同時に、加工済みアラビアゴムの大輸出国でもある。
「コーラ値上がり」の現実味は
だとすると、今回のスーダン内乱で多くの企業が神経を尖らせるのも無理はない。
ペプシやコカコーラなど大手メーカーはアラビアゴムを数カ月分ストックしているとみられる。そのため、すぐに枯渇するわけでないとしても、戦闘が長期化すれば話は別だ。
今回の内乱は首都ハルツームを主な舞台としているため、通信障害が発生するなど、社会・経済活動全体に悪影響が及んでいることも、この懸念に拍車をかけている。
だたし、コーラなどの商品が全く影響を受けないとは思えないが、大幅な値上げが必要なレベルまでアラビアゴム供給量が減少するかには、疑問の余地もある。
その最大の理由は、内乱発生以前からスーダンではアラビアゴムの密輸が横行していたことだ。
内乱が勃発する直前の3月下旬、スーダンの民主化勢力は同国産アラビアゴムの40%以上が近隣のエジプトやチャドに密輸されていると指摘し、軍事政権に改善を要求した。それによると、密輸されているのはアラビアゴムだけでなく、綿花や油料種子など主な農作物の多くが含まれている。
戦時でも続く取引とは
スーダンに限らず、アフリカでは政治的有力者がかかわる企業による脱法行為は珍しくない。それを取り締まるべき公的機関まで汚職に塗れていれば、なおさらだ。
例えばコンゴ民主共和国では、リチウムイオン電池の生産に欠かせないコバルトが産出されているが、20年以上続く内戦のなか、軍の高官まで密輸と児童労働に深く食い込んでいる。海外企業はそれを調達しているのだ。
スーダンの場合、アラビアゴム取引は独立以来、国営企業GACが独占していたが、2009年に民間企業の参入が認められた。これは「規制緩和の一環」として先進国では概ね好意的に受け止められたが、結果的には有力者が個別にアラビアゴムの不透明な取引に参入するきっかけにもなった。
それはブルハン将軍ら軍事政権の幹部だけでなく、内乱のもう一方の当事者であるRSFのダグロ司令官についても同じことだ。
2020年、アラビアゴム産業の支援にいくつかの国内企業が資金を投入したが、そのなかにはスーダン最大の鉱山企業アルグネイドが提供した1億ドルも含まれていた。アルグネイドはダグロの兄弟が経営する。
つまり、金鉱山の経営を握るダグロはスーダン屈指の富豪でもあるが、これをきっかけにアラビアゴム取引の取引にも参入したといえる。
以前からあったこうした不透明な関係は、内乱による混乱でかえって加速するとみた方がよいだろう。
先進国では戦闘が経済停滞をもたらすという認識が一般的だ。アフリカでも経済活動が紛争によって影響を受けることは否定できないが、取引が常にマイナスになるとは限らない。
この観測が正しいかは、半年後にスーダン情勢が沈静化しなかった場合、コーラが大幅に値上がりするかが一つの判断基準になるだろう。