アフリカ争奪で先進国の突破口になるか――ケニア−EU経済連携協定の締結
- 先進国と中ロのアフリカ争奪戦が激しくなるなか、ケニアはEUと経済連携協定を結んだ。
- 岸田首相が5月に訪問したように、ケニアはアフリカのなかでも先進国よりの立場が目立つ。
- しかし、こうしたケニアの動きに多くのアフリカ諸国がいますぐ追随することは想定しにくい。
こうした論調が受け入れられにくいことを百も承知であえていえば、先進国がアフリカ争奪で巻き返せるかは、中ロを批判するよりむしろ先進国自身を振り返ることの方が重要といえる。
アフリカ-EU貿易の拠点
ケニア政府は6月19日、EUとの間でEPA(経済連携協定)締結に合意した。ウィリアム・ルト大統領は「国内事業者に大きな利益をもたらす…ケニアは東アフリカでEU貿易の拠点になる」と意義を強調した。
EPAはモノの自由な取引だけでなく投資など幅広い分野での協力を促し、経済交流を深める。
今回の合意はケニアに、約5億人を抱えるEU市場に無関税、無枠(=上限なしの無制限に輸出できる)での輸出を保障するものだ。
ケニアの主な輸出品は茶葉、コーヒー豆、生花、豆類などだが、その約70%はヨーロッパ向けで、輸出額は2022年段階で約13億ドルにのぼる。
一方、ケニアもEUから主に機械など工業製品を輸入しているが、その関税は段階的に引き下げられる。ただし、国内産業に壊滅的な打撃を与える懸念がある場合、輸入を一時的に止めるセーフガードが認められている。
さらにこの合意では、インフラ整備、人材育成、農作物をヨーロッパの規格に適応させるための技術協力など、ケニアの貿易を活発化させるための協力も約束された。
対中貿易にない魅力とは
このEPA締結には、アフリカにおける先進国の巻き返しという側面がある。
アフリカでは近年、中国が「一帯一路」構想のもとで経済協力を加速させ、ロシアが軍事協力をテコに影響力を拡大させてきた。昨年3月2日の国連総会で、アメリカなどが提案した対ロシア非難決議にアフリカの約半数の国が賛成しなかったことは、この地における先進国の影響力の低下を印象づけた。
こうした背景のもと、先進国はアフリカ各国への働きかけを強化してきた。その観点から今回のEPAが重要なのは、アフリカにとって対中貿易にない利点を含んでいることだ。
国別でみると中国はいまやアフリカ最大の貿易相手だが、慢性的に中国側の輸出超過の状態にある。中国のアフリカからの輸入はアンゴラやスーダンなどいくつかの産油国に集中している一方、アフリカ各国に向けて工業製品を輸出している。
そのため、産油国以外のほとんどの国にとって中国との取引は大幅な入超になりやすい。
それは現地にとって中国製の安価な製品を買いやすくするものの、中国にモノを売って稼ぐことを難しくする。
つまり、ケニアのような大産油国でない国にとって、EUとのEPAは対中貿易では得られにくかった輸出拡大を期待させる。ケニアと同様の合意は2016年にガーナがEUと結んでおり、アフリカでは2例目となる。
中国の沈黙
もともとケニアは冷戦時代から、アフリカのなかでも先進国よりの外交方針が目立つ国の一つだ。
コロナ感染拡大後、中国でアフリカ人差別が噴出した際、さすがにアフリカ各国政府から中国批判が表面化したとき、ケニアはその先頭に立った国の一つだった。また、ウクライナ侵攻後に行われた国連安全保障理事会でケニア大使は軍事侵攻を批判した。
だからこそ、5月に岸田首相がアフリカ各国を歴訪した際にも訪問先に選ばれた。
こうした背景のもと、ケニアはEUとの取引を加速させる協定を結んだわけだが、アメリカとも同様の協議を行なっている。
世界銀行の統計によると、ケニアのGDPは1100億ドル(2021年)で、サハラ以南アフリカでナイジェリア、南アフリカ、エチオピアに次ぐ第4位である。
そのケニアとEUのEPA締結について、共産党系英字ニュースGlobal Timesをはじめ中国国営メディアは沈黙している。
ケニアはなぜEPA締結に応じたか
それでは、ケニアとEUのEPA締結はオセロゲームのようにアフリカ全体で勢力図が塗り替わるきっかけになるのか。
残念ながら、そう単純な話ではない。
その最大の理由は、そもそもEPAの締結で形式的には間口が広がったとしても、ケニアからの輸出が短期的にはそれほど増えないと見込まれることだ。
もともとケニアとEUのEPA締結は突然のものではなく、10年近い協議の産物でもある。EUは2014年、東アフリカ5カ国との間でEPAを締結していたが、ケニア以外の国はこれを批准しなかった。
逆に、これを批准したケニアはその後、すでにEUから無枠輸出などの優遇措置を認められてきた。こうした条件は今回の合意で大きく変わるわけではない。
ケニアのヨーロッパ向け輸出にとっての障害の一つは、EUが環境や健康などの規制に厳しく、その規格に合わせるための投資が大きくなりやすいことにある。
例えばEUは口蹄疫などの対策として、誕生段階から電子耳タグをつけて追跡可能にした牛の肉しか輸入していない。アフリカでこうした対策を取れる国はごく僅かだ。
ケニアも牛肉を輸出しているが、その輸出先はカタールやクウェートなど中東諸国がほとんどで、EPA締結でEU向け輸出がすぐに増えるわけでもない。こうした品目はいくつもある。
アフリカのなかのフライング
とすると、今回の合意はどちらかといえば政治的パフォーマンスに近い。
中ロとのアフリカ争奪が激しさを増すなか、ケニアとのEPA締結はEUにとって「アフリカに協力的な国がある」というアピールになるが、それはケニアからみて「先進国に恩を売った」ことになる。アフリカに限らず途上国・新興国において「先進国より」とは、こうした外交方針も含まれるのである。
そのため、こうした外交方針をとらないアフリカ各国が追随するかは疑問だ。むしろ、アフリカ各国にとって、ケニアがEUと単独でEPA協定を締結したのはフライングに近い。
先述のように、ケニア以外の東アフリカ諸国は2014年にEUとの間で結ばれたEPAを批准しなかった。
これに関して、ヨーロッパでは「ケニア以外の東アフリカ各国は世界で最も所得水準の低いLDC(後発開発途上国)に認定されていて、すでに国際的に貿易の優遇措置が認められているため、あえてEUとEPAを結ばなくても無枠輸出が保証されているから」という解説が一般的だ。
この指摘は誤りではない。しかし、それが全てでもない。
むしろアフリカでは、EPAによってヨーロッパ製品が急激に流入することへの警戒が強かったことが理由としてあげられやすい。アフリカの輸入に占めるEUの割合は中国より多いことは、すでに述べた通りだ。
ケニアが「先進国より」外交をアピールし、先進国からそれなりの反応を引き出せることは、裏返せばそれだけアフリカで先進国への警戒が強いからこそ、といえる。
中ロ支持というより先進国への警戒
さらに、ヨーロッパを含む欧米はこれまでも貿易に関してしばしばアフリカに圧力を加えてきた歴史も無視できない。
近年では、アメリカのトランプ前大統領によるものがあげられる。アフリカ各国は自国の繊維産業育成のために古着輸入に関税をかけているが、トランプ政権はこれを「不公正」と批判し、援助削減を示唆しながらその撤廃を求めたため、ルワンダを除くほとんどの国はこれに渋々応じた。
しかも、仕方ないことかも知れないが、ほとんどの先進国はこの状況を黙殺した。
この構図こそ、アフリカのほとんどの国が中ロとの友好関係を維持する根本的な背景といえる。つまり、アフリカには中ロ支持というより先進国への警戒と不信が目立つのだ。
だとすれば、巻き返しを意識するのであれば、ただ中ロを批判するよりむしろ先進国とのつき合いを深めることの恩恵を丁寧に説明し、アフリカの警戒と不信を和らげるしかないだろう。
古い格言に「敵を知り、己を知れば、百戦危からず」という。先進国はこれまで中ロを知ることに努めてきたが、先進国自身を知らなければならない時に来ているといえるだろう。