新型コロナでアフリカに広がる中国警戒論――中国人が隔離されるケニア
- アフリカでは新型コロナをきっかけに中国警戒論が表面化しており、その急先鋒はケニアである
- ケニア政府が中国への警戒を隠さない背景には、新型コロナへの懸念だけでなく、外交的な目的や国内の反中感情がある
- ケニア政府の中国警戒論に対して、中国はこれをなだめるのに躍起で、ケニア在住中国人を事実上、自ら隔離している
新型コロナは中国とアフリカの軋轢を大きくしており、とりわけケニアは中国への警戒感をあらわにしている。これを後押ししているのは、中国の足元をみた外交方針と、これまでの中国人による人種差別への反感である。
中国警戒論の急先鋒、ケニア
新型コロナにより、アフリカでは中国との関係がこれまで以上にデリケートになっている。中国への警戒を先導する国の一つが東アフリカのケニアだ。
ケニアは1月末、アフリカでいち早く中国との直行便をキャンセルした。これはその後、アフリカ各国で航空便のキャンセルやビザ発給停止など中国との移動が制限される呼び水となった。
それだけでなく、直行便を飛ばし続ける隣国エチオピアに対して、ケニアのウフル・ケニヤッタ大統領は2月6日、語気を強めて批判した。
「身内意識」の強いアフリカでは、首脳が周辺国の政策にコメントすること自体、珍しい。
ケニアでの中国人隔離
表面上、ケニア政府は中国を直接批判しているわけではない。しかし、中国政府は各国による移動制限を批判しており、その希望に沿った形で直行便を飛ばし続けるエチオピアを批判することは、中国の言い分を否定しているに等しい。
そのため、中国政府はケニア政府をなだめざるを得なくなっている。ケニアにある中国大使館は2月14日、中国から戻ったケニア在住中国人に、最低15日間、自宅に留まるよう通達した。
中国大使館によると、当該者には毎朝大使館が電話して、自宅にいるかを確認するという。
つまり、中国政府はケニア在住中国人を事実上隔離したのである。中国政府が感染の疑われる中国人の移動を制限するのは、アイルランドなどでも行われているが、感染の疑われない者も含めてほぼ全員を対象にするのは異例だ。
ケニア在住中国人は2009年段階で1万人といわれたが、現在ではこの数倍ともみられる。そのため、大使館が実際に毎朝、一人一人の在宅を確認できているかには疑問もあるが、在住中国人を事実上隔離したことは、ケニア政府が中国警戒論の急先鋒になっていることを受けての、中国政府の最大限の配慮ともいえるだろう。
ただし、ケニアが中国への警戒を露わにすることにはリスクもある。
「一帯一路」構想を掲げる中国は、今やケニアにとっても最大の貿易相手国だ。さらに、中国は32億ドルを投じ、独立以来最大規模ともいわれる鉄道を2017年に開通させるなど、開発協力でも大きな存在感をもっている。
だとすると、なぜケニアは強気なのか。そこには外交、国内政治の両面で事情がある。
アフリカでのマウンティング
まず、外交的な理由からみていこう。ケニアの強気は、アフリカ諸国の間での優位性につながる。
つまり、中国がアフリカで大きな影響力を持つだけに、その中国への警戒論を間接的とはいえ先導することは、ケニアの存在感を高めることになるのだ。
ケニアは中国の主な投資先の一つだが、そうであるだけに、ケニア政府が中国への警戒を表明することは、中国政府にとって無視できない。ケニアに同調する気運が広がれば、中国政府が力説してきた「中国とアフリカの友情」が地に落ちるからだ。
そのため、中国の新華社通信は「ケニア市民が中国を支援している」といったニュースを流すのに懸命だ。
ケニア政府は昨年4月、さらなる鉄道建設のために36億ドルの追加融資を中国に求めたが、これを断られている。しかし、ケニア政府が中国警戒論の旗を振り続ければ、中国が「折れる」ことも想定される。
これまでもしばしば指摘してきたように、先進国から批判されれば中国は「倍返し」で応酬するが、アフリカに対しては態度が違う。中国にとってアフリカは大事な「足場」だからだ。ケニア政府の強気は、この中国の足元をみたものといえる。
背景としての反・人種差別
次に、ケニア国内の事情に目を向けてみよう。
ケニア政府の強気は国内の支持を念頭に置いたものといえる。ケニアではこれまで中国人による人種差別がしばしば問題になってきたからだ。
例えば、ケニアでは2015年、アフリカ人の入店を拒否していた中華レストランが地元メディアの告発で閉店に追い込まれた。また、2018年には、ケニヤッタ大統領を含むケニア人を「サル」と呼んだ中国人男性が国外退去処分を受けている。
さらに、中国当局にとっては間の悪いことに、新型コロナが世界の耳目を集める最中の2月9日、首都ナイロビにある中華レストランで中国人シェフらがケニア人ウェイターに暴行を加える映像が拡散し、中国人4人が逮捕されたニュースがケニア全土を駆けめぐった。おまけに、このレストランは無許可で営業していた。
メディアで大々的に取り上げられるこうしたトピックは氷山の一角で、中国企業で雇われるケニア人への差別は日常的ともいわれる。そのため、「我々の法律を守らないなら出ていけ」という論調も珍しくなくなっている。
こうした背景のもと、中国に強い態度をみせることは、ケニヤッタ大統領にとって、中国人・企業による人種差別への幅広い不満をすくい上げ、政権への支持に転換させるものといえる。
取り引き手段としての留学生
ただし、ケニアは中国を追い詰めすぎるのは避けている。その象徴が、中国にいる留学生の問題だ。
中国では約8万人のアフリカ人留学生が学んでおり、武漢にはこのうち5000人ほどがいるとみられている。日本を含む先進国は武漢在住者を退避させたが、ほとんどのアフリカ諸国はそうではない。
その結果、武漢にはアフリカ人留学生が、いわば取り残されている。彼らはネットを通じて家族などに医薬品や情報の不足、物価高騰による食料不足などを訴え、本国政府に救出を求めている。
そんななかケニア政府は一時、武漢に100人ほどいる留学生の退避を匂わせた。しかし、2月21日には留学生に約1万3000ドルを送金すると発表したものの、退避を求めないと決定した。その理由は「武漢から国民を退避させた国もあるが、その場合に移動の機内で感染が広がったことからすれば、武漢にとどまった方が学生たちにとって安全だから」と説明された。
ヒトの移動制限が感染症の封じ込めに有効かどうかの議論は、公衆衛生の専門家に委ねたい。
ここでのポイントは、留学生を退避させないことが、いわば武漢封鎖を尊重し、中国政府の体面を傷つけないことだ。
つまり、ケニアは中国との正面衝突を回避しているといえる。
このようにケニア政府は中国警戒論の旗振りを務めながらも、踏み込み過ぎて中国の逆鱗に触れないよう、関係の決定的な悪化を避けているわけだが、少なくとも結果的に、留学生はそのための取り引き材料にされているとみてよい。
人間は共通の敵に直面した時でさえ結束して立ち向かうより、そのなかでいかに自分の利益を大きくするかに意識が向かいやすい。新型コロナはその最新の実例を示しているといえるだろう。