アクティビズムと音楽の力、「失われつつある」言語で歌う先住民サーミ人エッラ
ノルウェーでは音楽家が市民運動に参加したり、政治に関する自身の考えを表明するのは当たりまえのことだ。アーティストの価値観まで知って、音楽を支持し続けるかを決める人も多い。1998年生まれのエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさん(Ella Marie Hætta Isaksen)はアーティスト・俳優であり先住民サーミ人である。
サーミ人はフィンランド・スウェーデン・ノルウェー・ロシアに住み、人口数が最も多いのがノルウェーだ。長い間ノルウェー政府から抑圧されてきた歴史、サーミ人としてのアイデンティティや言語を「恥」として植え付けられた「抑圧政策」の影響は今の世代にも暗い影を落としている。「石油の国」から「再生可能エネルギーの国」として発展を急ぐ政府との間には、現在「土地」を巡って「グリーン・コロニアリズム」(緑の植民地化主義)の対立が両者の間で起きている。政府が風力発電所を設置したフォーセン地域で、トナカイ放牧を生業とするサーミ人の人権が侵害されていると、最高裁が判決をくだしたのだ。
「いい加減にして」「これ以上私たちから人権を奪わないで」と声を上げるサーミ人の「若い世代」はSNSや連帯を駆使して新たなムーブメントを生み出している。その「顔」ともいえる存在がエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさんだ。
抑圧の歴史を背負うサーミ人が国民的スターに
筆者が彼女の存在を初めて知ったのは、何年も前になるオスロ市庁舎でだった。2月6日の「サーミのナショナルデー」を祝う式典が開かれ、オスロ市長やサーミ人が集まっていた。そこで音楽を披露したのがエッラさんのバンド「イーサク」(ISÁK)だった。「あの人たちは?」と隣にいた知人のサーミ人に聞くと、「ISÁKといって、サーミ語で歌う若い人たちのバンドだよ」と教えてくれた。
ISÁKのバンドが始まったのが2017年、そしてエッラさんは2018年にノルウェー全国で知られた人となる。公共局NRK主催の「Stjernekamp」(スターファイト)という音楽番組は様々な音楽ジャンルが出演者によって披露され、視聴者の投票で優勝者が決まる。エッラさんは2018年の優勝者だったのだが、サーミ人として「ヨイク」というサーミ人独特の歌唱法で歌い優勝したことが歴史的だった。
政府への抗議を英語やサーミ語の歌詞と混ぜ合わせる
エッラさんとバンドISÁKはサーミ語やヨイクで歌う珍しいバンドだ。プロデューサーのダニエル・エリクセン(Daniel Eriksen)とドラマーのアレクサンダー・コストプロス(Aleksander Kostopoulos)がヴォーカリストのエッラさんと共に、伝統的なヨイクと都会的なシンセサイザーをサーミ語と英語で融合させて歌う。環境・気候問題、政府への抗議を英語やサーミ語の歌詞と混ぜ合わせることで、サーミ音楽の境界線を新しいレベルへと押し上げている。
サーミの人にとって複雑な思いを抱かせてきたサーミ語
「サーミ語」はサーミの人にとって複雑な言語であり続けた。政府によく抑圧政策の時代、子どもは家族と引き離され、寄宿学校に強制的に住まわされ、白人ノルウェー人の教師によって、ノルウェー語を教えられる。サーミ人としてのルーツやサーミ語は「恥」であるとして叩き込まれ、「自分とはなにか」を破壊された影響は今の世代にも継承されている。「サーミ語を話すこと」「サーミの民族衣装を着て外を歩くこと」は恥ずかしいものとして避けられた。政府の抑圧政策の結果、今ではサーミ人としてのアイデンティティをほとんどなくした人、サーミ語を話せないという人は多い。「失われつつある言語」となっているサーミ語をさらに追い詰めているのが、ノルウェー政策が推し進めたい「発展」だ。
自然とともに消える言語
人間活動によって気候危機が進む中、「自然や環境が失われる」ことは「サーミ語が失われる」ことにも直結する。自然と共存し、トナカイ放牧や漁業を生業としてきたサーミの人たちは、自然を表現する独自の単語を多く持つ。もし、地球沸騰の時代が続き、雪が少なくなったら、雪を表現する約300のサーミ語も失われることになる。このように、サーミの伝統的な生業が消えることは言語がさらに消滅することになるのだ。
恥から誇りの言語へ
サーミ語を話す人が少なくなっている今、エッラさんは人気バンドとしてサーミ語とヨイクで歌い続ける。そしてノルウェー政府に対して「これ以上奪わないで」とメッセージを送る。サーミの人にとって、サーミ語とヨイクで歌うエッラさんたちの存在がいかに大きいか想像できるだろうか。公共局NRKの音楽番組で優勝後、エッラさんのもとには多くのサーミ人からお礼の言葉が届いたという。「サーミ語とヨイクで歌う」ことは、サーミ人としての誇りを多くの人にリマインドさせているのだ。
そのエッラさんのバンド「ISÁK」は9月30日、首都オスロで解散ライブを行った。
サーミの民族衣装を着て応援に駆け付けるサーミ人ファンたち
サーミの民族衣装は抑圧の歴史を背負うために、今でも着ることに抵抗がある人がいる。サーミではない人が背景を理解せずに着ると「文化の盗用」となる。ISÁKの解散ライブでは、堂々と誇りをもって民族衣装を着て最後の舞台を見守ろうとやってきたサーミの人々がいた。
今や若いサーミ人アクティビストとして有名になった友人を、ティーナさん(24)は複雑な思いで見守っている。「そもそも、サーミ人の重い体験を聞いてもらうために、どうして彼女がここまでしないといけないのか。エッラは強くて賢い。私は心の底から誇りに思っています」
パニリエさん(32)「ヨイクと現代音楽を融合させているISÁKはノルウェー最高のバンドだと思う。私は家族にサーミのルーツがありますが、サーミ語を話しません。でもサーミ語の歌を聞くと心地いい。エッラさんのこれからが楽しみです。ノルウェー政府はフォーセン地域から風車を撤去すべきだと思っています」
マッティンさん(26)「『サーミ人としてISÁKのバンドは絶対聞かないと』と思ってきました。私はサーミ語はわからないけれど、ヨイクはとてもスピリチュアルで心に響く音だと思う。フォーセン地域では多くの闘いが起きているので、暗くなりますがきっと状況は良くなると信じています」
解散ライブで響くエッラのメッセージ「石油産業に怒っている人はいる?じゃあこの曲では激しくダンスしてね!」
「石油産業に怒っている人はいる?じゃあこの曲では激しくダンスしてね!」「これからの世代のために闘ってくれた祖先たちに感謝しています!残念ながら人権の闘いは終わっていません。闘いの場はフォーセン!」「タリエ・オースラン石油・エネルギー大臣はここに来ているかな?来ていないか。そんな勇気はないよね。今から歌うのは石油・エネルギー省に対する怒りのスピーチ!」など、彼女らしい言葉がマイクを通して会場に響き渡った。
アクティビズム・ムーブメントを起こすサーミの若い世代。これからはアーティストの思想まで判断して支持するかを決める
日本では芸能人やアーティストは北欧と比較すると政治的なメッセージはあまり発しないイメージがある。だが、北欧や欧州ではアーティストの価値観や心情までを知ってから、その曲を支持するかを判断するのが普通だ。気候危機やメンタルヘルスという課題が多い現代では、若い世代は発信者の思想も判断材料にして、支持者になるかを決める。これはより普通の傾向となっていくだろう。
先住民サーミの人々は音楽・詩・アート・SNSなど、さまざまな手法で過去から背負っているつらい感情や怒りを表現して市民運動につなげている。言葉にしにくい辛い感情だからこそ、多様なアプローチ方法でアクティビズムを起こしている。エッラさんはまさにサーミ流アクティビズムを多様な形で実行する人だ。俳優としても、サーミ人の闘いを映画で伝えている(『Let the River Flow (2023)』『Rahcan - Ellas opprør(2022)』)。筆者は今、エッラさんたち率いる若いサーミの人のアクティビズムから本当に目が離せないでいる。
エッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさんの公式インスタグラム
先住民サーミの活動家 エッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンは何者か
note「先住民族サーミ、ナショナルデーと民族衣装 幼稚園・保育園を訪問!」
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Photo&Text: Asaki Abumi