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イスラエルはコロナワクチン接種の「成功例」か――捨てられる人々

六辻彰二国際政治学者
2回目のワクチン接種を受けるイスラエルのネタニヤフ首相(2021.1.9)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • ワクチン接種が遅れがちな日本と対照的に、イスラエルは国民の約60%が接種を受けているとみられ、「成功例」としてしばしば取り上げられる。
  • しかし、イスラエルが医療・衛生などの責任を負うべきパレスチナ占領地では、ワクチン接種がほとんど進んでおらず、感染者も増え続けている。
  • これに関して、国連や人権団体からは国際法違反という批判もあがっているが、イスラエルを長年支援してきたアメリカなどは沈黙を貫いている。

 コロナワクチンの接種に関して「成功例」として注目を集めるイスラエルだが、各国メディアによる礼賛の影には捨てられた人々もいる。

「成功」の影の人々

 コロナワクチンの接種が極めてスピーディーに行われている国として、最近イスラエルがしばしば取り上げられる。

University of Oxford, Our World in Data
University of Oxford, Our World in Data

 実際、イスラエルでは累計接種回数がすでに1,046万回(4月27日)に及ぶが、これはイスラエル人口(923万人)を上回る。一人で複数回接種した人もあるため、オックスフォード大学のデータベースOur World in Dataによると、人口の約60%が接種しているとみられる

 その結果、イスラエルではイベントや会食などが相次いで解禁され、4月22日には1日のコロナ死者が10カ月ぶりにゼロになったと報告されるなど、コロナ克服の成果も出ている。

 イスラエルの場合、人口が日本の10分の1以下という規模の小ささが有利に働いたことは確かだ。そのうえ、独立から周囲のアラブ諸国と緊張を抱え、常に平時と戦時の区別がほとんどないなかで培われた危機管理体制がコロナという未曾有の危機においても有効に機能したことは疑えない。

 しかし、イスラエルの「成功」にはあまり語られない側面もある。国民向けの接種がスピーディーに行われる一方、本来イスラエル政府にワクチン接種の責任があるにもかかわらず、半ば放置されている人々もいることだ。それはイスラエルが軍事的に占領しているパレスチナに暮らす人々である。

忘れられる占領地

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルなど10団体は昨年12月、共同声明を発表し、このなかでイスラエル政府が戦時における義務を定めた国際法、第4ジュネーブ条約に違反すると告発した。ジュネーブ条約では占領地での文民保護などが定められており、医療、衛生の確保などもそれに含まれる

 アムネスティなどが指摘した「占領地」とは、イスラエルが軍事占領しているパレスチナを指す。

 パレスチナのヨルダン河西岸地区とガザ地区は1947年の国連決議でパレスチナ人のものと定められていたが、イスラエルは1967年の第3次中東戦争のどさくさの最中に占領し、その後ユダヤ人の入植を進めた。これは国際法で禁じられる植民地にあたる。

 イスラエル国民の大部分を占めるユダヤ教徒、とりわけ保守派の間には、ヨルダン川西岸やガザを含むパレスチナ全域を、聖書に記述のある「カナーン(ユダヤ人が神から与えられた土地)」と捉える考え方があり、国連の決議にもかかわらず長年これらを支配してきたのだ。

 このうち、ガザに関してはイスラエル政府が2005年に入植地を撤去した。しかし、反イスラエルを叫ぶイスラーム武装組織ハマースのテロ活動を抑えるためとして、イスラエルはその後ガザへの物流を封鎖した。その結果、ガザでは現在に至るまで食料や医薬品が慢性的に不足し、停電も常態化している。

 一方、ヨルダン河西岸に関しては、その大部分をイスラエルが現在も軍事的に占領し、入植を続けている。そのため、占領地ではイスラエル兵と住民の衝突が絶えない。

 パレスチナには現在、暫定政府が樹立されているが、イスラエルによる実効支配のもと、暫定政府は実質的には政府としての役割をほとんど果たせていない。これを念頭にアムネスティなどは、イスラエルがヨルダン河西岸やガザなどでコロナワクチン接種を進める法的義務を負っているにもかかわらず、それを果たしていないと告発したのだ。

 この観点からアムネスティなど19の人権団体は、「イスラエルの予防接種率は60%以上」と発表しているオックスフォード大学のOur World in Dataに対してもイスラエル国民だけを母数にしたデータは、イスラエルの占領政策やその法的責任を無視した政治的データと批判している。

イスラエルが負うべき負担とは

 イスラエル政府の無作為を反映して、パレスチナ占領地ではコロナ感染が拡大している。

 ヨルダン河西岸とガザに暮らすパレスチナ人は約497万人だが、4月27日までの累計感染者は32万人、死者は3452人にのぼる。人口規模が20倍以上の日本における同時期の累計感染者、死者がそれぞれ57万人、約1万人であることから、感染リスクの高さがうかがえる。

 その一方で、パレスチナでのワクチン接種は進んでいない。

グローバルなワクチン争奪戦において、貧困の蔓延するパレスチナの立場は弱い。そのため、3月末までにWHOを通じてファイザー製が37,440回分、アストラゼネカ製が24,000回分、それぞれ提供された他、ロシア製の30,000回分がアラブ首長国連邦(UAE)などから提供されたにとどまる。また、イスラエル政府は5,000回分のワクチンをヨルダン河西岸に提供すると発表したが、それを加えても二回接種しようとすれば人口の約1%分しかワクチンがないことになる(4月には中国からもワクチンが提供された)。

 ユダヤ人の居住地域で就労し、ユダヤ人と接触する公算の高いパレスチナ人に対しては、イスラエル政府はいわば特例としてワクチン接種を認めているが、それでも3月末までの時点で全人口の4%程度にとどまるとみられている。

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は1月、「イスラエル政府にはパレスチナ人にも平等にワクチンを接種する責任がある」と声明を発表しているが、これに対してイスラエル政府はガザの封鎖やヨルダン河西岸の占領政策には触れないまま「パレスチナ人の健康はパレスチナ暫定政府が責任を負うべき」と主張し、自らの責任を認めていない。

コロナが浮き彫りにした矛盾

 念のために繰り返せば、イスラエル政府が多くの国と比べて、国民向けのワクチン接種をスピーディーに行なってきたことは確かで、この点は高く評価されて然るべきだろう。

 しかし、それのみを強調し、ひたすら持ち上げることは、イスラエルによって放置される人々を無視することにもなりかねない。イスラエルを独立以来一貫して支援してきたアメリカでは民間メディアでも「イスラエルの成功」のみが宣伝されやすく、アメリカメディアからニュースを買うことが多い日本メディアも同様だ。それはイスラエル政府の責任を問わないことにつながる。

 コロナは世界を一変させた一方、これまでにあった矛盾を改めて浮き彫りにしたが、パレスチナ占領と格差、そしてそれを半ば無視する世界はその象徴といえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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