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勤務時間の過少申告の横行、改ざん指示まで 学校で進む残業の「見えない化」

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:政処 裕介(まろけ)/アフロイメージマート)

 群馬県の県立学校で、教員9人が4~7月の残業時間を過少申告していたことが先日分かりました。管理職から「見直してほしい」などの指示を受けていたとのことです。いわゆる「過労死ライン」と呼ばれ、産業医との面談が必要な1か月80時間超の残業を申告していなかった教員も3人いました(読売新聞2020年9月9日)。

 実は、こういうことは、残念ながら、学校では珍しいことではありません。2018年6月にも、福井市立中学校で、教頭がある教員の出退勤記録(時間外が100時間超)を無断で改ざんした上に、教師に過少申告するよう促していたことが発覚しました(THE PAGE 2018年6月18日)。

 学校の先生の長時間労働が大きな問題であることは、かなり広く知られるようになりました。保護者からも心配する声が聞こえるほどです。つい3週間ほど前にも「#先生死ぬかも」というハッシュタグで、Twitterでたくさんの声が集まりました。

 ですが、教育行政と学校で、いま進んでいるのは、残業の「見えない化」。コロナ禍のなか、事態は一層悪化しているようにも見えます。今日は、こうした問題に潜む闇、根深い問題について取り上げます。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

■過少申告が横行

 わたしがTwitterで「今回の群馬のような過少申告は氷山の一角だろう」というツイートしたところ、「一角どころか、蔓延している」という趣旨のコメントも現役の先生からもらいました。いくつかデータでも確認できます。

 岐阜県教職員組合が県内の公立学校に勤務する教員を対象にアンケートを行ったところ、勤務時間を過少申告しているという回答が12%に達していることがわかりました(NHKニュース2020年1月9日)。「月80時間の残業を超えないようにと管理職に言われるので正しく入力していない」とか「正直に勤務時間を入力していたら定時で入力するものだと校長に言われた」といった意見も寄せられました。石川県教職員組合が、小中学校などの教職員を対象にアンケート調査を行ったところでは「残業を過小に申告したことがある」と回答した割合は26%でした(NHKニュース、2019年12月16日)。

■なぜ、過少申告や虚偽申告が多いのか? 長年の慣習

 なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。大きな背景は3つあると、わたしは考えます。

 第一に、長年、ほとんどの学校で勤務時間の正確な把握は、行われてきませんでした。細かく説明をすると長くなるので、ここでは非常にざっくり申し上げますが、給特法という特別法のもとで、公立学校の教員の場合には、夜遅くまで(あるいは朝早く出て)仕事をしていても、それを時間外労働として捉えてこなかったからです。修学旅行の引率や災害時など特殊な場合(専門用語になりますが、超勤4項目)は除きますが。

 この大きな制度的な骨格はいまも変わっておりません。この点を批判する見解もたくさんありますが、いろいろ難しい事情もあるのは確かです。でも、さすがにこれでは教員の健康管理の点でもマズいし問題だということで、ここ1、2年の間に、「在校等時間」は把握しなさい、ということになってきました。給特法に根拠のある文部科学省の指針で、そう定められています(指針は2020年1月告示。その前までは「ガイドライン」というものでした)。

 「在校等時間」は厳密にはいろいろ説明が必要ですが、これもだいたいのイメージとしてとらえていただくなら、おおよその残業時間を加えたものです。

 このように情勢は変わってきているのですが、対応できていない自治体や学校現場もありますし、正しく勤務時間等を記録し報告するという習慣がこれまで多くの学校ではなかった影響は残っています。

 次のデータは、2019年7月1日現在の各自治体の状況です。文科省「令和元年度教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査結果」の資料から抜粋しました。

 ICカードやタイムカード等による勤務時間の把握は、都道府県(おもに県立高校や県立特別支援学校等)では66.0%、市区町村(おもに小中学校)では47.4%です。

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 平成29年度調査のときには、タイムカード等は都道府県で12.8%、市区町村では10.5%しか導入していなかったので、だいぶ上がっては来ていますが、エクセルなどで自己申告というところもまだまだ多いですし、なかには、「記録もとっていません」というところもまだあります。企業でいうと勤怠管理をやっていないということですから、ビジネスパーソンから見れば、驚かれるかもしれません。

 しかも、都道府県ごとの差や市区町村ごとの差もかなりあります。次の資料も前掲の令和元年度調査から抜粋しました。在校等時間を把握していません、という市区町村の割合が2割、3割ある都道府県もけっこうありますね。

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■正しい時間の記録なんて意味はない?

 2つ目の理由としては、校長、教頭らの管理職にも、教職員にも、正しい勤務時間等を把握することの意味、意義が十分に伝わっていないという事情があります。

 民間企業(私立学校も含みます)やふつうの公務員なら、残業代の計算にも関係してきますので、時間外勤務時間を記録する、把握することは使用者の義務ですし、労働者側にとっても(残業代をもらうためにも)意味があります(企業等でも過少申告などの問題があることは承知していますが)。

 ところが、公立学校の場合は、給特法のもと、残業代が出ない特殊な制度ですから、過少申告しても、正しく申告しても、賃金は変わりません。

 とはいえ、健康を害するほど働いていないか(or 働かせていないか)などを把握するためにも、正確な記録は大事です。万一、過労死や過労がもとで精神疾患等になったときも、正確な記録がないと、業務の過重性等を証明できず、公務災害(民間でいう労災)認定されないことになりかねません

 また、各学校で働き方改革や業務改善を進めるためにも、どのくらい進捗しているか確認したり、職場のなかで負担の偏りがひどかったりするときは調整に動いたりする必要がありますが、そのときの基礎となるのが在校等時間のデータです。

 わたしがよく校長向けなどの研修で申し上げているのは、「タイムカード等はダイエットしたい人にとっての体重計と同じです」という話です。体重計がくるっていたら、ダイエットがうまくいっているか、わかりませんよね。

(ある学校でのICカードによる出退勤管理、筆者撮影)
(ある学校でのICカードによる出退勤管理、筆者撮影)

関連記事:妹尾昌俊:学校の働き方改革「以前」の問題―残業の「見えない化」と「Why タイムカード?」

 つまり、公立学校であっても、正しい時間管理は基礎中の基礎なのですが、その意味がわかっていない人がいることが、過少申告等の背景のひとつです。冒頭の記事のように、校長や教頭の認識が低いと、より事態は深刻です。

■残業が長いと怒られる、「指導」が入る

 3つ目の背景は、1点目、2点目とも密接に関係します。在校等時間が長い教員やその学校の校長には、教育委員会から「指導」が入ることがあり、それが面倒くさい、イヤだということで、過少申告等が起こっています。平たく申し上げると、怒られるということですね。

 文科省の指針で、時間外の在校等時間は、多くても原則月45時間、年間360時間まで、となっています。各自治体もこの指針に沿った規則等をつくりつつあります。いじめ問題などで緊急なときや災害時等は別ですが。この上限には土日の勤務も含みますので、その点では民間企業等への労働基準法上の上限規制よりも厳しいものとなっています(たとえば、休日に部活動指導や学校で成績表の作業をすると、在校等時間に加えます)。現実的には忙しい先生なら、月45時間など、すぐに超える水準です。

 文科省の指針等を受けて、各教育委員会では、月45時間を超えている人は何人くらいかとか、あるいはもっと深刻である、月80時間超えはどれくらいかという情報を把握しようとする動きが活発になっています。

 そのこと自体は、教員の健康管理の意味からも、あるいは働き方改革の状況を把握するうえでも、重要です。ですが、残業(時間外の在校等時間)が長い人には産業医の面談を受けろとか、教育委員会から校長が呼び出しをくらったりすることもあるので、自ら少なめの時間を記録する教員もいますし、「忖度」する人もいますし、教員に「調整してくれないか」と言ってしまう管理職もいます。

 ある小学校の教頭先生からいただいたメッセージを紹介します(文意を変えない範囲で一部修正)。

私の残業時間は、優に月80時間を超えています。ただ80時間を超えると教育委員会からの指導が入ったり面倒な文書提出もあるので、入退校のパソコン打ち込みを「工夫・調整」して表向き80時間を超えないようにしています…。持ち帰り仕事や、休日出勤も多々あり、100時間は軽く超えていると思います…。

 教頭先生にかぎらず、こういう先生は、全国にたくさんいると推測できます(前述の教職員組合の調査結果など参照)。

 しかし、ご本人たちも痛感されているかもしれませんが、こういう過少申告、虚偽申告が多くなると、本人以外はだれも正確な労働実態がわからないということになります。いや、本人もよくわからないまま、長時間仕事していて、ワーカホリックな状態に入り、バーンアウトや過労死等の危機にあっても、気づかなくなっている可能性だって高いです。

 本来、文科省の指針をはじめとする学校の働き方改革の動きは、勤務実態をなるべくつまびらかに把握すること、残業の可視化を志向したものでした。が、結果、起きていることは逆の、残業の「見えない化」なのです。

 次回の記事では、残業の「見えない化」が起こることで、学校現場にどのような影響があるのか、また、どのような対策を講じていく必要があるのかについて、考えたいと思います。

次の記事:学校で進む残業の「見えない化」 どうしていくべきか(4つの提案)

(参考文献)

妹尾昌俊『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』

妹尾昌俊『先生がつぶれる学校、先生がいきる学校―働き方改革とモチベーション・マネジメント』

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●妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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