学校で進む残業の「見えない化」 どうしていくべきか(4つの提案)
前回の記事では、公立学校等で勤務時間の記録の過少申告がかなり広く行われていること、一部には改ざん指示まで校長らから出ていることについて、背景を探りました。なお、私立学校でも似た問題は起きています。
本稿では、こうした残業の「見えない化」の問題の影響と対策について、お話ししたいと思います。
前回の記事:勤務時間の過少申告の横行、改ざん指示まで 学校で進む残業の「見えない化」
■学校現場では教育委員会や校長への信頼が下がり、あきらめモードに
『残業学』(光文社新書)のなかで、中原淳教授(立教大学)は、企業等における働き方改革の施策がうまくいっていない典型的な事象として、3つあげています(p.212)。
1)残業のブラックボックス化
従業員の正確な労働時間が見えなくなり、残業量が本人にしかわからなくなる
2)組織コンディションの悪化
「会社は現場をわかっていない」感が立ち込め、組織への信頼感が低下する
3)施策の形骸化
施策が次々と自然消滅し、何をしても効果が出ない「改革ゾンビ」状態になる
これはおもに企業について述べたものですが、学校についても似たことが言えるように思います。
時間外の在校等時間(≒残業時間)を正確に記録せず(or 記録させず)過少申告等が広がることは、まさに残業のブラックボックス化です。そんな状態で「月45時間以内にしなさい」など指示だけ飛んでくるように見えるので、あるいはコロナ禍のなか「検温、消毒、清掃など、感染症対策には万全を期すように」などと指示がたくさん下りてくるので、現場の教職員から見れば、「教育委員会はわたしたちのことをわかっていない」、「校長も理解してくれない」という感覚になっているケースも多いと思います。信頼が下がっているわけです。
しかも、働き方改革と言っていたその口で、授業時数を確保するようにということで、1日7時間目まで授業を組んだり、土曜授業を増やしたりする教育委員会や校長もいますから、矛盾しているようにも見えます。
そんななか「会議時間を短縮するように努力しています」、「水曜はノー残業デイです」などとしたところで、たいした効果は出ませんし、自宅への持ち帰りが増えるだけ、あるいは他の曜日にしわ寄せがくるというケースも多々起きています。
「あ~、やっぱり学校で働き方を見直したり、改善したりするなんて、ムリなんだ」、「教員数が増えないかぎり、なにやってもダメでしょう」という、あきらめモードが現場では広がります。こうなると、いくら教育委員会等が働き方改革、改善などと叫んでも、「ゾンビ状態」のようになるか、テキトウに受け流されて、やったふりをされて、おしまい、となるわけです。
わたしは、教育委員会が悪いとか、校長や教員の意識が低すぎるとか、だれかだけを悪者にして批判したいのではありません。ここで申し上げたいのは、勤務時間の正確な記録すらない状態で、どんどん問題は悪化していく一方ですよね、泥沼ですよ、ということを共通認識にしたいのです。
しかも、残業が見えない、ブラックボックスになっているわけですから、先生たちの健康状態が悪くなっていても、だれも気づかなくなりつつあります。もともとコロナ前からも大問題でしたが、コロナ後、教職員の過労死や精神疾患等が増えないか、わたしはずっと心配しています(関連記事もたくさん書いています)。また、先生たちが過労で疲れていて、いい授業ができるわけがありません。子どもたちにも影響する大きな問題です。
関連記事:妹尾昌俊:先生が忙しすぎるのは、子どものためにもならない #先生死ぬかも
■教育長がいますぐでも発信するべきこと
では、どうしていけばよいでしょうか。過少申告等が起こる背景(前回の記事を参照)を踏まえて、ここでは4点、提案をしたいと思います。給特法の見直しなど、大きな問題もありますが、ここでは、いますぐからできることに絞ります。
第一に、各教育委員会は、在校等時間の短縮のみを目標値として掲げたり、強く学校現場に求めたりすることは、やめるべきです。わたしは自治体の教育長さんと懇談する機会が度々ありますが、よく申し上げているのは、次のことです。
もちろん、残業がひどい人には産業医にも診てもらったり、校長等に教育委員会は事情を聴きとったりすることは必要だと思います。あまりにも無策な校長には人事評価を下げることも、職員の安全配慮義務をおっている立場が校長ですから、当然のことだと思います。
ですが、外形的に在校等時間が長いとか、残業が長い人が多いということだけで、評価を下げたり、頭ごなしに「指導」しては(本来の意味で「指導」ではないと思いますが)、校長や教職員はウソをつくようになり、逆効果になりかねません。
授業や生徒指導などで、子どもたちに接するときも同じはずです。テストの結果が悪かったとか、何か問題行動が起きた。でも、そのプロセスや背景も踏まえて、必要な「指導」やアドバイスをするのが教育者でしょう。働き方についても、結果とプロセスの両方を見ないと、おかしなことになります。
■虚偽や改ざんがひどい場合は懲戒処分等の対象に
第二に、過少申告や改ざんがひどい例などは、然るべき処分を科すべきです。文科省の指針へのQ&Aにも、次の記述があります。
というのも、在校等時間の記録は公文書扱いになっています。公文書偽造をしてはいけません。日ごろ、子どもたちに「ウソはつくな。ルールを守ろう」と言っているのは、誰でしょうか?
飲酒運転は法が厳罰化され、教職員の場合、懲戒免職となるケースも多いせいか、減っているようです。在校等時間の虚偽等にも教育委員会は毅然とした態度で臨まないと、本気度が伝わりません。
■控除時間も把握し、多い人には個別にケアを
第三に、ほとんどの自治体では、在校等時間は、タイムカードやICカードのデータそのままではありません。国の指針でも定められていますが、基本的には、「タイムカード等で把握した勤務時間-控除時間」が在校等時間となります。控除時間とは、たとえば、業務と関係ないことをしていた時間です。いまの学校は忙しい人が多いので、あまりないかもしれませんが、自己研鑽で資格試験の勉強をしていたとか、自主的なセミナーに参加していた時間などです。
こうした自己研鑽の時間はとても大事で、むしろもっと取ってほしい先生も多いです。関連することを拙著『教師崩壊』(PHP新書)でも分析しています。しかし、自己研鑽タイムまで入れだすと、切りがないですし、教員の場合、境界が非常に曖昧ですから、控除することになっています。たとえば、週末に映画を観に行きました。内容は授業に使えるものかもしれず、広い意味では教材研究と言えなくもありませんが、ふつうの感覚からすれば、それはプライベートな活動であり、業務ではありませんから、控除します。
ですから、タイムカード等による客観的な記録と自己申告による一部の修正を併せた方法が、よく採られている在校等時間の記録方法です。ですが、お気づきになった方も多いかもしれませんが、この控除が恣意的に使われ、80時間を下回らないように調整することなどにつながっています。
校長、それから教育委員会は、極端に控除が多い人とか、実態とかけ離れている可能性が高い人には、個別に確認を入れることが必要だと思います。企業などでは、パソコンの稼働状況などをモニタリングして、過少申告等になっていないかチェックしている例もあります。学校の場合、パソコン仕事ばかりではないので(典型的には部活動指導)、パソコンの状況確認だけでは不十分ですが。
■Why タイムカード?の理解は浸透しているか
ただし、イタチごっこのようですが、こういう確認が入りかねないことが知られると、わざとタイムカード等を早めに押したり、休日は打刻しない人が増えます。実際、そういう例はたくさんあると、先生方から聞いています。
そこで、なにより根本的なこととして重要なのは、なぜ正確な記録を残す必要があるのか、という点について、教育行政の内部も、あるは学校のなかでも、よくよく共有していくことです。Why タイムカード?ということについて、納得感が高いかどうかが勝負です。詳しくは下記の記事と前回の記事に書いているので、ここでは繰り返しません。
参考:学校の働き方改革「以前」の問題―残業の「見えない化」と「Why タイムカード?」
以上4点は、たいして追加的な予算も、人手もかからずに、着手できることです。ぜひ、すぐにでも進めてみてはいかがでしょうか。もっとも、正確な記録は、働き方を見直す、第一歩に過ぎません。それに、在校等時間を把握するだけでは、何に忙しいのか、要因、多忙の内訳はわかりませんので、不十分です。ダイエットでたとえると、体重計にのるだけでは、ダメですよね?
とはいえ、この一歩がちゃんとしてない状態、体重計がくるっている状態では、どうしようもありません。こうした事実を関係者に重く受け止めてほしいと思い、この記事を書きました。
(参考文献)
中原淳・ パーソル総合研究所 『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? 』
妹尾昌俊『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』
妹尾昌俊『先生がつぶれる学校、先生がいきる学校―働き方改革とモチベーション・マネジメント』
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