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新任教諭が教室で自殺:なにがあったのか、繰り返さないため、なにができるのか

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
画像はイメージ(ChatGPTで作成)

福岡県春日市立小学校で新任教諭(24歳)が採用から約半年後の9月、教室で首をつっている状態で発見され、その翌日、亡くなっていたことが分かった(NHKニュース6月7日)。起きたのは2019年のことで、5年前になる。なぜ、いまごろになって判明したのか。遺族が近く市教育委員会などを相手に訴訟を起こす予定であることがひとつだが、訴訟にまで至る背景に注目する必要がある。この5年のあいだ、ずっと教育委員会からも校長からも謝罪はないし、1年目の教員をそこまで追い詰めた原因はなんだったのか、再発防止のために、教育委員会や学校はなにをしようとしているのかなどが、分からないままだからだ。

遺族の母親は「事実を認めて謝罪してほしい。こんな思いをする人は最後にしてほしい」と述べている(前掲NHK)。

しかも、NHKが取材し報じるまで、こうした事態が起きたことすら、明らかにはされなかった。学校、教育委員会としては静かにしておいてほしい、ということかもしれないし、過去の事案のなかには遺族がそう望むケースもある。また、児童への影響も十分配慮する必要はある。

だが、「このたびはお気の毒なことでした」で済ませて、ひとりの教員が亡くなっても、教訓や反省点をなにも明らかにしようとしない、教育行政や教育関係者の「事なかれ主義」とも言える姿勢を、わたしは感じる。

■何が起きたのか

この先生(A教諭と呼ぶ、男性)は、自身が小学校3年生のときの担任の先生との出会いがきっかけで、小学校の先生になりたくて、教職に進んだ。二度目のチャレンジで2019年に採用された。

あこがれの仕事。だが、6月の運動会の前には憔悴した様子だった。運動会で披露するダンスの練習を深夜まで行ったり、「とりあえず運動会を乗り切る」と家族には言っていた。時間外勤務時間(≒残業時間)は、5月中旬~6月中旬まで148時間、6月中旬~7月中旬まで129時間と、過労死ラインとされる月80時間を大きく超えていた

写真:アフロ

先輩教員から度々叱責を受けていたことも分かっている。新任教諭には指導者役の教員がつくので、おそらくその指導教員からの行き過ぎた指導がA先生を追い詰めたのではないか。教室で首をつるというのは、よほど精神的にまいっていたためだ。児童間のトラブルや保護者からのクレームにも悩んでいた

NHKの報道のみからは、これらが自死の直接的な原因であると断定はできないが、そうとう影響したこと、校長等からのサポートも少なかったと考えられる。公務災害(民間でいう労災)認定されている。

遺書には「人のためにと思ってついた職業。あこがれた仕事。子どもにめいわくをかけてしまう。大好きな子どもなのに。さようなら。」と書かれていた。

■1年目の若すぎる死、酷似する現実

今回の報に接したとき、「また起きてしまった」と思った。非常に似た事案が過去に何件も起きていたからだ。その一部を紹介する(詳細は参考文献を参照)。

2006年6月、新宿区立小学校の新任女性教師(23歳、B教諭)が自殺した。2年生の担任として着任してわずか2かヵ月後のことだった。

B教諭は午前1時過ぎまで授業準備でパソコンに向かい、そのままソファで眠る日が続くほど多忙を極めていた。ある保護者から「子どものけんかで授業がつぶれているのが心配」「結婚も子育ても未経験」などの指摘を受けたり、校長から「親が『あの先生は信頼できない』と言っている」と伝えられたりしたことも重なり、「強度の精神的ストレスが重複または重積する状態」にあった。そのことで自殺に至ったとして、2010年公務災害と認められた。

公務災害を認めた裁決では、学年が1クラスで、相談できる同僚がいなかったことや、担任6人のうち4人が異動で替わったばかりで相談しづらい状況だったことをあげ、支援が「不十分」だったと指摘している。

同じ年、東京都西東京市立小学校に勤務していた新任教諭(25歳、C教諭)が、採用されて半年後の10月に自殺を図っている(意識を取り戻さないままその2ヵ月後に死亡)。

C教諭は2年生の学級担任で、4月当初から自宅で夜中2時、3時まで初任者研修レポートや学級通信の作成、採点、教材作成などにあたることもあった。5月には、児童対応と保護者からの強いクレームが続き、相当強い精神的な負担を感じていた。

Cさんが母親あてに送ったメールには「仕事、毎日睡眠削っても全然追いつかないぐらいで」(6月)、「睡眠時間三時間くらいの仕事漬けの毎日でストレス感じて」(7月)などと綴られていた。

6月頃、Cさんは同僚に次のように話していた。「学級内のトラブルを校長に相談すると、まず『あなたが悪い』と怒られるし、言えずにいると後になって『何で言わなかったのよ』と怒られるし、どちらにしても怒られる」。

C教諭は、8月末までは病気休暇を取り9月1日から復帰したが、その後も保護者対応に苦しみ、保護者からは深夜や休日にも、携帯に電話がかかってきた。

10月、校長は無理せず病気休暇を取得するよう勧めたが、Cさんは勤続を希望。以前の初任者研修で、「病休・欠勤は給料泥棒」「いつでもクビにできる」という言葉もあったことがほかの初任者の証言等からもわかり、Cさんは相当悩んでいたと推測される。

数日後、Cさんは病気休暇を取ることにしたが、その月に自殺を図った。

■背景になにがあるのか

今回紹介した3人の新任教諭の自死には、共通点がある。

  • 1年目なのに学級担任などの重責を負わされ、周囲の同僚のサポートは少なかった。
  • 保護者の理不尽な要求、もしくは支援が必要な子へのケアや児童間のトラブルで悩み、苦しんでいた。
  • 校長や指導者役が、新任教諭を守るどころか、むしろ傷つけ、精神的に追い込んでしまう側面もあった。
  • 授業準備に加えて、初任者研修の準備、指導案の作成、事務、学級運営など、さまざまな業務が重くのしかかった結果、長時間労働が続き、睡眠時間や休息を犠牲にした。その結果、心と体を壊すほどになってしまった。

自死にまで至るケースより手前、精神疾患で苦しんだり、仕事が続けられなくなって離職したりするケースは多い。次の図のとおり、精神疾患で1カ月以上休んでいる公立学校教員は全国で1万2千人を超えており、なかでも、20代、30代が急増している。

※在職者に占める精神疾患による長期療養者の比率は、20代で0.91%(16年度)⇒2.02 %(22年度)、30代で0.92%⇒1.52%(22年度)。

☆6/11追記 表の一部に記載ミスがあったため、差し替え。

■二度と繰り返さないため、なにが必要か

冒頭で述べた福岡の事案では、一番の責任は、校長と指導教員、ならびに春日市教委にあると言えると思うが、福岡県教委や文科省も責任の一端があると思う。

というのも、こうした過労死や重い精神疾患の事案を、国も県も市も、だれも、きちんと詳細調査しておらず、反省点を教職員や行政職員に共有しておらず、再発防止策も曖昧なまま、講じられているとは思えないからだ。行政の不作為、怠慢である。

とても悲しいことだが、児童生徒がいじめなどによって自死することも、毎年のように起きている。そうした場合、まだまだ内容やスピードで十分ではない点も多々あるとはいえ、背景や原因について調査が入ったり、第三者委員会で一定の検証がなされたりする。その上で、学校側ないし教育委員会側が適切な対応を取らなかったと認められる場合には、然るべき処分が関係者に下される。

ところが、教職員が過労死等(本件のような自死や重い精神疾患を含む)により亡くなったり、重大な障害を負う事態になったりしても、裁判で争われた場合など一部の例外を除いて、その背景や要因が調査されることはほとんどないし、検証されることもない。教育委員会から学校へ多少の聞き取りなどはあるだろうが、調査報告書が出されることは非常に稀だ。そして、責任の所在は曖昧なまま、校長や教育長は任期を終えていく。

■失敗から学んでいるか?

過労死等と疑われる事案が発生した場合、業務との関連性があるかどうか不明確な場合であっても(つまり、労災・公務災害かどうか分からない場合であっても)、服務監督を担う教育委員会(本件では春日市教委)は、速やかな実態把握調査をして国等に報告すること、公務災害の手続きへ協力すること、再発防止策の立案と公表を行うことを、文科省は自治体に義務付けることが必要ではないか。文科省は教委への通知などで注意喚起しているが、生ぬるい。

航空業界を見てほしい。事故が起きたら、調査委員会等が立ち上がり、徹底的に調査し、その結果を会社を超えて共有する。事故になるほどではないアクシデントや小さなミスも報告し、共有する(マシュー・サイド『失敗の科学』ディスカヴァー・トゥエンティワンという名著に詳しい)。ミスをとがめるのではなく、報告しないことを罰する。航空各社は、失敗から学ぶ組織だからこそ、事故が少なくなるのだ。

写真:イメージマート

これに対して、学校教育、教育行政はお粗末だ。子どもたちに「うまくいかなかったことからも学びがある」などと言っている大人が、学ぼうとしていない。一部のマスコミの過熱報道や保護者等からのクレームに、学校と行政が苦しんできた経緯があるのは理解しているが、「あまり騒がないでほしい、おおごとにしないでほしい」と問題に蓋をする姿勢では、悲劇は繰り返される

家族等の同意が得られる場合は、校長研修、教職員研修等で、起きた事案から学ぶ機会を設けたほうがよい。推測を含むが、おそらく本件の場合も、ほかの事案と似ていて、校長や教頭は新任教諭の業務の負荷や大変さ、トラブル対応などで困っていることを把握しながらも、踏み込んだ手は打たなかった(「放任型リーダーシップ」と呼ばれる)。

校長、教頭だけのせいにするものではないが、管理者としての責任は重大だ。

  • 難しいトラブル対応を採用されて数カ月の新人に任せすぎていたのではないか。
  • 指導教員の威圧的な態度や問題を含む指導を把握していたなら、何か介入できたのではないか。
  • 時間外勤務の多さを把握していたなら、もしくは疲れた様子などを見ていたなら、一部の校務を減らしたり、休みを取らせたりするなどできたのではないか。

など、検討すべきことは多い。今後裁判でも争点となろう。

学校は授業に関する研究や研修ばかりやっていないで、公務災害の実例や組織運営の失敗の研究をしたほうがよい、と思う。

■学校のソトにも安心して相談できる体制を

本件(春日市)や類似事案、またこれだけ精神疾患の若手教員が急増していることを踏まえると、これまでの延長線上の対策では、甚だ不十分ということだと思う。しかも、その後、ここ5年で事態は悪化している。

  • 教員不足、欠員状態の学校も増えており、新任をサポートする校内体制はさらに弱くなっている。欠員補充がままならないなか、休みづらくなっているので、重症化しやすい。
  • 学習指導要領の近年の改訂のたびに、学習内容は増え、かつ高度化しているが、教員数はそれほど増えていない(国の定める算定式の基本は変わっていない、義務教育標準法)。とりわけ、小学校は、10教科前後、年度が替われば1年生から6年生まで初めての学年を担当することもあるので、毎年、毎日、授業準備だけでも大変。
  • 新型コロナが5類に移行し、学校行事などの負担がコロナ前に戻り、増している。
  • 自治体にもよるが、20代~30代前半と50代が多く、ミドルが少ないといった職員構成の小学校等も増えていて、新任や若手のケアに手が回りにくくなっている。
  • 働き方改革の推進やハラスメント防止の副作用として、新任や若手への丁寧な指導・助言に、校長が踏み込むことを避けるケースもある。

教職員のメンタルケアや過労死等の防止というと、文科省や教育委員会は、「まずは各校での相談体制等をしっかりしてくださいね」という政策、姿勢が多いのだが、学校任せだけでは、つらい状態が続いているのだ。セルフケアとラインケア(職場の上司からのケア)だけに頼るのは、限界がある。

特効薬はないが、わたしは、カウンセラー(臨床心理士等)や保健師(さらにはその先に精神科医ら)とオンライン会議などで気軽に相談できる体制をつくることが大事だと思う。いまでも、各県の教育センター等に行けばカウンセリングは受けられるのだが、遠いし、仕事が忙しいなか時間を作れない、しかも、どんな人か分からない人には相談しにくいのでハードルが高い、といった問題を抱えている。

わたしがもし教育長だったら、カウンセラーや保健師が教職員向けにメンタルヘルスに関する研修を実施し(動画視聴でもよい)、教職員にとって顔の見える関係をつくったうえで、オンラインで職場から相談できます、という体制をつくる。かつ、相談するだけ、話を聞いてもらうだけでは不十分なことも多いので、本人の同意を得られる場合は、教育委員会等にもつないで、対策を促すようにする。第三者委員会がその進ちょくを確認したり、教職員からの申し立てを受け付けたりできるようにする(教委や校長の動きをモニタリングする)。

以上はそれほど多額の予算を必要とするものではない(小規模市町村で難しい場合は、市町村共同設置や県などに委託にすればよい)。むしろ、離職や長引く休職を増やすよりは安上がりの施策である(補充や休職中の給付にも多額なコストがかかる)。

この記事を読んでくれている各地の教育委員会に、やる気はあるだろうか。文科省は通知ばかり出していないで、もっと自治体を動かす制度改革や人的措置をとっていくだろうか。

■子どもと離れる時間を確保する

ほかにも様々な対策を考えていく必要がある。ひとつは、深夜仕事の禁止と勤務間インターバルの導入だ。本件のように、授業準備や行事の準備などで睡眠を犠牲にしている教員は多い。睡眠不足は精神疾患に直結しやすい。

本人が見直すべき点もあるが、自己責任論で片づけるべきではない。それだけ業務量が多く、周囲のサポートは薄く、もともと強かった責任感をさらに強めるようなこと(本件の場合は指導教員からの威圧など)があったことが、深刻な精神疾患、場合によっては自死にまで追い込んでいる。

教員の仕事は「子どものため」という本人の気持ちや周囲からの期待、もしくは指導が、いわば殺し文句となっていて、深夜や早朝まで無理をさせてしまうケースが多い。各地の教育委員会は、働き方改革について、授業準備など「子どもと向き合う時間の確保」のために業務改善等を進める、と言っているが、わたしから見れば、逆だ。半ば強制的でも、「子どもと向き合わない時間」「子どもから離れられる時間」を設けて、体と心を休めることが、健康経営上、先決だ

勤務間インターバルとは、終業から始業まで一定時間(11時間とか13時間)を空けることを義務づけるものだ。学校の場合、夜遅くまでかかったからといって、次の日の朝も児童生徒は登校してきて対応が必要なのだから、インターバルなんて難しい、と述べる教育委員会や校長は多い。

だが、子どもの世話よりも、教職員の健康確保のことに優先度を置くべきではないだろうか。たまに自習になったり、別の人が朝の学活や1時間目を見てもいいではないか。(もちろん、根本策としては国のほうで予算措置して、もっと教員数が増えれば、インターバルを取りやすくなるが。)

ただし、勤務間インターバルも、カタチだけ導入しても、さらに新任教諭らを苦しめることになりかねない。インターバルが義務付けられているので、20時には帰ったことにして、あとは自宅で持ち帰るなんてことが容易に起きる。それだけ、学校教育界隈は、子どものためを優先させ、教職員の健康確保をないがしろにしやすい世界だ。

先生が睡眠も十分とって、元気な状態で子どもたちと接することができる状態こそ、「子どものため」には必要だ。つまり、「子どものため」にも「教職員の健康のため」を重視する必要がある。この事実を、1年目の先生の若すぎる死から、教育委員会も、校長も、文科省も、重く重く捉えてほしい。

(参考)

・妹尾昌俊・工藤祥子『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』教育開発研究所

妹尾昌俊「なぜ、教師の過労死は繰り返されるのか、誰も責任をとらないまま」

妹尾昌俊「公立学校は労務管理できているのか?(1)だれも責任をとらない制度上の欠陥」

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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