子どもにとっても重要、教職員の健康確保をどう進めるか:公立学校は労務管理できているのか?(3)
前回までの記事で、公立学校では、教職員の健康確保や労務管理がなおざりになりやすい制度的な問題があることを解説してきた。企業で、たとえると、こんな感じだ。
フィクションのたとえ話だが、公立学校の教員が置かれている状況は、このAさんに近い。授業の仕方や準備について、校長や先輩から、とやかく言われることは少ないなどの自由さもある反面、やらされ仕事的なものもあるし、ハードワークが続いている。実際に精神疾患により体調を崩す教員は増え続けていて、1か月以上休職している人は1万2千人を超えている(公立の小中高、特別支援学校、2022年度のデータ)。
どこに問題があるのか。公立学校には労務管理や健康確保策が機能しづらい5つの特徴がある(前回までの記事の再掲)。
個々の内容は下記の記事に書いたので、以下では、どうしていけばよいかについて検討したい。
〇公立学校は労務管理できているのか?(1)だれも責任をとらない制度上の欠陥
■もっとも素直に考えると、給特法廃止と労基法の完全適用
こうした問題に対処するために、公立学校教員のみに適用されている特別法である給特法を廃止し、労働基準法を完全適用にしたほうがよい、との見解は、さまざまなところから、提起されてきた。
例:
・NHKニュース、教員や専門家の訴え
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240419/k10014427371000.html
・嶋崎量弁護士による解説「公立教員から労基法を奪う給特法の廃止を!」
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/445f6971b0a28e3b8f13f8f7c332d28fcade6e6c
給特法を廃止し、残業代を出すようにするのは、自然な発想で、ひとつの有力な対策だと思う。現に、国立附属学校や私立学校では給特法は適用されておらず、労基署の指導等もあって、教職員の負担軽減を進めているところもあるから、公立はできない、という言い訳は苦しい。
だが、この策も万能ではなく、功罪(プラス影響とマイナス影響)の両方がある。
難点のひとつは、現在の長時間勤務の実態に応じて残業代を出すとなると、年間、数千億円とも1兆円超とも言われる財政負担が国・自治体にかかる。「それほど先生たちは無償労働してきたのであり、対価を払われるべきだ」というのは正論だが、現実的にはどこにそんな予算があるのだ、という話にはなる。
財源、予算が限られるので、仮に、現行の教職調整額(教員全員に月給の4%)をカットした上に、基本給を抑えて残業代を捻出しようとすると、現状より生活給がそうとう下がる人も出てくる。育児や介護などの制約の大きい人ほど損をしてしまい、モチベーションを下げ、不公平感が高まる可能性がある。
また、教員の仕事のなかには、授業準備や教材研究、児童生徒へのコメントバックなどで、やろうと思えば、際限なくやれてしまうものもある。個々の子どもたちの発達段階や教室の状況に応じて、授業内容もその準備も、評価作業なども異なるので、校長等が細かく指示するのではなく、個々の教員に一定の裁量や判断が委ねられている。
その一方で、事務処理や保護者との面談など、裁量や自由さがあまりない仕事もある。また、ほとんどの小中学校等では、朝から子どもたちのケアや1時間目から授業に出ているので、労働時間を自分でコントロールできるほどの裁量は少ない(遅めの出勤や朝から在宅ワークなどは、夏季休業中等を除いて行いにくい)。
もっとも、「残業代を出すようにしても、それほど弊害は起こらない」とみる意見もある。
「一定の時間でよい仕事ができるように、管理職である校長や教頭が働きかけるなり、業務量の調整を行うなどして、マネジメントしていくべきだ。短い労働時間でもいい仕事をしている人には、人事評価と勤勉手当(賞与)に反映していけば、不公平感はそう起きない」といった主張だ。これも正論なのだが、そううまくいくか、わたしには疑問だ。というのも、現状でも、校長による人事評価には納得感が低いと述べる教職員は少なくない。ただし、これも、企業や国立・私立学校などでは程度の差はあれ、管理職の仕事としてやっていることだから、公立学校だけやれない、というのも、苦しい言い訳ではあるが(国立・私立学校でうまくいっているかをもっと検証する必要はあると思う)。
先ほど、マンガ雑誌の編集者のたとえ話をした。編集者の仕事も、際限なくやり込んでしまえる要素もあるし(取材をしたり、企画を考えたり)、業務なのか自己研鑽なのかの線引きが曖昧なものもある(たとえば本を読むこと)。と同時に、編集も、時間をかければかけるほど、いい仕事になるとは限らない(いい作品ができるとは限らない)、教員にも似た難しさがあると思う。
■文科省と審議会は、残業代を出すことに否定的
どんな労働時間制度、給与制度にも、難点がある。現時点では、中教審(文科省の審議会)は、給特法は維持し(つまり残業代を出す制度にはせずに)、教職調整額をアップする方向だ。もちろん、この案にもさまざまな功罪、副作用がある。
なお、調整額を上げるだけでは、膨大な時間外の仕事の削減にはつながらない、とよく批判されるが、その通りだと思う。別途、学校・教員の仕事量の削減か、効率化か、人手を増やすか、もしくはそれら3つを同時に行っていく必要がある。たとえば、担任の先生に時間外に長々を保護者等のクレーム対応をさせるのは、原則禁止にして、教育委員会が弁護士や心理士の協力を得て、相談にのっていくようにしたほうがよいのではないだろうか。
話を戻すと、中教審では「教員は高度専門職であり、個々の教員の裁量を大切にする現行制度が望ましい」という意見が多い。だが、だからといって、これまで述べてきたような、公立学校教員の健康確保が機能しにくい問題に目をつぶってよいわけではないはずだ。企業でも、公務でも、個々の従業員の工夫や裁量が大事だからといって、放任・放置し、健康確保をないがしろにしては、過労死や精神疾患を増やしてしまう。
教職員が健康で活き活き子どもたちに接することができるのは、子どもたちのケアや授業の質にも直結する問題だ(ただし、病気を抱えながら仕事をすることを否定するものではない)。体調が悪いと、授業準備や授業もよいものにならないし、寝不足ではついイライラしやすくなることがわかっている。教職員の健康確保は、子どもたちの重要な学習基盤でもあるのだ。
■仮に給特法維持であっても、必要かつ重要な健康確保策
わたしは、教員にふさわしい制度のあり方をもっと考えていくべきではないかと思っている。実際、編集者の仕事の場合、裁量労働制を適用している職場もある。
給特法の下での公立学校教員も、事実上、裁量労働に近いような運用にはなってはいるのだが、非常に中途半端で問題が多い。時間外の仕事のほとんどが労働として認められていないし、使用者に課す健康確保策も甘いことは、前述したとおりだ。しかも、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度を適用する企業ほど、高い処遇で報いているわけでもない。一方で、教員の場合、裁量労働制を適用できるほど、柔軟な労働時間設定がしにくいのも事実だが。
仮に給特法を維持する場合であっても、公立学校に健康確保、労務管理をより機能させるためにできることがある。少なくとも以下の4つの施策を講じることを提案したい。
①残業の「見えない化」への対策
持ち帰り仕事も含めて仕事に従事する時間をモニタリングし、それを校長等の労務管理・マネジメント業務として位置付ける。実際、近年の地裁の裁判例では、在校等時間を把握していたことで、校長の安全配慮義務が考慮されている。企業でもパソコンの稼働時間等を人事部がモニタリングして、働き過ぎや深夜残業に警戒する例もある。
②インターバル規制で十分な睡眠時間を確保
残業代という手段で、使用者に行き過ぎた残業をさせないよう規制、キャップをはめるのでないなら、勤務間インターバル制度で、健康確保のための一定の歯止めをかけるようにする。仮に13時間のインターバルを義務付けると、夜8時まで仕事をした(在宅ワーク含む)日の翌日は朝9時以降出勤となる。
「教員の場合、翌朝遅く来るというのは学級活動や授業もあって難しいので、インターバルは導入しにくい」という意見もよく言われる。それはその通りかもしれないが、本来は、健康回復措置のために、教育委員会から臨時の先生が助っ人として派遣されてくるような仕組みを設けるべきだ。航空会社ではスタンバイ(待機)という制度がある。パイロットやキャビンアテンダントが病気等で急遽出勤できないときに、代わりの者が出勤する。
「教育活動の遂行よりも、健康確保を優先させる」という考え方があってよいと、わたしは思う。文科省にも、教育委員会にも、校長にも、そして教職員自身にも。先ほど述べたように、教職員の健康確保がないと、子どもの教育もよくならないのだから。
それに、コロナの休校中で実感した人も多いと思うが、少々自習になっても、自律的に学び続けられる子どもを増やしていく必要がある。
なお、翌朝ではなく、数日間は猶予して、翌週に回復措置をとるなど、柔軟な運用は認めてよいと思う。ただし、夏休みまで持ち越すのは健康確保、睡眠確保上意味が薄いのでNGだ。
③衛生委員会で仕事の範囲や内容のあり方を協議
市区町村立小中学校の場合、現状では、ほとんどが教職員数50人未満なので、法律上、衛生委員会の設置は義務ではない。だが、服務監督権者である市区町村の単位で衛生委員会を設置し、時間外が長い人や健康リスクの高い人への支援やケアについて協議し、対策を講じたほうがよい(併せて各校で衛生委員会を設置してもよい)。
その拡大版衛生委員会において、労働者(教職員)側の代表も参加しつつ、業務の見直し、負担軽減策などを検討することにすれば、労使間の協定ではないとはいえ、それに近いすり合わせ、合意形成、政策立案ができる。
④労基署の管轄にすることも含め検討
現行でも、地方公務員のなかで、公立病院職員や公営企業職員は労基署の管轄である。県費教職員を含め公立学校教職員を労基署管轄にする、というのはひとつの選択肢だと思う(労基署の職員増なども必要だが)。もしくは、別途独立した労働基準監督機関を設置する。
なお、給特法を維持する場合に必要な対策と書いたが、給特法を廃止する場合でも、①~④いずれも必要性は高いと思う。
上記のうち、①と③は比較的すぐにでもできる対策だ。それほど大きな予算も要しない。
②は現行制度でも、公立学校教員の勤務条件は条例で決めることになっているので、条例で対応可能だと思う。ただし、いまのようなギリギリの教職員数では、インターバルを無理やり入れても、遅くに出勤などはしにくいから、国のほうでも教職員定数を確保、増員する対策が必要となる(いまの教員定数では、助っ人派遣できるほどの余裕はない)。大きな予算を伴うが、必要な投資だ。
④は地方公務員制度上の見直し(総務省が主管)、労基署の体制強化(厚労省が主管)、公立学校教員に関わる制度変更(文科省が主管)となって、3省の協力が欠かせないので、時間はかかるかもしれないが、放置できる問題ではない。
※
報道やSNS上では、公立学校教員に残業代を出すほうがよいかどうかという1点のみで論じられていることが多いように見える。もちろん、その問題も重要だし、関連はするのだが、先生たちの健康を、誰が、どう守るかという視点と施策が不可欠だ。ご本人やその家族のためにも、児童生徒のためにも。
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