なぜ日本の週休3日制は「減給」または「1日の労働時間増」が前提なのか
前回の記事では、イギリスで2022年6月から12月にかけて行われた大規模な週休3日制の実験の内容と、その結果を詳しくお伝えしました。
本記事では、世界における週休3日制の拡がりを概観し、日本の週休3日制の特殊性とその理由について考察します。
週休3日は世界で拡大の見込み
イギリスでの実験を手掛けた非営利団体4 Day Week Globalは、これまでに欧米の各地で同様の実験を実施し、今後は南アフリカやブラジルなどでも予定しています。
また、イギリスでの実験の報告書(The results are in: the UK's four-day week pilot)では、週休3日制は実験の段階から本格導入の段階へとシフトする時期が来ているという主張がなされています。
実際、2015年から2019年にかけて週休3日制を試験導入したアイスランドでは、すでに労働人口の9割近くが勤務時間の短縮やワークスタイルの調整を行っています。ニュージーランド、オーストラリア、スコットランド、アメリカなど、週休3日制が議会で議論されたり政府主導の実験を計画したりする国も増えています。
週休3日制を「一部の変わった取り組み」と見なすのではなく、今後のスタンダードとして検討したり実際に導入する動きが、欧米を中心に急激に拡大しているのです。
意外と早かった日本での取り組み
日本では、2015年にユニクロを運営するファーストリテイリングが、2017年にはヤフーが、一部の正社員を対象とした週休3日制を導入するなど、意外と早い時期から実践事例があります(参考記事:週休3日制は定着するか?週休2日の歴史から考える)。しかし、追随する企業はそれほど増えませんでした。
週休3日制が次に話題になったのは、2019年にマイクロソフトが8月の金曜日を全社員共通の特別休暇とし、期間限定の週休3日に挑戦したときでした。同社は、前年同月と比べて労働生産性が39.9%向上したなど様々なデータを公表し、週休3日制の可能性を示しました。
翌年は新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、週休3日制への注目が集まりました。経団連は「新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」(2020年5月版)において、通勤頻度を減らす方法のひとつに週休3日制を挙げました(参考記事:経団連「コロナ対策で週休3日の検討を」 給料や働き方にどう影響?)。
さらに2021年春には、自民党の一億総活躍推進本部が「選択的週休3日制」を提言。6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太の方針)にも、多様な働き方の実現に向けて選択的週休3日制の普及を図ることが盛り込まれました。
また、今年3月27日には人事院の研究会が国家公務員に対する週休3日制の導入を提言し、ニュースになりました。
日本と欧米の「週休3日」が異なる理由
このように働き方の選択肢のひとつになっていきそうな週休3日制ですが、世界と日本ではその中身が異なることに注意が必要です。
どういうことかというと、世界で検討されているものの多くが「労働時間を減らし、給料を維持する週休3日制」であるのに対し、日本においては「労働時間が減る分、給与も減らす」、または「労働日が減る分、他の日の労働時間を増やす」というものが標準形として広がっているのです。
この違いはなぜ生まれるのか。ここからは筆者の私見になりますが、要因のひとつは正社員と非正規社員の格差、あるいは「同一労働同一賃金」の実現度の違いにありそうです。
日本でも欧米でも、すでに週休3日の労働者はたくさんいて、そういう人たちはパートタイマーと呼ばれます。では、パートタイマーと週休3日制の従業員との違いはどこにあるのでしょうか?
日本の場合、それは「身分」です。週休3日制は正社員という「身分」でありながら週休日を増やせる特別な制度として注目されているのです。
これまでは、何らかの理由でフルタイムで働けない人は、福利厚生や昇進の機会、そして何よりも給与と雇用の安定性の面で正社員に劣る非正規社員という「身分」を選ばざるを得ませんでした。
しかし週休3日制を導入した会社であれば、勤務日が少なくても正社員として扱われます。週休2日の正社員と比べて給与が少なくても、あるいは1日あたりの労働時間が長くても、非正規社員と比べて圧倒的に良い待遇を得られることになるのです。
一方、欧米の多くの国ではフルタイム従業員とパートタイム従業員の格差が日本ほど大きくありません。両者が同じ価値の仕事をしていれば同じだけの賃金を支払うという「同一(価値)労働同一賃金」の考え方が浸透しています。
例えばEU指令(EU加盟国の法律に当たるルール)では、同じ職場で同一または類似の仕事につくパートタイム労働者や有期雇用者が、フルタイム労働者や無期雇用者と比べて不利な扱いを受けないことが定められています。具体的には、基本給は時給換算で同等の額が、有給休暇は契約期間に比例する日数が与えられる、といった形になります。
このように「同一労働同一賃金」が当たり前の世界では、日本型の週休3日制は特に目新しいものではありません。欧米型の週休3日制は、労働時間が減るにもかかわらずフルタイム分の給与が維持されることが新しいのです。
こう考えると、日本型の週休3日制と欧米型のそれは、まったく異なる目標を持つものだと考えられます。
「日本型の週休3日制」によって期待されるのは、パートタイマーとフルタイム正社員の格差解消や「同一労働同一賃金」の実現です。
一方で「欧米型の週休3日制」は、実質的な賃上げとそれを可能にするための生産性向上を目指す取り組みです。また、待遇を変えずに余暇を増やすことで、よりゆとりのあるライフスタイルを確立しようという挑戦だとも言えます。
日本でも「給料維持、労働時間減」の週休3日が望まれているが……
単純に「日本型の週休3日」と「欧米型の週休3日」を比べれば、「欧米型」の方が良いというのが一般的な感覚だと思います。
2022年2月にマイナビが発表した調査結果を見ても、収入が変わらず1日の労働時間も増えない場合、8割近くが週休3日制を「利用したい」「どちらかといえば利用したい」と回答しています。一方で、収入が減ったり1日の労働時間が増えても週休3日制を利用したいという人は半数に届きません。
しかし、この調査は正社員を対象としたものであることに注意が必要です。
たとえ正社員と同じ仕事をしていてもパートタイム従業員の待遇が低いことが一般的な日本の状況を考えると、まずは「日本型の週休3日制」が広がっていくことにも意味があるでしょう。
実際、医療・介護業界やIT業界など、人手を欲している業界において日本型の週休3日制を導入する企業や団体が増えつつあります。これまで、非正規社員として働かざるを得なかった人たちが、より安定的に、将来のキャリアも見据えて働くチャンスが増えるのは良いことです。
また、イギリスで行われた実験のレポートでは、医療や福祉などのいわゆる「感情労働」に従事する人たちにとって、仕事から離れる時間を増やすことの重要性が強調されていました。エッセンシャルワークと呼ばれるような、社会的に重要でかつストレスの大きい仕事を長く続けてもらうためにも、週休3日制を検討する価値がありそうです。
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