英国「週休3日制」大規模実験はどのように行われ、なぜ成功したのか
昨年、イギリスで6ヶ月間にわたる大規模な「週休3日制」(欧米では週4日勤務を意味する”4 Day Week”と呼ばれる)の実験が行われ、とても肯定的な結果が出たことが話題になりました。
参加した企業・団体の92%が実験終了後も週休3日制を続けていることや、会社にも従業員にも良い影響があったことなどが報じられています。しかし、どのような実験内容だったか、結果はきちんと分析されたものなのか、日本企業にとっても参考になるものなのか……といったことは、あまり語られていません。
本記事では、公開されている報告書(※)を元に詳細をお伝えし、世界と日本における週休3日制の可能性を検討します。
※The results are in: the UK's four-day week pilot
参加条件は「給与の維持」と「労働時間短縮」
実験は2022年6月から12月にかけて行われました。実施したのは調査会社Autonomy、週休3日制を推進する非営利団体4 Day Week GlobalとThe UK’s 4 Day Week Campaign、ボストンカレッジとケンブリッジ大学の研究者らで、実験結果の分析レポートの執筆には他の大学の研究者も加わっています。
参加したのは様々な業種および規模の61の企業とNPOで、対象者は約2,900人に上ります。
参加企業・団体に参加の条件として課されたのは、「給与を減らさない(100%維持する)」「従業員にとって十分に意味のある労働時間短縮」の2点でした。
日本では「労働時間が減る分、給与も減らす」「労働日が減る分、他の日の労働時間を増やす」といった形で週休3日を導入するケースが多いのですが、欧米では「労働時間を減らすが、給与は維持」というパターンが、より注目されているのです。
この2つの条件を守れば、週休3日制の細かい運用方法は各企業・団体に任されました。これは、参加企業・団体の業界や規模が様々で、一律のやり方を適用するのは難しいという理由が大きいと思われます。加えて、ただ言われたとおりに働き方を変えるのではなく、自分たちでやり方を考えて試行するプロセス自体に大きな意味があったようです(この点については最後に解説します)。
実際、週休3日制の実施方法には様々なタイプがみられました。これは、日本の企業が週休3日制の導入を検討する際の参考にもなるでしょう。
「週休3日制」の運用方法は様々
まず、週末以外の休みをどのように設定するか? レポートによれば、大きく分けて4つのパターンが見られました。
●非営業日を増やす
非営業日とする曜日を決め、全員で休む。
事例:あるゲーム制作会社は、協働のためにはみんなが一緒に出勤していることが重要だと考え、投票で金曜日を休みにした。
●交替で休む
従業員によって休む曜日を変え、組織としては週5の営業日を維持する。
事例:あるデジタルマーケティングの会社では、知識とスキルが同程度のスタッフがペアになり、ひとりが休みの日はもうひとりが仕事をカバーする「バディ・システム」を採用した。
●部署により方法が異なる
社内で複数の方法を混在させる(部署によって上の2つの方法から選んだり、5日間出勤する代わりに1日の労働時間を減らすなど)。
事例:ある住宅関連の組合は、部署によって専門性と業務の内容が大きく異なるため、部署ごとに適する休み方を選択した。
●年単位で計画
週あたりの労働時間が平均32時間(8時間×4日)になるよう、年単位で計画する。
事例:季節変動の大きいあるレストランでは、開店時間を夏は長く、冬は短くし、年間の労働時間が週休3日相当になるようにした。
●条件付きの週休3日
従業員個人または部署単位で、一定の業績を上げることを条件に週休3日を適用。
事例:ある企業では、各部署に対し、いくつかの決められたKPIを達成すれば週休3日制を続けられるという条件への合意を求めた。これにより、実験期間中に週休3日制を実施できた部署とできなかった部署が存在することになった。
何曜日に休んだのか?
一律に金曜日を休みとした会社が14社(32%)、人によって月曜か金曜を休みとした会社と、固定の曜日を決めなかった会社がそれぞれ11社(25%)ありました。ごく少数の会社は、フルタイム勤務の日と半日勤務の日を組み合わせたり、週によって休みの曜日を変えたり、水曜日または金曜日を休みにしました。
週休3日制の対象者は?
回答のあった44社中32社は、全員を週休3日制の対象としました。残り12社では、一部(通常はパートタイマー)の従業員はそれまでどおりの働き方をしました。
なお、実験を行うにあたって、パートタイマーの扱いには以下のようなパターンがありました。
・労働時間を短縮(フルタイム従業員の労働時間短縮の割合に合わせる)
・労働時間は変えず、給与を増額(フルタイム従業員の実質的な給与増額割合に合わせる)
・パートタイマー自身が、上記2つの方法のどちらかを選択
・有給休暇を少し増やす
・実験の対象外とする
あるNPOが実施した画期的な方法として、パートタイマーに月単位で追加の休日を与える、という方法も紹介されています。当初は労働時間の短縮という形でパートタイマーに対応していたものの、完全にオフの日を追加で与えられないのは不公平だとの考えのもと、週ではなく月単位で調整しよう、ということになったそうです。
休日出勤の対応、有給休暇や祝日の扱いは?
どんな仕事でも、トラブルが発生したり急に業務量が増えたりすれば、休日出勤を余儀なくされることがあります。週休3日制の実験中、休みのはずだった曜日に働いた場合を休日出勤扱いにするのかは、会社によって対応が分かれました。
週休3日制を厳格に実行しようとする会社では、3日目の週休日に仕事をしたら休日出勤として扱いました。そのために労働契約の内容を変更した会社もあったそうです。
そこまで厳格な運用を目指さない会社では、不測の事態が発生した場合は、3日目の週休日であっても仕事をしてもらうことがあり得ると、公式または非公式に従業員に伝えていました。実際、ある小規模な製造業の会社では停電で製造がストップした際、その穴埋めのためにその週の週休3日制を中止しました。インタビューを受けた従業員は全員、会社側のこの決定に納得していたとのことです。
少数ではあるものの、3日目の週休日に予告なく仕事に呼び出されたり、急な週休日の変更があった会社もあったようです。上述した「条件付きの週休3日」を適用していた会社もこのタイプであることがあり、従業員は、増えた休日に何をするか、予め予定が立てづらかったようです。
なお、週休3日制と有給休暇、祝日との兼ね合いをどうするかも、会社によって対応が分かれました。
有給については、これまでの日数を維持した上で週休3日制を試行した会社もあれば、週休3日で増えた休日の分、使える有給日を減らした会社もありました。
祝日についても、祝日とは別に週休日を3日にした会社もあれば、祝日がある週はそれを3日目の週休日にカウントした会社もありました。
企業にとっての週休3日制
ここからは、実験で得られたデータの分析結果を紹介します。
●満足度は高く、9割が週休3日制を継続
まず、参加企業・団体の経営者は、週休3日制をどう評価しているのでしょうか。
週休3日制にトライしてみての全体的な満足度は、10点満点中、平均8.3でした。また、この実験による会社の収益性への影響度は平均7.5、生産性への影響度も平均7.5で、多くの会社はビジネス上のパフォーマンスや生産性が維持されたことに満足していたようです。
その結果、冒頭でも触れたとおり92%(61社中56社)が実験終了後も週休3日制を継続中で、内18社は、これを永続的に続けるつもりだとしています。なお、実験終了後に週休3日制を止めたのは3社のみで、残りの2社はスケジュールの都合でまだ実験を継続中でした。
●給与は維持で労働時間を短縮しても、業績は落ちず
週休3日制の効果は、業績などの数字の上でも確認されました。
各参加企業・団体から収集されたデータを元に、実験が行われた6ヶ月の間の変化と、前年の同じ期間または比較可能な期間(以下、合わせて”対照期間“とします)と比較しての変化が分析されました(企業・団体によって収集可能な指標が異なるため、各指標ごとに分析対象の企業数が異なります)。
まず収益について、実験の開始時と終了時ではほとんど変化がありませんでした(十分なデータが得られた23社の数値を比較した結果、実験の開始時と比べて終了時は平均1.4%の上昇)。また、実験期間中と対照期間の収益の比較では、24社の平均で34.5%の上昇が見られました(どちらも、企業規模に応じて重み付けをした上で比較がなされています)。
レポートでは特に見解は述べられていませんが、給料を維持しつつ働く時間を減らしても、業績が落ちることはなかったとみて良さそうです。
●「大量離職」現象のさなかでも離職者は増えず
従業員数はほぼ変化がなく、退職者は比較対象となる過去の期間に100人中2人だったものが、実験中は100人中0.8人へと減少しています。また、新規採用数の減少、欠勤の減少も見られました。
ちょうどこの実験の時期に、欧米では「大量離職(Great Resignation)」と呼ばれる、自分の意志で仕事を辞める人が記録的に増加する現象が起きていました。そのさなかに、週休3日制は退職者の増加を抑える効果があったのではないかと見られています。
ただし、退職者数、新規採用数、欠勤のデータに関してはデータが少ないことや、労働市場の変化の大きさから、統計的に有意な傾向とはいえないと結論付けられています。
従業員にとっての週休3日制
次に、週休3日制の従業員への影響を見てみましょう。
●満足度は高く、96%が週5勤務より週4勤務を希望
企業の経営者と同様、従業員にとっても、週休3日制は満足度の高い働き方だったようです。参加者の満足度は、10点満点中の平均9.04でした。90%が「週休3日制をとても続けたい」、6%「どちらかというと続けたい」、1%は「どちらでもよい」、0.43%が「どちらかというと続けたくない」と回答し、「絶対に続けたくない」という回答者はいませんでした。
また、週4日勤務と週5日勤務のどちらが良いかという問いに対しては、96%が週4日勤務を選択しました。
この「週4日勤務」を希望する人達は、週休3日制の経済的価値についての質問にも回答しています。
「もし次の仕事で週5日制に戻る場合、どのくらいの収入アップを期待する?」という質問に対し、15%の人は「いくらもらったとしても週5日制を受け入れることはできない」と回答しました。そして、46%が「0〜25%」、29%が「26〜50%」、8%が「50%以上」の収入増を期待すると回答しています。
●参加者の7割の労働時間が減ったが、週4日には収まらない人も
週休3日制が従業員の仕事や生活にどのような変化をもたらしたかは、実験の開始時と終了時のアンケート結果をもとに分析されています。
週あたりの労働時間は、平均38時間から34時間へと減少しました。平均4時間の減少にとどまったのは、8時間分の労働時間短縮を行わなかった会社もあったことや、休日も働いた人がいたことが理由のようです。
労働日に注目すると、週当たり平均4.86日から4.52日に減少しています。やはり仕事が週4日に収まらないケースがあったとみられます。
労働時間が減ったかどうか?という質問に対しては、71%が減ったと回答しています。多くの場合、給与を維持したまま労働時間を削減することに成功したと見て良いでしょう。
また、34%の人の残業の頻度が減ったのも、ポジティブな変化と言えます。
●仕事のストレスが減り、満足度がアップ
仕事のストレスについて、「全くない」から「常にある」までの5段階で、実験スタート時は平均3.07だったものが実験終了時には2.74へと改善されました。また、回答者の39%が「ストレスが減った」、13%が「増えた」、48%が「変化なし」と答えています。
レポートでは、バーンアウトのレベルが5段階評価で平均2.8から2.34に改善し、回答者の71%でバーンアウトが減少したと報告されています。
日本で「バーンアウト(燃え尽き症候群)」というと、スポーツや勉強を頑張りすぎて気力がなくなってしまう状態を指すことが多いです。
しかし研究者の間では、熱心に仕事に取り組んでいた人が、心身のエネルギーを消耗し、仕事への興味関心や自信を低下させた状態を表す言葉として使われてきました。バーンアウトと対局の概念が「エンゲージメント」(仕事から活力を得て、やりがいを感じながら熱心に働いている状態)だと言われています。
この実験では、参加者のバーンアウトの状態を測るために、疲労感、消耗感、イライラなど7つの指標について、それらを感じる頻度を質問し、その回答を組み合わせて計算した結果をバーンアウトの指標としています。つまり、仕事に対してとても疲れてしまったり、イライラしたりといったネガティブな感情を持つことが、実験前より実験後に減る傾向が見えたわけです。
これは、週休日が増えたり労働時間が減ったりしたことで、心身の疲労が軽減されたことが大きいのではないかと思います。
また、仕事への満足度が10点満点中7.12から7.69へと上昇しており、48%が実験前より仕事に満足していると回答しています。多くの場合、実験前後で仕事の内容は変わっていないはずですが、バーンアウトの感覚が改善されたことで、仕事に対する態度も前向きに変わった可能性があります。
転職の可能性について、実験前と後では30%減少しているのも、その結果と言えそうです。
●心身の健康状態が良くなり、医療コストを下げる可能性も
メンタルヘルスの状態は、「非常に悪い」から「とても良い」までの5段階で平均2.95から3.32に改善しました。43%がメンタルヘルスの状態が良くなったと回答しており、悪くなったという回答は16%でした。
不安を感じる頻度も減少しており、54%がネガティブな感情が減ったと回答しています。逆に、ポジティブな感情については64%が増加したと回答しています。身体の健康についても、37%が改善、18%が悪化を報告しています。
このようなことから、報告書では週休3日制が医療コストを下げる可能性を示唆しています。
ほかに、疲労を感じる頻度について増加が14%に対して減少が46%、睡眠の困難を感じる頻度も増加が15%に対して減少が40%と、総じて改善しています。
●仕事以外のことをする時間が増え、生活の満足度も向上
労働時間の短縮や休日の増加は、ワークライフバランスにも大きく影響します。
仕事と家庭の両立しやすさは5段階評価で平均2.76から3.58に改善しており、60%の人が両立しやすくなったと回答しました。
同様に、社会生活との両立しやすさについても平均2.9から3.78に改善しました。
さらに、「家事をする元気が残っていない」と感じる頻度が減った人が、回答者の54%にのぼりました。
仕事以外の様々な活動について、「そのための時間が足りない」という感覚も減少しています。特に趣味や子育て・教育について、時間の不足感が大きく軽減されています。
おそらく時間の不足感が減少した結果として、好きなことをする時間の量に対する満足度が上がった人が73%います。具体的には、レジャーの旅行に費やす時間が増えた人が52%いました。
さらに、参加者の生活に対する満足度は10点満点中で平均6.69から7.56に上昇しており、44%の人は家計に対する満足度、45%の人は人間関係に対する満足度が上昇したと回答しています。
なお、男女別に見ると、育児・子育ての時間が増えたという男性は27%で、これは女性(13%)の2倍以上でした。しかし、男女間での家事の負担割合はほとんど変わらなかったようです。
なお、余暇の増加は子育てのコストにも影響しました。21%が子育て費用の減少を報告しています。両親のどちらかが家にいられる時間が増えたことでベビーシッターを頼まなくて良くなった、といった効果があったのだと思われます。
●仕事の能力やペースが向上。そのために苦労した人も?
仕事の質についてはどうでしょうか。「過去最高の時と比べて、今の仕事の能力は?」という問いに対し、参加者の55%が実験前よりも実験後の方が高い点数をつけました。平均点は、実験前が7.06、実験後の7.88でした(10点満点中)。
また、参加者の44%は実験開始前より後の方が、仕事のスケジュールをより細かく管理するようになりました。さらに、62%が仕事のペースが上がったと回答しています。これらも、仕事の能力向上の一端と見られそうです。
仕事量については、78%が「変化なし」と回答しており、20%が増えたと回答しています。労働時間が減っても、時間管理や仕事のペースを上げることで、仕事量を維持していることが伺えます。
一方、労働強度については、36%が「強まった」、31%が「弱まった」、33%が「変化なし」と、回答がバラけています。仕事の複雑さについては、「増加」と「減少」がそれぞれ42%と、これも2極化しています。
これらを総合すると、仕事量は変わらないまま仕事のペースを上げ、仕事の時間を短縮することに成功した人が多いこと、そのためにかなり努力を強いられた人と、割と楽にこなせた人とに分かれたことが見て取れます。
実験成功の要因は前向きな参加と実施プロセスにあり
レポートでは、業績やアンケートなどの量的なデータの分析に加え、経営者や従業員へのインタビューから見えてきたことも紹介されています。ここでは、この実験の成功要因を考える上でのヒントになりそうな内容を取り上げます。
●週休3日制への期待
なぜこの実験に参加したのか、経営者の動機はさまざまです。
いち早く週休3日というトレンドの先頭に立ちたいとか、会社の評判を高めて優秀な人材を採用したい、社員の定着を図りたいという会社もあれば、経営が苦しく給料アップは難しいが週休3日制ならできると判断した会社があったり、コロナ禍で家族の死に直面する従業員の姿を見て、もっと彼らの私生活を大切にしたいと考えた経営者もいました。総じて、「週休3日制にはメリットがありそうだ」という期待感を持って参加していることが伺えます。
トップが前向きであるということは、新しい取り組みを成功させる上で非常に重要です。これは例えば、緊急事態宣言を受けて仕方なく在宅勤務制度を導入した会社の多くが、今では元の働き方に戻っていっていることを考えれば、よく分かるでしょう。
●生産性向上の工夫、協力
従業員のためになれば利益が減っても良い、という考えで実験に参加した会社もごく少数ありました。しかし多くの会社は、労働時間を減らしつつも仕事の成果を維持することを目指しました。
実験に入る前には2ヶ月の準備期間があり、各社はすでに週休3日制を実施している会社の経験を学んだり、コンサルタントの支援を受けたりし、生産性向上策を考えたり、新たな業務プロセスを組み立てたりしました。冒頭に説明したとおり、週休3日制をどう実現するか、細かい方法は指定されておらず、各社がそれぞれに考えて実行したのです。
また、準備段階で同僚同士がアイデアを出し合ったり、実験期間中に協力して仕事を終わらせることで、職場のコミュニケーションが活性化された会社も多かったようです。
つまり、週休3日制に挑戦するということは、単に休日を増やすだけでなく、より良い仕事の仕方を追求する機会になったのです。
このことは、実際の生産性向上という結果のほかに、従業員の仕事のやりがいや、新しいことに挑戦できる職場や同僚への誇り、協力し合うチームへの参加意識など、様々な副産物も生み出したようです。
まとめると、週休3日制の実験を成功に導いた要因としては、この取り組みには意味があるはずだと信じて前向きにチャレンジしたこと、特に仕事の質を維持または向上するための努力をしたことが大きかったのではないかと考えられます。
参考資料:The results are in: the UK's four-day week pilot
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