離職率40%、長時間労働が当たり前の施設がホワイト職場に 介護業界の常識どう変えた?
高齢化が進む日本では、介護業界の人手不足が深刻です。
「介護労働実態調査」(公益財団法人介護労働安定センター)によると、介護サービスを行う事業所における従業員の不足感は年々高まり、平成30年度で67.2%にのぼります。
人手不足の理由は「採用が困難である」が89.1%で最も高く、「離職率が高い」が18.9%で続きます。介護の仕事は3Kのイメージもあって人気がなく、一度働き始めたとしても続けづらいという実態があるのでしょう。
そんななか、「ここで働きたい」という希望者が他府県からも出ている介護施設があります。かつては労働基準監督署の是正勧告を受けるほど常態化していた残業をほぼゼロにし、40%だった離職率を7〜8%へと大きく引き下げたエーデル土山です。
エーデル土山は滋賀県甲賀市で特別養護老人ホームやデイサービスセンターなどを運営する施設で、先日、転職情報サイト「リクナビNEXT」が主催する「第6回 GOOD ACTION アワード」の大賞を受賞しました。
どのような取り組みで介護業界の常識を変えたのか、改革を主導した廣岡隆之施設長のお話を紹介します。
■離職の3大要因をつぶす
廣岡さんが「超働き方改革」に着手したのは、「ブラックな職場を放置しておけない」という危機感からでした。
離職率が40%となると新しい職員をどんどん採用しなければなりませんが、地方でかつ不人気な介護業界では、それがとても難しい。また、廣岡さん自身、妻もフルタイムの仕事を持つ子育て世帯で、これ以上ブラックな働き方を続けていけない……という事情がありました。
そこで廣岡さんは「人材確保対策・労働室」という部署を作り、どうしたら職員が辞めないか、どうしたら求人に応募してもらえるかを徹底的に分析し、対策に乗り出したのです。
特に大きな変化をもたらしたのは、「トリプルゼロ」という施策でした。介護施設のスタッフが離職していく3大要因である「残業」「腰痛」「メンタル不調」をゼロにするために、様々な手を打ったのです。
具体的には、慣例的に行っていた朝礼や会議、研修などを必要なものだけに絞り込む、専門職でなくてもできる間接業務を非専門職スタッフに分担するなどして仕事の量を減らしたほか、役職者も含めて全員が定時で退勤するのが当たり前の雰囲気作り、意識改革などで残業時間をゼロに近づけていきました。
腰痛の防止には、移乗用リフトや電動自動式エアーマットなどの専用器機を導入し、介護される人を人力で抱えない「ノーリフティング」を徹底したほか、スタッフにチタン式腰痛ベルトやネックレスを配布したり、休憩用の酸素カプセルを導入するなどしてケアを行っています。
メンタル不調対策としては、全スタッフに対して定期的に個人面談を実施して仕事やプライベートな悩みを把握し、問題への対応や各自の事情に応じた働き方の調整などを行っています。
スタッフの働きやすさを第一に考える「スタッフファースト」の経営をすれば、結果として利用者へのサービス向上や業績の改善にもつながるという考えで改革を進めた結果、離職率7〜8%、年平均残業時間が0.02時間という現状に至ったのです。
■働きやすくなるはずの改革に現場の職員が反対
「スタッフファースト」の改革であれば現場の職員には大歓迎されそうですが、最初は反対者が多かったそうです。その根底にあったのは、職員自身の仕事観でした。
介護というのは「人対人」の仕事。そこに電動リフトなどの機械を導入するのは非人間的、冷たい……といったイメージがあったようです。また、残業に関しても、「利用者さんとじっくり向き合うためには必要なもの。好きで残業しているんだ」という意識の職員が多かったようです。
このような職員のやる気や善意に頼ったやり方は長続きしない、と考えていた廣岡さん。職員一人一人と面談し、「今の状態はマラソンを全力疾走しているようなもの。このやり方は続かない」と、自身の考えを説明しました。しかし、言葉だけで人の考えを変えるのは難しく、説得は諦めたそうです。
そして、まずはトップダウンでやり方を変えることに。電動リフトを導入し、人力での抱え上げはやめ、必ずリフトを使うように命じたのです。
そうすると、介護する人がラクで腰痛の防止につながるだけでなく、事故の危険が少なくて介護される側にとっても安心である、ということが実感されるようになりました。
また、これまでの仕事を見直してムダを省くことで、利用者の方と向き合う時間は維持したまま、残業を減らすこともできました。「仕事の仕方を変えたら、あるべき介護ができなくなるのでは」という職員の不安は、実際にやってみることで払拭されていったのです。
■人や機械に投資できるのはなぜか
このほか、エーデル土山では様々な業務に対応できる「余剰人員」を常に配置することで、職員が休みやすい体制を実現しています。
機械の導入も余剰人員の配置もコストがかかることですが、廣岡さんは働き方改革によってその原資を生み出すことができると判断して進めたそうです。
介護施設の収入の要は国が定める介護報酬で、その内容は利用者の要介護度が高いほど高額になります。つまり、重度の利用者を多く受け入れれば収入は増えるのです。しかし、それはケアを行う職員の負担増につながり、何の対策も打たなければ離職が増えてしまうでしょう。エーデル土山では先に働き方改革を実行して職員の心身に余裕ができたことで、要介護度の高い利用者を多く受け入れつつも安定した体制をとれるようになり、収益構造を改善することができたのでしょう。
■介護の仕事が好きだから、反対されても改革を推し進めた
事業が改善できるという確信はあっても、周囲の反対に屈せずに改革を推し進めるのは大変だったでしょう。それができたのはなぜかと廣岡さんに問うたところ、「この仕事が好きだから」という答えが返ってきました。
廣岡さんはもともと別の業界で働いていましたが、あるとき身体を壊してその職を離れた後、「人の役に立つ仕事をしたい」と介護の世界に入ったそうです。最初に勤めた老人ホームもその後に転職したエーデル土山も、どちらも「ブラックな労働環境だった」と振り返る廣岡さん。それでも辞めなかったのは、介護の仕事で感じられる意義や喜びが大きいからなのでしょう。
しかし廣岡さんは、「だからこそ改革が進まないのだ」という問題意識を持っています。「好きでやっている人が多いから、その気持に甘えて改革が進んでいないところが多い」と。
いくら好きな仕事でも続けることを困難にしてしまうのが、残業や腰痛、メンタル不調の多さです。これらを「そういう仕事だから仕方ない」と諦めずにゼロに近づけていくということは、介護の仕事が好きで続けていきたい人たちにとっても、介護を受ける人とその家族にとっても、非常に大きな意味があると感じます。
今回の「GOOD ACTIONアワード」の受賞企業には、他にも専門技能や経験に加えて体力や精神力も必要とされる人たちの育成や働きやすさを向上する取り組みが目立ちました。
例えば建設業界の塗装や左官などの世界では、技術は「見て覚える」「盗むもの」「10年で一人前になる」といった考え方が当たり前でした。しかし、新しい育成プログラムや動画教材などで早く技術を習得できるしくみを作り、若手の定着率を向上させる、といった試みが行われています。最初はベテランの職人の反対の声が大きかったといいますが、これらの改革を実行したのもやはり、「この仕事が好き」「辞めていく人を少なくしたい」といった思いを持っている人たちでした。
仕事や職場、そこで働く人たちへの思いと、常識を疑い新しいことをやってみるチャレンジ精神が、真の働き方改革の実現には欠かせません。世の中で「働き方改革」が叫ばれるようになってすでに数年が経ちました。「やっているのに効果が出ない」という会社は、これらの要素が欠けていないかどうか、自社の姿勢を再確認するべきときがきているのではないでしょうか。