休めない日本、休めるデンマーク。先生の働き方はなぜ違う?
8月29日、中央教育審議会は「学校における働き方改革に係る緊急提言」を出した。「学校にタイムカード導入を」という部分を強調する報道が多かったが、重要なのは、他の職業と比較しても過酷な長時間労働が教職員の健康面においても教育の質の面においても大きな問題であるという認識のもと、「学校運営」と「教育」という仕事のあり方を見直すための取り組みを促したという点だろう。
学校の働き方改革は周回遅れ
政府は「働き方改革」に続いて「休み方改革」を推進している。以前に解説した「キッズウィーク」も、有給休暇の取得推進策のひとつだ。
民間でも、有給消化の促進策を導入する企業が出てきている。日本経済新聞の7月10日付けの記事、「『休み方改革』職場一斉 人材確保へ有給促す」では、セブン&アイ・ホールディングス、住友林業、アートコーポレーション、JALの取り組みが紹介されている。タイトルの通り、より働きやすい職場にして働き手の獲得を狙うなど、経営戦略として取り組むケースが多いようだ。
長時間労働の削減やテレワークの導入など、仕事の効率アップや柔軟な働き方の実現に何らかの手応えが見えてきた企業が、次なる課題として休暇の取得率に目を向け始めているのかもしれない。
一方、教職員の働き方に関しては、まだ「休み方」にまで議論が及んでいない。冒頭に挙げた「緊急提言」では、「教職員の休憩時間を確保する」、「(部活動の運営において)休養日を含めた適切な活動時間の設定を行う」、「長期休暇期間においては一定期間の学校閉庁日の設定を行う」ということが書かれているが、先生が休暇を取ることについて直接的に言及した部分はない。
地方公務員である公立の学校の教員は、「給特法」と呼ばれる法律により、時間外勤務手当や休日手当が支給されず、代わりに給料月額4%分の教職調整額というものが支給される。それを「残業代」と考えるなら、ざっくりと月に5時間分くらいの残業代に相当するだろうが、現実には「過労死ライン」と言われる月80時間以上の残業をしている教員が、小学校で約3割、中学校で約6割もいる(下のグラフで、週の労働時間が60時間以上がそれに当たる)。
時間に応じて給料が増えるわけではないのにそこまで働くのは、明らかに仕事が多すぎるのだろう。小学校では2020年に新しい学習指導要領が施行され、今以上に授業時間が増える上、教え方もアクティブラーニングと言われるような、生徒・児童の主体性や対話を重視する高度なものが求められる。「もっと休もう」などと言う前に、まずは労働時間をきちんと把握し(※)、仕事のやり方の見直しによる先生の負担軽減を図らなければ現場は立ち行かないわけで、一般企業の働き方改革に比べれば、学校の働き方改革は周回遅れの状況なのだ。
(※教員は時間外手当の対象外ではあっても、1日8時間、週40時間までという労働時間の規定も含めた労働基準法の適用対象である。管理者が労働時間を適正に把握できていないとすると、今の時点でも違法なのだが……)
先生が休む前提で体制が準備されているデンマーク
今の状況を考えると、先生の休暇にまで言及するのは時期尚早かもしれない。でも、「緊急提言」にも掲げられている「持続可能な学校運営」や、教職員の健康と人権、そして子どもたちが受ける教育の質を案ずるならば、「休み方」まで考えるべきだと思う。
私がこのように思い至ったのは、デンマークの教育現場で働く3人の日本人女性の話を聞いたことがきっかけだ(彼女たちへのインタビューはこちら:デンマークの日本人母に聞く、仕事と子育ての両立がしやすい理由)。
上のインタビューでは、デンマークの一般的な労働者がいかにワークライフバランスを重視した働き方をしているかという話をしてもらった。それでは、学校や保育園で働く先生である彼女たち自身はどうなのか。「デンマークでは、先生は休めるんですか?」と聞くと、みんな大きく頷いた。
重度重複心身障害児クラスの担任と美術の教師を務めるピーダーセン 海老原 さやかさんは、デンマークの人は「誰でも風邪を引くし、遅刻をすることもあるし、子どもは病気するもの」という感覚を持っていると言う。「デンマークには風邪薬がないんです。それは、風邪を引いたら休むべきだと思っているから」とも。一般の企業であるか学校であるかにかかわらず、職場に来られなくなったり遅刻したりする可能性は、誰でもいつでもあるものだ、という前提で組織運営がされているのだ。
学校においては、先生が休むときには「ビカー(Vikar)」と呼ばれる代替職員が代わりを務めるという制度がある(※ビカーは学校特有のものではなく、幼稚園、病院、介護施設、レストランなどにも取り入れられている制度)。
タンブル 有田 妙さんが中学部の担任を務める特別支援学校では、朝の7時半までに「休みます」と連絡すると、病欠担当のスタッフが、学校が始まる8時20分までにビカーの配置を調整するのだという。
学校の「ビカー」は、普段はティーチングアシスタントのような形で授業のサポートをしている場合や、代替教員が必要なときに呼ばれるという契約で登録している場合など、学校によって運用方法はいろいろ。有田さんの学校では、教員資格を持たずに学校の教育活動を支援する教育ヘルパーと呼ばれる人たちが普段から勤務していて、その勤務時間の中であらかじめ担当するコマが決まっていない時間に、「ビカー」の役割をするのだそう。
教員資格を持ち、担任として常に子どもたちと接している有田さんと、教育ヘルパーとでは、当然できることは異なってくる。そのため有田さんの学校では、自分のクラスの生徒一人ひとりについて、特徴や関わっていく上で必要なことを箇条書きにした顔写真つきの書類や、コミュニケーションにおいて大事なことを申し送りする書類のほか、「休んだ時のための箱」を用意しているのだという。
「授業計画に基づいて、もし私が休んだ時はこれをやってください、という内容を決め、その箱に指示書を入れておきます。最近習ったことの復習のような、子どもたちが安心して活動できる内容を考えて準備しておくのです」(有田さん)
先生同士でも、休んだ人の代わりを務める時間をあらかじめ確保
なお、ビカーの制度が活用されるのは、自身や家族の病気などで急に休む場合だが、前もって休みを計画している場合は、同じクラスを担当している複数のスタッフ(教員と、ペタゴ(Paedagog)と呼ばれる資格を持つ指導員)に代わりを務めてもらう制度がある。各スタッフはそのための時間枠をあらかじめ確保しているのだそう。
「担当スタッフひとり当たり、年間で受け持つ授業時間の内10~20時間分は、時間割に組み込まずに取っておくのです。グループ内の他の担当スタッフが有給休暇を申請した日で、自分の担当する授業がない時間に、この取っておいた時間を使って代替として入ります。もし取っておいた時間を年間で消化できない見込みが出てきた場合は、リーダーと相談しながら、サポートが必要と思われる授業に短時間ずつ入るなどして、消費する仕組みです」
このように計画的に調整をすれば、生徒の普段の様子や授業の進行具合を良く分かっているスタッフに代理を頼むことができ、授業内容もあらかじめ準備できるので、子どもたちのストレスを減らし、授業のクオリティを保ち、休む先生も安心して休めるというわけだ。
デンマークの話を聞いて、日本と大きく異なるのは「人は休むもの」という前提があるかどうかだと感じた。
前述した「休み方改革」に乗り出すような企業は変わってきているが、日本の多くの組織では、「休まない前提」で仕事の仕方や組織が組み立てられている。だが、本当は誰でも病気や事故、家族の事情などで休まざるを得ない可能性があるし、急に退職することもある。その人がいなくなる可能性を無いことにして物事をすすめるのは、非常にリスキーだ。学校でも、担任の先生が突然来られなくなるようなことが起きて初めて対処をするというのは、教育を受ける子どもにとっての不利益を考えると、親が抗議しても良い問題ではないだろうか。
日本の先生は、業務が減っても休みづらい状況は変わらない?
こちらの記事では、日本の公立小学校に勤務する男性教員が、休みづらい理由を語っている。
先日OECDが発表した教育に関する調査の結果によると、日本の公立学校の教員の労働時間の長さは加盟国の中でもトップレベルだが、授業に当てる時間は平均よりも短かった(参考:日本の教員、労働時間はトップ級 授業にあてる割合は…)。このことは日本の教育現場でも問題視されており、「緊急提言」でも授業や授業準備等に集中できるよう、現状抱えている部活の指導や様々な雑務などを専門スタッフの配置や情報システムの導入などで軽減していくことを提案している。
そういった施策がうまく行けば教員の長時間労働の解消や、教育の質の向上といった面では効果があるだろう。でも、教員が自分が担当する授業をひとりで抱えているという状況が変わらないと、休みづらさは変わらないだろう。
日本の先生が休めるようになるには
筆者が小学校や中学校に通っていた頃、先生が休むというのは滅多にないことだった。先生が休みとなると、教頭や隣のクラスの担任などがやってきて、「これをやってなさい」と問題用紙を配るか「この時間は自習です」と言う。その先生が忙しそうに立ち去っていくと、クラスのいたずらっ子たちがわーっと騒ぎ出して……。そういう光景は非日常的な出来事として記憶されていて、当時は「先生は休む権利がある」などという考えを全く持ち合わせていなかった。その頃は会社員だってほとんど休まないのが普通だったから、とも考えられる。だが、働き方に関する意識が高まってきた今でも、先生が平日に休む可能性を考えている人は少ないのではないだろうか(逆に、「先生は夏休みにたくさん休める」と思っている人もいるかもしれないが、「学校の先生に夏休みはある?」によれば、実際はそれほど休めるわけではないようだ)。
「休んだら同僚に迷惑がかかる」とか「生徒に申しわけない」といった思いを抱かずに、先生が気兼ねなく休めるようにするには、業務の総量を減らすことに加えて、休むことを前提にした仕組みが必要だろう。
デンマークの学校のように、「休んだときにはこうしましょう」ということをあらかじめルール化しておき、そのためのリソースが確保されていれば、他の職員へのしわ寄せや、授業の進行への影響を小さくできる。
これは学校だけでなく、企業でも同じだ。子どもがしょっちゅう熱を出すので休むことが多くなり、職場に居づらくなって辞めてしまったという元ワーキングマザーの話は、まだまだなくならない。休みがちな本人の居づらさと、休んだ人をフォローする周囲の負担を軽減するような仕組みがないと、多様な人たちが一緒に働き、力を発揮できる職場は実現しない。
こういう話をすると、新しく人を雇う余裕はなく、今いる人員で頑張るしかないから辛い、という話になりがちだ。でも、リスクがそこにあるからには、無理をして疲弊しながらなんとか乗り切るのではなく、持続可能なやり方を見つけていくべきで、それこそが「働き方改革」なのだと思う。