「ウクライナ支援を減らすべき、イスラエル支援は基本そのまま」――アメリカ世論の‘ねじれ’の正体
- アメリカでは「ウクライナ支援が多すぎる」という世論が広がっている一方、ガザ攻撃を続けるイスラエルへの支援には肯定的な意見が目立つ。
- この‘ねじれ’には主に4つの理由があり、そこには戦闘が続く期間、支援額、アメリカ社会での発言力、支持政党ごとの違いがある。
- リベラル派にはウクライナ支援に、保守派にはイスラエル支援に肯定的な意見が目立ち、この食い違いが世論全体の‘ねじれ’を生む一因になっている。
アメリカではウクライナとイスラエルに対する温度差が浮き彫りになっている。この大きな‘ねじれ’は、より小さな‘ねじれ’が積み重なった結果である。
アメリカ世論の‘ねじれ’
世論調査会社ギャロップは昨年11月、アメリカでの調査で「現状のウクライナ支援が多すぎる」という回答が41%だったと発表した。これは「適切な量(33%)」、「少なすぎる(25%)」を上回った。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年2月以来、「多すぎる」が一位になったのは初めてだ。
その増加ペースは加速している。昨年6月段階で「多すぎる」は29%だったが、半年もたたない間に10ポイント以上も上昇した。
このようにウクライナ支援に消極的な意見が増える一方、アメリカではイスラエル支援に好意的な意見が目立つ。
同じくギャロップは1月5日、「現状のイスラエル支援は適切な量」という回答が38%と発表した。これは「多すぎる(36%)」、「少なすぎる(24%)」を抑えて1位だった。
ガザ攻撃による民間人の犠牲はアメリカでも大きな批判を招いている。そのため「多すぎる」との差はわずかだ。ただし、同じ調査によると、「少なすぎる」という回答は前回2006年の11%と比べて急増していて、イスラエル支援への根強い支持もうかがえる。
この傾向はギャロップ以外の世論調査でもほぼ同様である。
‘ねじれ’はなぜ生まれたか
アメリカでは一時より低下したとはいえインフレ率が3%を超えていて、生活不安の払拭にはほど遠い。そのため外国への支援そのものに消極的な論調が生まれることは不思議でないとしても、「ウクライナ支援を減らすべき、イスラエル支援はそのまま」の温度差はなぜ生まれたか。
そこには主に4つの理由があげられる。
第一に、期間の違いだ。ウクライナでの全面衝突が2年近く続き、戦局が一進一退を繰り返していることは、厭戦ムードをより強くしやすい。
第二に、支援額の多さだ。バイデン政権は昨年10月、1050億ドルの支出を議会に求めたが、このうちウクライナ支援は600億ドル、イスラエル支援は140億ドルと大きな差があった。
第三に、発言力の差だ。ユダヤ系はアメリカの金融業や情報産業といったビジネス界だけでなく、アカデミズムやハリウッドでも大きな存在感をもち、世論形成に影響を及ぼすキャンペーンなどで優位にある。
以上3点はアメリカ全体での傾向といえる。ただし、注意すべきは、ウクライナとイスラエルに対する温度差には支持政党ごとの違いが目立ち、これがアメリカの平均的世論の‘ねじれ’に深くかかわっていることだ。
イスラエル支援でリベラル派が分裂
アメリカの二大政党、民主党と共和党のそれぞれの支持者の間には、ウクライナとイスラエルをめぐるスタンスに大きな違いがある。
このうち民主党支持者の多くは、ウクライナとイスラエルそれぞれに対する現状の支援を基本的に認めている。民主党がバイデン政権の母体であることから、いわば当然ともいえる。
ただし、その一方で民主党支持者にはガザ攻撃を主導するイスラエルのネタニヤフ首相に批判的で、パレスチナへの人道支援を重視する傾向も目につく。
ガザ攻撃が本格化する以前から民主党支持者の間では、「テロ対策」を大義にイスラエルが占領政策を続け、アメリカが事実上これを容認することへの批判が高まっていた。
つまり、「同盟国としてイスラエルに協力するが占領政策やガザ攻撃には反対」というねじれた態度の民主党支持者が少なくないのだ。
これはアメリカ全体の傾向に影響している。先述のようにイスラエル支援に関するアメリカの平均的世論は「適切な量」が最多だが、「多すぎる」との差はわずかだ。
ギャロップの調査結果をより細かくみると、民主党支持者の間では「適切な量」が最多だったものの43%にとどまり、「多すぎる」が40%だった。今後ガザでの民間人犠牲がさらに増えれば、これが逆転することも予測される。
保守派はウクライナ支援に消極的
これと対照的に、共和党支持者にはガザ攻撃やネタニヤフ政権を「イスラーム過激派への対テロ戦争」の文脈で支持する意見が目立つ。
その結果、共和党支持者はバイデン政権の移民規制や経済対策などを批判しながらも、イスラエル支援に関してバイデンを後押しするというねじれも見受けられる。
これが民主党支持者の間に広がる消極論を相殺することで、アメリカの平均的世論は「イスラエル支援はそのまま」になりやすい。
さらに共和党支持者のなかには、より踏み込んだ支援の要求もある。
ギャロップの調査結果では、「イスラエル支援は適切な量」と応えた共和党支持者は37%で、民主党支持者の43%より少なかった。しかし、共和党支持者と民主党支持者の「少なすぎる」はそれぞれ37%、15%で、「適切な量」と「少なすぎる」の合計では共和党支持者の方が多かった。
この熱心なイスラエル支持とは対照的に、共和党支持者にはウクライナ支援に懐疑的な声が目立つ。「ウクライナが領土の一部を失うことになっても早期解決を目指すべき」という意見が目立つのも共和党支持者だ。
実際、共和党が議席の過半数を握る議会下院はこれまでもバイデン政権のウクライナ支援にブレーキをかけてきた。
共和党支持者のこの態度には、トランプ政権時代からの因縁をうかがえる。
2016年大統領選挙ではロシアが干渉し、トランプ当選をテコ入れした「ロシアゲート疑惑」が浮上した。その裏返しで、トランプ陣営は「バイデンがウクライナ政府と個人的に不正な関係を築いた」と主張してきた。
これに照らせば、トランプ支持者の多い共和党支持者に、バイデン政権による莫大なウクライナ支援を冷ややかにみる傾向が強くても不思議ではない。
この共和党支持者の態度が、無党派層とともに「ウクライナ支援が多すぎる」というアメリカの平均的世論を生む原動力になってきたといえる。
このように幾重ものねじれの上にアメリカの平均的世論は成り立っている。その行先は今年11月の大統領選挙にもかかわってくるだけに、バイデンはもちろんゼレンスキーやネタニヤフも無視できない。
それはもちろん、アメリカの方針に注意を払わざるを得ない日本政府もまた同様である。同盟国に足並みを揃えながらも自国の利益や立場を考えなければならない‘ねじれ’は国際政治につきものなのだから。