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米下院議長はなぜ解任されたか――トランプ主義者同士の潰し合いとは

六辻彰二国際政治学者
解任動議が可決されたマッカーシー下院議長(2023.10.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカ連邦議会下院で共和党のマッカーシー議長は、共和党員が提出した動議で解任された。
  • マッカーシー議長はトランプ元大統領に近いことで知られてきたが、解任動議を出した議員グループもトランプ支持者だった。
  • この解任劇はトランプ支持者同士の近親憎悪、あるいはいわゆる「同担拒否」による潰し合いとみられる。

 連邦議会下院でケビン・マッカーシー議長が解任された最大の要因は、トランプ支持者の内部分裂といえる。

史上初の下院議長解任

 アメリカの連邦議会下院で10月3日、ケビン・マッカーシー議長に対する解任動議が審議され、216対210の賛成多数で可決した。

 下院議長が解任されるのは建国以来初めてだ。

 昨年の中間選挙で下院の過半数は共和党が握り、同党のベテラン議員マッカーシーが議長に選出された。ただし、議席数では民主党に対して221対212とかろうじて優位に立っているに過ぎない。

 今回の解任動議は、共和党議員の一部が提出したものだ。彼らが賛成票を投じ、これに民主党議員が呼応したことで、動議は可決された。

 マッカーシーにしてみれば「身内」の離反で議長職を追われたことになる。

 解任後、マッカーシーは立場の近い議員らとの会合で、議長職に再チャレンジする意思はないと表明した。

 しかし、共和党のパトリック・マクヘンリー議員が臨時議長に就任したものの、多くの支持を集められる有力候補がいないために議長再任は難航すると見込まれている。

「個人攻撃だ」

 史上初の下院議長解任はなぜ起こったか。一言でいえば、トランプ支持者同士の近親憎悪、あるいはいわゆる「同担拒否」による潰し合いの結果といえる。

 もともとマッカーシーは2016年大統領選挙でドナルド・トランプが登場した際、いち早く支持を表明した有力議員の一人だ。

 そのマッカーシーは解任直後、「これは個人攻撃だ。無駄以外の何物でもない」と語った。そこで念頭に置かれていたのは、マッカーシー解任の中心にいた共和党のマット・ゲーツ議員とみられている。

 ゲーツはトランプ支持者という意味ではマッカーシーと同じだ。どちらも移民・難民反対、同性婚・中絶反対、保護貿易賛成などでは一致しており、さらにバイデン政権による膨大なウクライナ支援に「アメリカ第一」の観点から反対してきた点でも共通する。

マッカーシーの議長解任動議が可決された直後、記者に囲まれるゲーツ議員(2023.10.3)。ゲーツはトランプ支持という意味ではマッカーシーと同じだが、その不仲は以前から知られてきた。
マッカーシーの議長解任動議が可決された直後、記者に囲まれるゲーツ議員(2023.10.3)。ゲーツはトランプ支持という意味ではマッカーシーと同じだが、その不仲は以前から知られてきた。写真:ロイター/アフロ

 ゲーツの場合、2021年以降もトランプ支持の集会‘America First Tour’に積極的に出席し続けている。2020年大統領選挙での「選挙の不正」を叫ぶトランプ支持者が連邦議会を占拠した後、それまでトランプ人気に便乗していた多くの共和党議員はトランプと距離を置くようになったのとは対照的だ。

 そのゲーツはこれまでもマッカーシーとの不仲が指摘されていた。

 昨年の中間選挙後、マッカーシーの議長就任はほぼ確実視されていたが、実際には今年1月にまで就任がずれ込んだ。ゲーツら共和党の一部がマッカーシーを支持せず、議長承認投票が15回もやり直されたからで、これも異例のことだった。

 ゲーツらはマッカーシーを「トランプ支持を掲げていても信用できない」という不信感をもってみていたと思われる。

 ゲーツは2021年から下院の倫理委員会で審査の対象にされていた。未成年とのセックススキャンダルや違法ドラッグ使用などの疑惑が浮上したからだ。

 この問題に関して、マッカーシーは議長就任以前からほぼノータッチの立場を保った。

 マッカーシーの「個人攻撃」発言は、「自分が倫理委員会の審査を妨害しなかったことをゲーツが根にもった」という趣旨と理解できる。

ウクライナ支援をめぐる対立

 こうした対立が決定的になったのが予算案だった。

 アメリカでは今年6月、債務不履行(デフォルト)直前にまで至った。増え続ける国債発行額が議会の定めた上限(シーリング)を超えることに、共和党主導の下院が反対したからだ。

 この際はバイデン政権による歳出削減努力と引き換えにシーリングの一時停止で妥協が図られ、デフォルトは回避された。

 議会下院は9月30日、11月17日までの予算執行継続を可能にする「つなぎ予算」を可決した。これによって政府機関の閉鎖という最悪の事態は避けられたが、焦点になっていたウクライナへの追加支援は盛り込まれなかった。

 バイデン政権は昨年2月以来、すでに750億ドル以上をウクライナに提供してきたとみられる。

 ただし、予算案可決の直前にマッカーシーは、それまでのトーンを弱め、国防総省のウクライナ支援策に協力する方針を打ち出していた。

 この妥協はトランプばりの「アメリカ第一」を掲げながらも、議会下院をあずかる立場のマッカーシーにとって、避けられなかったともいえる。

訪米したゼレンスキー大統領をホワイトハウスに迎えたバイデン大統領(2023.9.21)。下院の中心を占める共和党はバイデン政権のウクライナ支援が巨額すぎると批判してきた。
訪米したゼレンスキー大統領をホワイトハウスに迎えたバイデン大統領(2023.9.21)。下院の中心を占める共和党はバイデン政権のウクライナ支援が巨額すぎると批判してきた。写真:ロイター/アフロ

 しかし、これに関してゲーツは10月2日、「マッカーシーがホワイトハウスとの間で、ウクライナ支援の継続に関する‘秘密の取引’をした」と主張し、議長解任動議を提出したのだ。

 ゲーツに協力して動議に賛成したのが、下院少数派で反トランプの民主党議員だったことは皮肉としかいえない。

 ゲーツはこれまで、「たとえ政府機関が閉鎖されても、自分はアメリカ国民と共和党支持者のために行動する」と強調してきた。

 これに対して、解任後にマッカーシーはゲーツを「保守主義者ではない」と断定している。

コップの嵐はどこまで広がる

 繰り返しになるが、この議長解任劇はトランプ支持者同士の近親憎悪、あるいはいわゆる「同担拒否」に過ぎない。

 しかし、問題はそれでは済まない。

 新議長の選出が難航すれば、予算の「つなぎ法案」の期限がくる11月17日、政府機関が閉鎖されるリスクはさらに高まる。

 さらに、共和党下院議員の誰が新議長になろうとも、今回のゲーツらのやり方を見た時、その意に沿わない決定をすればマッカーシーの二の舞になりかねないという心理的ブレーキもかかりやすい。

 その一方で、今回の騒動はトランプ支持者の求心力低下を印象づけた。

 肝心のトランプは、自分の訴訟で忙しいからか、支持者同士の争いにほとんど発言さえしなかった

 それはトランプが暗黙のうちにゲーツを支援したともいえるが、逆にマッカーシー一派にしてみれば「トランプは支援してくれなかった」となる。

 つまり、今回の議長解任はアメリカがさらなる混迷に突っ込む入り口にもなりかねないのだ。それがウクライナ戦争を含む世界情勢を大きく左右することはいうまでもない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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