バイラクタルTB2無人攻撃機はウクライナでまだ1両もロシア軍の戦車を撃破していない(追記あり)
実は意外に思われるかもしれませんが、現在行われているロシア-ウクライナ戦争では、ウクライナ軍のバイラクタルTB2無人攻撃機は戦車をまだ1両も撃破していません。(※この場合の戦車とは主力戦車に限定。)
実は戦車を1両も撃破していないTB2
視覚的に確認できるOSINTの分析で知られるオランダの軍事サイトOryxによると、このような撃破数のカウントになります。
なお2月24日の開戦以来、ジャベリン対戦車ミサイルなどによってロシア軍は1000両近い戦車を喪失しています。全兵器の喪失数は5000を超えています。なお、あくまでOryxが視覚的にカウントできた物のみなので実際にはこれよりも数は多い筈です。
ロシア軍の兵器の全喪失数に対するTB2の攻撃戦果の割合は1.4%程度です。二つの出典は少し計測の時期が違いますが、TB2の7月半ばから8月末までの追加戦果の報告は、筆者が確認した限りでは1例しか確認できなかったので、割合に特に変化は無い筈です。
TB2がウクライナの戦場で戦車を1両も撃破していないのは、そもそも敢えて狙いに行っておらず、他の目標を狙っていたと推測することができます。
防空システムと電子戦システムの再配置でTB2封じ込めに成功
TB2による撃破戦果数のほとんどはロシア軍が首都キーウを強引に攻めていた開戦から1カ月以内の3月に集中しています。ロシア軍が3月末にキーウ攻略を諦めて撤退を開始し、4月に入りロシア軍が戦線を整理縮小するとTB2の戦果報告が急激に減少し、5月初旬の時点でTB2による総撃破数は71ユニット目で報告が完全に途絶えて、2カ月間も音沙汰が無く、7月と8月で少数の戦果報告が追加されて、8月末の現在のTB2による総撃破数は80ユニットです。
これは戦局の推移の時期を考えると、4月以降にロシア軍が攻勢をドンバス方面1本に絞ったことで、再配置された防空システムと電子戦システムの密度が十分になった結果だと推測します。つまり戦争初期のロシア軍はウクライナ国土を5方向から攻め込んでいたので前線で戦闘している範囲が広すぎて、防空網が穴だらけだった可能性があります。
ただしこれは現時点での話です。8月初旬からウクライナにアメリカからAGM-88対レーダーミサイルが供与されていたことが発覚し、MiG-29戦闘機に搭載して既に実戦投入が開始されています。
もしも対レーダーミサイルでロシア軍の防空網に穴を開けることができるのであれば、ウクライナ空軍機は積極的な活動が可能となり、有人戦闘機だけでなく無人攻撃機も活発な作戦行動を再開させることができるかもしれません。
比較:ナゴルノ・カラバフの戦いでのバイラクタルTB2
なお2020年9月27日~11月10日の44日間にわたる第二次ナゴルノ・カラバフ戦争では、アゼルバイジャン軍が対レーダー自爆無人機「ハーピー」「ハロップ」などでアルメニア軍の防空網を制圧することに成功し、TB2無人攻撃機が戦果を拡大し猛威を振るいました。
アルメニア軍の兵器の全喪失数に対するTB2の攻撃戦果の割合は32%に達し、戦車撃破は61%を占めます。TB2以外のハーピーやハロップなどの自爆無人機や無人攻撃機の戦果も合わせると更に増えます。僅か1カ月半の戦争での数字です。
これに対しロシア-ウクライナ戦争では開戦して半年が経過してTB2による撃破数は80、戦車の撃破は0。ロシア軍の兵器の全喪失数5322に対するTB2の攻撃戦果の割合は1.4%程度と、直接的な攻撃での貢献度はあまり高くありません。(偵察による貢献はまた別)
結局のところ、この差は航空優勢を確保できず防空網を制圧できなかったことで、ウクライナでは有人機も無人機も航空機は積極的な活動を行えなかったことに起因します。
「次の戦争」が2022年2月24日から始まったロシア-ウクライナ戦争とすれば、ロシア軍は約一ヵ月間で対抗できるようになりました。そして数カ月後にウクライナ軍はそれを更に打開できるように新たな装備と戦術を投入し始めました。戦争が長期化した場合、この戦争の中で逆転と再逆転が繰り返されていく戦いが続いて行くことになります。
追記:9月3日にTB2がロシア戦車を初撃破の報告
9月3日、ウクライナ軍参謀総長のFacebookでバイラクタルTB2無人攻撃機が戦果を挙げたことを動画の証拠付きで報告しています。
8月31日から9月2日の間にバイラクタルTB2無人攻撃機が、8両のT-72戦車、1両のアカーツィヤ自走榴弾砲、1両のBMP歩兵戦闘車、1門の牽引式榴弾砲を撃破。他に5両のT-72戦車と1両のBMP歩兵戦闘車に損傷を与えたとしています。
ただし証拠として報告された今回の動画で視覚的に確認できるのはT-72戦車1両の撃破分のみです。
またこの戦争での戦車撃破の報告動画は放棄された無人の戦車を破壊した場合がかなり多く(特に産業用ドローンが戦車の真上まで飛んで小型爆弾を投下したケース)、本当の戦果かどうかは精査する必要があります。