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バイラクタルTB2無人攻撃機はウクライナでまだ1両もロシア軍の戦車を撃破していない(追記あり)

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ軍広報メディア「АрміяInform」よりバイラクタルTB2

 実は意外に思われるかもしれませんが、現在行われているロシア-ウクライナ戦争では、ウクライナ軍のバイラクタルTB2無人攻撃機は戦車をまだ1両も撃破していません。(※この場合の戦車とは主力戦車に限定。)

実は戦車を1両も撃破していないTB2

 視覚的に確認できるOSINTの分析で知られるオランダの軍事サイトOryxによると、このような撃破数のカウントになります。

出典:ウクライナ防衛戦に投入:「バイラクタルTB2」UCAVによって被害を受けたロシア軍の兵器・装備類(一覧):Oryx Blog - ジャパン

※最終更新日:8月13日(本国版は7月半ば)の時点でTB2による総撃破数は80ユニット。戦車は0両。

 なお2月24日の開戦以来、ジャベリン対戦車ミサイルなどによってロシア軍は1000両近い戦車を喪失しています。全兵器の喪失数は5000を超えています。なお、あくまでOryxが視覚的にカウントできた物のみなので実際にはこれよりも数は多い筈です。

出典:欧州への攻撃:ウクライナ侵攻でロシア側が喪失した兵器類(一覧):Oryx Blog - ジャパン

※最終更新日:8月25日午前11時40分(本国版は8月25日午前5時44分ころ)の時点で喪失数の総合計5322ユニット。戦車は972両を喪失。

 ロシア軍の兵器の全喪失数に対するTB2の攻撃戦果の割合は1.4%程度です。二つの出典は少し計測の時期が違いますが、TB2の7月半ばから8月末までの追加戦果の報告は、筆者が確認した限りでは1例しか確認できなかったので、割合に特に変化は無い筈です。

 TB2がウクライナの戦場で戦車を1両も撃破していないのは、そもそも敢えて狙いに行っておらず、他の目標を狙っていたと推測することができます。

防空システムと電子戦システムの再配置でTB2封じ込めに成功

 TB2による撃破戦果数のほとんどはロシア軍が首都キーウを強引に攻めていた開戦から1カ月以内の3月に集中しています。ロシア軍が3月末にキーウ攻略を諦めて撤退を開始し、4月に入りロシア軍が戦線を整理縮小するとTB2の戦果報告が急激に減少し、5月初旬の時点でTB2による総撃破数は71ユニット目で報告が完全に途絶えて、2カ月間も音沙汰が無く、7月と8月で少数の戦果報告が追加されて、8月末の現在のTB2による総撃破数は80ユニットです。

 これは戦局の推移の時期を考えると、4月以降にロシア軍が攻勢をドンバス方面1本に絞ったことで、再配置された防空システムと電子戦システムの密度が十分になった結果だと推測します。つまり戦争初期のロシア軍はウクライナ国土を5方向から攻め込んでいたので前線で戦闘している範囲が広すぎて、防空網が穴だらけだった可能性があります。

出典:ドローンはゲームチェンジャーではなく、バイラクタルTB2は銀の弾丸ではない

※6月07日:ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング「 Oryxのデータよると、1200を超えるロシアの主力戦車と装甲車両が破壊されたことを考えると、TB2による攻撃数はかなり少ないようだ。 砲兵や歩兵が携帯できる対戦車兵器や対空兵器と比較すると、バイラクタルは最終的には僅かな役割しか果たせていない。」

※6月21日:フォーリン・ポリシー「ウクライナのパイロットによると、空軍はトルコのバイラクタル無人機、別名TB-2を使った攻撃をほとんど取り止めてしまったという。」「最初のころは(ロシア軍の)隊列を止めるのに非常に役立ち、重要だったが、ロシア軍が優れた防空体制を構築した今、ほとんど役に立たない。」「ウクライナ軍はバイラクタルの使用を、稀な特殊作戦や攻撃任務に限定していると、パイロットは述べている。」

※7月03日:ビジネス・インサイダー「ロシアが電子戦と防空を強化するにつれて、ウクライナの無人偵察機はますます効果がなくなりつつある。」

 ただしこれは現時点での話です。8月初旬からウクライナにアメリカからAGM-88対レーダーミサイルが供与されていたことが発覚し、MiG-29戦闘機に搭載して既に実戦投入が開始されています。

 もしも対レーダーミサイルでロシア軍の防空網に穴を開けることができるのであれば、ウクライナ空軍機は積極的な活動が可能となり、有人戦闘機だけでなく無人攻撃機も活発な作戦行動を再開させることができるかもしれません。

比較:ナゴルノ・カラバフの戦いでのバイラクタルTB2

 なお2020年9月27日~11月10日の44日間にわたる第二次ナゴルノ・カラバフ戦争では、アゼルバイジャン軍が対レーダー自爆無人機「ハーピー」「ハロップ」などでアルメニア軍の防空網を制圧することに成功し、TB2無人攻撃機が戦果を拡大し猛威を振るいました。

出典:カラバフの覇者:「バイラクタルTB2」:Oryx Blog - ジャパン

※TB2による撃破数は549ユニット。戦車の撃破は92両。

出典:2020年ナゴルノ・カラバフ戦争:アルメニアとアゼルバイジャンが喪失した装備(一覧):Oryx Blog - ジャパン

※アルメニア軍の喪失数の総合計1699ユニット。戦車は250両を喪失。

 アルメニア軍の兵器の全喪失数に対するTB2の攻撃戦果の割合は32%に達し、戦車撃破は61%を占めます。TB2以外のハーピーやハロップなどの自爆無人機や無人攻撃機の戦果も合わせると更に増えます。僅か1カ月半の戦争での数字です。

 これに対しロシア-ウクライナ戦争では開戦して半年が経過してTB2による撃破数は80、戦車の撃破は0。ロシア軍の兵器の全喪失数5322に対するTB2の攻撃戦果の割合は1.4%程度と、直接的な攻撃での貢献度はあまり高くありません。(偵察による貢献はまた別)

 結局のところ、この差は航空優勢を確保できず防空網を制圧できなかったことで、ウクライナでは有人機も無人機も航空機は積極的な活動を行えなかったことに起因します。

ただしこれらの無人機はプロペラ推進で速力が遅く、防空システムで対抗できる手段は数多くあります。きっと次の戦争では対抗戦術が編み出されてしまうことになるでしょう。

出典:第二次カラバフ戦争の防空網制圧ドローン戦術(2020年12月11日)

 「次の戦争」が2022年2月24日から始まったロシア-ウクライナ戦争とすれば、ロシア軍は約一ヵ月間で対抗できるようになりました。そして数カ月後にウクライナ軍はそれを更に打開できるように新たな装備と戦術を投入し始めました。戦争が長期化した場合、この戦争の中で逆転と再逆転が繰り返されていく戦いが続いて行くことになります。

追記:9月3日にTB2がロシア戦車を初撃破の報告

 9月3日、ウクライナ軍参謀総長のFacebookでバイラクタルTB2無人攻撃機が戦果を挙げたことを動画の証拠付きで報告しています。

Упродовж трьох діб, з 31 серпня по 2 вересня, парою БпЛА Bayraktar ТВ-2 було знищено ворожу техніку загальною вартістю близько $26,5 млн. Це 8 танків Т-72 (орієнтовна вартість одного - $3 млн), по одній САУ АКАЦІЯ ($1,6 млн), БМП ($0,6 млн) та гаубиці ($0,3 млн).

Було пошкоджено п'ять танків Т-72 і одну БМП на $1,85 млн.Загальна вартість знищеної та пошкодженої російської техніки - $28,35 млн.

出典:Генеральний штаб ЗСУ / General Staff of the Armed Forces of Ukraine | Facebook

8月31日から9月2日の間にバイラクタルTB2無人攻撃機が、8両のT-72戦車、1両のアカーツィヤ自走榴弾砲、1両のBMP歩兵戦闘車、1門の牽引式榴弾砲を撃破。他に5両のT-72戦車と1両のBMP歩兵戦闘車に損傷を与えたとしています。

 ただし証拠として報告された今回の動画で視覚的に確認できるのはT-72戦車1両の撃破分のみです。

 またこの戦争での戦車撃破の報告動画は放棄された無人の戦車を破壊した場合がかなり多く(特に産業用ドローンが戦車の真上まで飛んで小型爆弾を投下したケース)、本当の戦果かどうかは精査する必要があります。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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