ドローンはゲームチェンジャーではなく、バイラクタルTB2は銀の弾丸ではない
ウクライナでの戦争では各種の無人機(ドローン)が使われています。しかし無人機はピンからキリまで多種多様です。全てを混同したまま理解することはできないので、先ずは大きさや用途で分けて考えます。
ウクライナの戦争で使われている無人機
- 中高度長時間滞空(MALE)・・・固定翼。偵察攻撃用の中~大型機
- 小型固定翼無人機・・・固定翼。弾着観測用
- 自爆無人機・・・固定翼。徘徊型兵器
- 市販ドローン・・・回転翼。歩兵偵察用
ウクライナの戦場で使われている無人機は、大まかに分けるとこの4種類です。一口に無人機と言っても市販ドローンの重量は数百グラム程度に対し、中高度長時間滞空型無人機の重量は1トン以上の物もあるので、完全に別種の機械です。また市販ドローンにしても通常は1機10万円の機種であっても、高級なカメラを搭載するなどして軍隊向け特別仕様にすると、同系統の機種でありながら1機100万円になることもあります。(例:Parrot ANAFI USA)
この記事では中高度長時間滞空(MALE)無人機システムを中心に説明していきます。このカテゴリーの無人機は18000~30000フィート(5500~9000メートル)を常用高度とする、遠隔操作式の中型から大型の無人機を指します。
- 宇軍・・・バイカル・バイラクタルTB2(最大離陸重量650kg)
- 露軍・・・クロンシュタット・オリオン(最大離陸重量1000kg)
ウクライナの戦争に投入が確認されているのは現時点で上記の2機種です。他国で有名なMALEはアメリカ軍のMQ-9リーパー(最大離陸重量4760kg)やMQ-1Cグレイイーグル(最大離陸重量1450kg)などがあり、将来的にウクライナに供与される可能性があります。
ナゴルノカラバフ戦争でのバイラクタルTB2無人攻撃機の活躍
ウクライナの戦争では、開戦前からウクライナ軍のトルコのバイカル社製「バイラクタルTB2」無人攻撃機の活躍が一部で期待されていました。2020年にアルメニアとアゼルバイジャンとの第二次ナゴルノ・カラバフ戦争で活躍した実績があったからです。
関連:第二次カラバフ戦争の防空網制圧ドローン戦術(2020年12月11日)
このカラバフの戦争でアゼルバイジャン軍のバイラクタルTB2無人攻撃機(以下”TB2”と略す)が活躍できたのは、アルメニア軍の戦闘機がアゼルバイジャン軍の地対空ミサイルを恐れて出て来なかったことと、アゼルバイジャン軍が対レーダー自爆突入機によるアルメニア防空網の制圧に成功したことが大きかったのです。
しかし、これと同じような状況をウクライナ軍が強大なロシア軍相手に持ち込めるとは思えませんでした。そこで筆者はロシア軍が航空優勢を確保することを前提に、開戦前に以下のような記事を書きました。ロシア軍の戦闘機が自由に戦場の空を飛ぶ環境では、中高度をゆっくりと飛ぶTB2ではとても活躍など出来ないと考えたのです。
関連:バイラクタルTB2無人攻撃機はロシア正規軍相手には通用しない(2022年2月6日)
ウクライナで航空優勢の確保に失敗したロシア軍の大誤算
しかし。しかし、まさかの事態が起きました。2月24日のロシア-ウクライナ戦争の開戦以降、ロシア軍は投入可能な航空戦力数でウクライナ軍の10倍以上と圧倒しているにもかかわらず、航空優勢の確保に失敗しました。この戦争におけるロシア軍の最大の誤算であり、ウクライナ軍が今も抵抗を続けられている要因の一つです。私の予想は前提から覆りました。
ウクライナ空軍はアメリカからの直前の警告を受けて、動かせる戦闘機のほとんどを空中退避させてロシア軍の攻撃を回避し大半を温存させることに成功。基地に止まって地上撃破されたのは整備中で動かせなかったごく一部の機体だけでした。逃げ果せた戦闘機は運用拠点を転々と変えながら隙を見ては出撃を繰り返していきます。
ウクライナ戦闘機の地上撃破に失敗したロシア軍は、ウクライナ防空網(防空レーダーや地対空ミサイル)の制圧にも失敗します。開戦初日から首都キーウ市街地の路上に撃墜されたロシア軍の対レーダーミサイル「Kh-31P」の残骸が降って来るなど、防空網を巡る激しい戦闘が始まりましたが、ロシア軍が撃破できたウクライナ軍の防空システムは一部に止まりました。残存したウクライナ軍の防空システムは今もロシア軍の戦闘機の行動を妨害し続けています。
こうしてロシア軍は航空優勢の確保と防空網の制圧に失敗しました。かといってウクライナ軍も航空優勢を確保できず、お互いに相手の地対空ミサイルを恐れて満足に航空機が活動できない状況に陥っています。一時的に局所的に航空優勢を確保できても、継続的で全体的な確保は望めません。
これでウクライナ空軍機が活躍できる余地が生まれます。有人機も無人機もです。ロシア軍に航空優勢を奪われていないのであれば、TB2は敵戦闘機が容易に行動できない空域を狙っていけば投入することが可能です。ただしウクライナ側も航空優勢は確保できていない以上、大活躍は難しいでしょう。それでも戦うことは可能になったのです。
ウクライナの戦場で最もよく目撃される航空機=Su-25攻撃機
ウクライナの戦場から毎日たくさんの映像が報告されています。そして空の戦いに目をやると意外な事実に気付きます。実は地上から見た戦場の空を駆け回る軍用機の報告例で最も多いのは、超低空を突撃するSu-25攻撃機です。ロシア軍とウクライナ軍の両軍のSu-25攻撃機が飛び回っています。これも予想外の事態です。
Su-25攻撃機は重装甲ですが、対空機関砲には耐えられても、地対空ミサイルに耐えられるほどではありません。最近の野戦防空システムが充実した正規軍が相手では生き残ることが難しいと多くの識者から見られていました。
それなのにSu-25が飛び回っています。お互いに地対空ミサイルが怖くて航空優勢の確保ができず、中高度での戦闘機の活動が抑制されて、Su-25攻撃機が敵戦闘機の脅威をあまり受けなくてよいとしても、地対空ミサイルの脅威はそのままの筈です。超低空を飛ぶことで長距離地対空ミサイルの脅威は近付きさえしなければ避けられるとしても、前線に多数存在している短距離地対空ミサイルや歩兵携行地対空ミサイルの脅威は、どうしても避けることはできない筈でした。
ですが現実にはSu-25攻撃機が低空を突撃してフレア(囮熱源)をバラ撒きながら飛び回っています。撃墜例も多く報告されています。それでも両軍は使い続けています。つまりロシア軍とウクライナ軍の戦い方は、アメリカ軍の戦い方とは大きく異なるのでしょう。アメリカ軍の戦い方を基準に他国の軍隊の戦い方を予想すべきではなかったのです。
そして次に気付くことがあります。中高度長時間滞空(MALE)無人機システムが飛行している姿があまり目撃されていないのです。ウクライナ軍のTB2も、ロシア軍のオリオンもです。Su-25攻撃機のように低空でフレアをバラ撒く方が目立つという差はありますが、それでもMALEが積極的な攻撃を仕掛けていれば流石に地上部隊も気付くはずです。しかしそれがほとんどありません。
このことから両軍ともMALEの積極的な投入が出来ていないのでは、という推測をすることができます。そしてそのような分析は幾つか出始めました。
バイラクタルTB2無人攻撃機のウクライナにおける戦闘評価
以下はスイス高級紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)に掲載された「バイラクタル、バイラクタル:トルコの無人機はウクライナでその価値を証明されましたか?」という記事(2022年6月7日掲載、ドイツ語)です。
ウクライナ軍全体が挙げた戦果数と比較すると、バイラクタルTB2無人攻撃機による戦果数は比率としてはかなり少ないという指摘です。それは実際にその通りでした。
- バイラクタルTB2による戦果数:71 最終更新日:2022年5月9日午前零時05分(本国版は5月8日午後3時47分) 出典:Oryx-ジャパン Blog
- ロシア:喪失数3514(撃破:1927、損傷:67、放棄:272、鹵獲:1248) 出典:Oryx(本国版のWebアーカイブ2022年5月8日)
- ロシア:喪失数7464 2022年5月8日午後6時10分 出典:ウクライナ国防省Twitter
OryxによるTB2の戦果カウントは5月8日で止まっているので、同時期までのロシア軍喪失数と比較します。するとOryxのカウントでロシア軍喪失数は3514なので、TB2の戦果数の割合は全体の約2%に相当します。TB2の直接的な攻撃による貢献度はあまり高くありません。
そもそもウクライナ軍のTB2の保有数は開戦前で10数機、開戦後のトルコからの補充を合わせると30機くらいだと推定されています。ウクライナ国内でのライセンス生産の分など不明な部分があったとしても、それほど多い数ではないでしょう。
またズミイヌイ島での戦いでTB2は哨戒艇と揚陸艇を数隻撃沈しましたが、どちらもまともな対空装備が無い小さな船が相手なので活躍したかというと疑問です。むしろ防空艦や戦闘機の援護をロシア軍が出せないように追い込んだ、別のウクライナ軍の兵器こそが重要だったように思えます。この島でウクライナ軍の反攻作戦が始まったのはロシア海軍巡洋艦「モスクワ」撃沈後なので、これを沈めた地対艦ミサイル「ネプチューン」こそが重要な役割を果たしたと言えます。なおこの島での戦いではウクライナ軍の有人戦闘機も爆撃に投入されています。
5月24日にはウクライナ国境に近いルーマニアのスリナ付近の海岸にバイラクタルTB2の残骸が漂着しています。おそらくズミイヌイ島での激しい攻防戦で撃墜されたもので、決してTB2が一方的に優位に立っているわけではありません。参考:Ukraine Weapons Tracker
ですが有人戦闘機の戦果報告数も少ないので、無人攻撃機が有人機よりも有効かというと、それも違います。無人攻撃機は遠隔操作で映像を確認しながら攻撃するので、戦果報告用の動画を確実に取得できます。しかし有人戦闘機は必ずしも映像を撮りながら戦闘しているわけではないので、動画を用意できるとは限りません。
専門家の言う「ソーシャルネットワーク上で流通している攻撃の動画が間違った印象を与えた」というのがそれです。報告された映像だけ見ると無人機が活躍しているように見えます。しかし実際には見えているものが全てではありません。有人戦闘機が動画を撮らずに戦果を挙げ続けている可能性もあるのです。5月初旬にロシア軍がドネツ川の渡河に失敗して1~2個大隊戦術群が壊滅する大損害を受けた時に、ウクライナ軍が行った攻撃方法は「重砲と空軍機の投入」だったという報告もあります。
これは証拠となる攻撃の様子の映像が無いので、OSINT的には確定した戦果報告とは言えません。ですが短時間のうちに纏まった数の敵を撃破するには投弾量の多い攻撃が必要となる筈で、重砲と空軍機で攻撃したという説明は納得ができる報告です。
TB2無人攻撃機は有人機のSu-25攻撃機よりも機体がかなり小さく搭載量が少なく、遠隔操作の通信帯域の制限で一度に同じ場所に多くの機体を投入できないので、一挙に多数の敵を撃破するような攻撃はできません。するとドネツ川の戦闘に投入された空軍機とは、有人機のSu-25攻撃機だった可能性が高そうです。
そして前述のように地上から見上げてよく目撃されるのは有人機のSu-25攻撃機であり、TB2無人攻撃機やオリオン無人攻撃機が飛んでいる様子を報告する動画は滅多に報告されていません。
また「ソーシャルネットワーク上で流通している攻撃の動画が間違った印象を与えた」というケースで他の例としては、戦争の初期に雪解けの泥濘でロシア軍のパーンツィリS-1防空システムが擱座して多数が放棄されましたが、放棄された車両だと気付かずに攻撃を加えて破壊して「戦果」と報告した例もあります。風船のデコイ(囮)だと気付かずに破壊して「戦果」と報告した例もあります。この種の誤認は有人機・無人機どちらからでも発生します。戦果の誤認は今も発生し続けているでしょう。
また放棄車両だと気付かずに攻撃して戦果に計上したケースだけでなく、放棄車両と気付いていながらわざと攻撃して戦果だとアピールするケースも幾例か確認されています。戦場は混沌としており、誤認は日常茶飯事の上に、戦意高揚のプロパガンダも行われているのです。
バイラクタルTB2のレーダー反射面積(RCS)は幾つか唱えられている数字が出ていて諸説ありますが、その中の一つにトマホーク巡航ミサイルと同程度だという計算結果があります。TB2は機体サイズが戦闘機よりかなり小さいのでRCSも小さくなりますが、主脚が出しっ放しの固定脚で収納しないことから分かるように(首脚のみ光学センサーの視界の為に収納する)、さほどステルス性に気を遣った設計ではありません。
ただしTB2は飛行速度が遅すぎるゆえに、古い設計のレーダーは目標として想定しておらず検知され難いという指摘もあります。しかしロシア軍の最新鋭のS-400防空システムがウクライナの戦場で未だに損失ゼロなのを見ると、最新型レーダーは見分けてしまうのでしょう。別の場所の以前の話ですが、イスラエル軍のパトリオット防空システムはもっと小さなドローンを何度も撃墜しているので、やはり最新のレーダーは誤魔化せないようです。
なお4月末にロシア領内ベルゴロド方面への越境攻撃にTB2が投入され、連日のように撃墜されていた時期があります。損害が大きいと判断されたのか、直ぐに越境攻撃への投入は控えられるようになりました。この事例は、本格的な防空システムが待ち構えている場所には中高度から侵入するTB2では通用しないということを示唆しています。参考:Ukraine Weapons Tracker
大勢の軍事専門家の予想を覆し、ロシア軍はウクライナの戦場で航空優勢の確保に失敗しました。その結果、ウクライナ軍は有人機も無人機もある程度の行動が可能となりました。そしておそらく、戦場の空で最も活躍している航空機は両軍とも有人機のSu-25攻撃機です。
○中高度長時間滞空(MALE)無人機 ウクライナ軍のバイラクタルTB2は、戦果をある程度挙げるもウクライナ軍全体の総戦果の2%程度です。ロシア軍のオリオンに至っては確認できる戦果がごく僅かしかありません。
○小型固定翼無人機 弾着観測用に活用されています。ウクライナ軍はA1-SMフリア、ロシア軍はオルラン10が主に投入されており、味方砲兵が遠距離砲撃の弾着の誤差を確認して砲撃の諸元を修正するという、補佐的な役割ですが重要な役目を果たしています。ただし頻繁に撃墜されており消耗が非常に激しいことが多くの映像で確認できます。
○自爆無人機 固定翼の徘徊型兵器で、使い捨てのミサイルに近い兵器です。ウクライナ軍はアメリカから供与されたスイッチブレード300、ロシア軍はKUB-BLAが投入されていますが、どちらもかなり小型で戦車を破壊できるような弾頭威力は無く、あまり目立った戦果は報告されていません。やや大型のスイッチブレード600や未だ正体不明のフェニックスゴーストならば弾頭威力も戦車を破壊するのには十分ですが、これらは投入はまだ確認されていません。
○市販ドローン 歩兵偵察用に双方とも使用しています。航続距離が短いので基本的には歩兵用ですが、歩兵が砲兵の為の弾着観測班として前線に投入される場合は、市販ドローンも弾着観測に使えます。
電子妨害や迎撃などで、弾着観測用小型固定翼無人機や市販ドローンは損耗が激しいことが報告されています。それでも偵察や観測に便利なドローンは戦場で使われていくでしょう。
無人機(ドローン)は将来、自律戦闘能力を手に入れた時に真の意味で戦場のゲームチェンジャーとなります。しかし現状の遠隔操作を主体とする無人機では従来兵器を補佐する役には立っても、ゲームチェンジャーとはまだ言えないのです。現時点では「 狼男を倒せる銀の弾丸(これで何でも解決できるという比喩表現)」と呼べるような兵器ではありません。
今は、まだ。
【追記:バイラクタルTB2無人機の運用について外部参考記事】
- ‘It’s Not Afghanistan’: Ukrainian Pilots Push Back on U.S.-Provided Drones | Foreign Policy | JUNE 21, 2022
- Ukraine's drones are becoming increasingly ineffective as Russia ramps up its electronic warfare and air defenses | Business Insider | JULY 3, 2022
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