第二次カラバフ戦争の防空網制圧ドローン戦術
2020年9月27日から2020年11月10日に掛けてアルメニアとアゼルバイジャンの係争地であるナゴルノカラバフを巡る戦争、「第二次カラバフ戦争」はアゼルバイジャンの勝利に終わりました。この戦いで大きな戦果を挙げたのがドローンです。ここではアゼルバイジャン軍のドローン運用とアルメニア軍の対応に絞って解説していきます。
囮用のアントノフAn-2輸送機
先ずアゼルバイジャンは旧式の複葉輸送機アントノフAn-2を大量に用意し、これを無人で飛ばして敵陣に突っ込ませました。アルメニアの防空網に迎撃を行わせて地対空ミサイル(SAM)のレーダーを発信させて布陣された位置を露呈させる囮目的です。
Google地図でもアゼルバイジャンのイェブラフ空港に60機前後のAn-2が確認できており異様な光景となっています。おそらく他の拠点にも用意されていた筈です。
当初はAn-2を無人機に改造してあると考えられていましたが、どの機体も旋回を行わず真っ直ぐ突っ込んで来ており、改造は行われておらずパイロットが操作して離陸し、進行方向を定めた後にパイロットはパラシュートで脱出するという使い捨て方式だったことが判明しています。
囮としても旋回ができないのは効率が悪いのですが、とにかく安い中古機を数多く用意すれば高価な改造機を少数用意するのと同じだろうという発想なのでしょう。
対レーダー自爆突入機(徘徊型兵器)
アゼルバイジャンは囮役のAn-2を突っ込ませてアルメニア防空網のレーダーを起動させたら、次にレーダー波を感知して自爆突入する対レーダー自爆突入機を送り込みました。イスラエルIAI社製「ハーピー」「ハーピーNG」「ハロップ(ハーピー2)」という徘徊型兵器です。
この徘徊型兵器はドローンというよりは自爆突入を行う使い捨て式なのでどちらかと言えばミサイルに近い存在です。製造元のIAI社は公式サイトで「無人航空システム」には分類せず「徘徊兵器システム」に分類しています。なお自爆突入型ドローンを呼ぶ場合は「カミカゼ・ドローン」という呼称が世界的に普及しつつあります。
徘徊型兵器がミサイルと異なる点は滞空時間の長さです。徘徊型兵器は戦場で旋回しながら待機することが可能なので、潜んでいた敵の地対空ミサイルが囮役のAn-2を見付けて迎撃する際にレーダーを発信した場合に、付近に滞空していたハーピーが突入するという使い方です。
ハーピーは対レーダー用パッシブセンサーのみ、ハロップは対レーダー用パッシブセンサーと画像カメラの併用です。このためハロップなら突入時の映像も残せますがハーピーは残せません。ゆえに自爆突入機の戦果は映像で確認された以上の数がある可能性があります。
囮を飛ばして敵を反応させ、反応があった場所に対レーダー攻撃を加える防空網制圧攻撃戦術
アゼルバイジャンは無人An-2輸送機を囮役として対レーダー自爆突入機ハーピーを攻撃役に組み合わせる防空網制圧を実施して成功を収めましたが、実はこの囮を使う戦術は過去にアメリカ軍が何度か行っているものであり、今や定番とも言える方法です。もっとも有名なのは湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦です。
ただしアメリカ軍の場合は訓練用の標的ドローンを囮役に使って、対レーダー攻撃は有人戦闘機に搭載した対レーダーミサイル「HARM」で行っています。HARMは徘徊型兵器とは逆の発想で超音速で飛行し、敵レーダーが攻撃に気付いてレーダーを切る前に突入することを狙います。
アゼルバイジャンは防空網制圧をもっと安い機材で実施しました。これはアルメニア防空網がそれほど強力ではなかったので通用した面がありますが、有効だと実証されたので、今後は小国同士の紛争で多用される可能性があります。
今回の第二次カラバフ戦争でドローンが果たした最も大きな意味は此処だと思います。組織的な防空網制圧攻撃を安い機材で行えた戦訓は、世界各国の紛争に大きな影響を与えることになるでしょう。
ただしハーピーやハロップは使い捨てですが1機あたり数千万円~1億円近くするので、大型対戦車ミサイルや少し小振りの巡航ミサイルと同じくらいの値段がします。有人戦闘機+対レーダーミサイルの組み合わせより安いことは確かですが、防空網制圧攻撃を実施するには大量に用意する必要があるので、どんな小国でも安易に真似ることができるというわけではありません。
アゼルバイジャンはカスピ海油田を擁する産油国であり購入資金があったこと、その油田の大口顧客がイスラエルであり関係が深いアゼルバイジャンはイスラエル製のハーピーやハロップを大量購入することができたことなどが作戦成功の下地にあったと言えます。
遠隔操作型無人攻撃機
敵の防空網をある程度制圧できたら、次に遠隔操作型無人攻撃機が送り込まれました。主に投入されたのはトルコ製のバイラクタルTB2無人攻撃機です。
バイラクタルTB2は第二次カラバフ戦争で最も多くの戦果を挙げました。ただし飛行性能はセスナ機と同程度の速力のプロペラ機であり中高度を飛ぶ運用なので、強力な敵防空網が生きている場所では満足な活動はできません。つまりバイラクタルTB2の戦果は事前に行われた防空網制圧の対レーダー攻撃があればこそだったのです。
ここを勘違いして対レーダー自爆突入機を用意せずに遠隔操作型無人機だけ購入して使った場合は、敵の防空システムで大損害を受けてしまうでしょう。
ナゴルノカラバフでアルメニア防空システムを対レーダー攻撃で一旦は制圧しても、暫くはアルメニア本土から増援で補充の防空システムが送り込まれてきます。これに対してはバイラクタルTB2が監視を行いつつ、再度An-2の囮と対レーダー自爆突入機を放ち、バイラクタルTB2とも共同で攻撃して狩っていきました。
戦争後半でほぼアルメニア防空網を制圧し終えると有人攻撃機のSu-25攻撃機も頻繁に姿を見せ始めます。兵器の搭載量ではバイラクタルTB2よりも遥かに多いので、こちらも戦果を挙げていきます。
30年前の第一次カラバフ戦争と戦訓
アルメニアとアゼルバイジャンはソ連崩壊直前から直後の1988年~1994年に掛けてナゴルノカラバフを巡って戦争を行っており、この第一次カラバフ戦争の時はアルメニアの勝利で終わっています。
元来、冷戦期にソ連軍の戦力はアルメニアよりもアゼルバイジャンに多く配置されていたので、ソ連崩壊後も兵器の保有量ではアゼルバイジャン側の方が数倍は多く、また人口や国力の面でもカスピ海油田を持つアゼルバイジャンの方が数倍は上で、単純な兵力差ではアルメニアは劣勢でした。
それでもアルメニアが勝利したのはソ連崩壊の混乱の中から一早く立ち直り組織的な軍隊を作り上げたことや士気が非常に高かったことが挙げられます。逆にアゼルバイジャンはソ連崩壊後の混乱が続き国内が内乱状態にあり組織的な軍隊を作れず士気も低く、兵力的には優位であったにもかかわらず敗北を喫してしまいます。
30年前に防空網制圧をできなかった航空攻撃の戦訓
この第一次カラバフ戦争ではアルメニア側は航空兵力がほとんど無く、アゼルバイジャン側には数十機の戦闘機と各種合わせて数百機の作戦機がありました。しかし運用は外国人傭兵パイロットに頼りきりで組織的な防空網制圧攻撃を行えず、アルメニアの地対空ミサイルで多大な損耗を強いられて満足な活動ができず、航空優勢は確保しているのに活かすことができませんでした。
この時にアルメニア軍は野戦防空システムに大きな信頼を持ちましたが、その後に対応戦術への研究や新型機材への更新を怠るという油断を招きます。約30年後の第二次カラバフ戦争でアゼルバイジャンが組織的な防空網制圧攻撃を仕掛けてきたことに対応できず、空の上からドローンで攻撃されて地上戦力を多数喪失し、敗北した大きな要因となりました。
しかしそれはドローンだからというのが大きな理由ではなく、「組織的な防空網制圧攻撃が成功した」ことこそが肝心な要素だと考えます。アゼルバイジャンは第一次カラバフ戦争での失敗から何が駄目だったのか理解し、他国の戦例を研究し、自分たちの実力と相手の戦力に合わせた機材を用意して、約30年後の第二次カラバフ戦争で防空網制圧を完璧に成功させたのです。
第二次カラバフ戦争でゲームチェンジャーだったのは遠隔操作型無人攻撃機バイラクタルTB2ではなく、バイラクタルTB2が活躍できる状況を作り上げた対レーダー自爆突入機ハーピー、ハロップだったのではないでしょうか。
ただしこれらの無人機はプロペラ推進で速力が遅く、防空システムで対抗できる手段は数多くあります。きっと次の戦争では対抗戦術が編み出されてしまうことになるでしょう。