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中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ“愛国者”―― 欧米で相次ぐ逮捕劇の背景にあるもの

六辻彰二国際政治学者
無実を主張するマクシミリアン・クラフ議員(2024.4.24)(写真:ロイター/アフロ)
  • 国際的な緊張の高まりを受け、欧米では中ロのスパイと目される容疑者の逮捕が相次いでいる。
  • 逮捕者のなかには移民だけでなく、常日頃“愛国者”を自認する極右の政治関係者も少なくない。
  • そこには金銭授受の疑いがあるが、それだけなくもともと欧米の“愛国者”と中ロの間には思想的共通性もある。

相次ぐ中ロのスパイ逮捕

 ロンドン地方裁判所で5月13日、中国のスパイとして逮捕された3人の中国系人に対する裁判が行われた。訴状によると、3人はロンドンにある香港の経済関係の出先機関の関係者で、イギリスでの情報収集などで香港の情報当局に協力していた

 3人は法廷で氏名、年齢、住所などしか口にしなかったという。中国政府はこの疑惑を否定している。

 イギリスでは今年2月、ブルガリア国籍のロシア系人4人が、やはりロシア政府の情報活動に協力していたとして逮捕された。

 国際的な緊張がエスカレートするにつれ、欧米ではこうした諜報戦が表面化している。それはイギリスだけではない。

 ドイツ当局は4月22日、軍事転用可能なレーザー技術を無許可で中国に輸出しようとしていた疑惑で3人を逮捕した。このうち2人は中国系人で、ドイツ国内で機械関連の会社を操業する夫婦だった。

 また、4月11日にはドイツ国内にある米軍施設などの情報を集めていたとして、ロシア系ドイツ人2人が逮捕されている。

 これらの事件からは、人の移動が自由になったグローバル化のもと、各国当局が中ロ出身者に警戒を募らせていることがうかがえる。

保守系政治家からも逮捕者

 ただし、ここでの目的は外国人や移民に対する偏見を助長することではない。むしろ最近目立つのは、中ロのスパイとして逮捕される者に、自称“愛国者”を含む保守系の政治関係者も含まれることだ

 その象徴は4月末、ドイツ東部のドレスデンでマクシミリアン・クラフ議員に対する司法手続きが始まったことだった。

 クラフ議員にはロシアや中国の政府機関などから金銭を受け取り、中ロに有利なプロパガンダを拡散した疑惑が持たれている。

 例えばクラフ議員は2021年5月、中国によるチベット併合70周年記念式典に出席し、中国によるチベット支配を称賛した。チベットではしばしば抗議活動が発生し、欧米各国政府は中国政府による弾圧を批判している。

 また、チェコを拠点とするロシア系WebメディアVoice of Europe(VOE)との関係も指摘されている。VOEはウクライナ侵攻に関するプーチン政権のプロパガンダを発信し続け、今年3月にチェコ政府によって閉鎖された。

 クラフ議員が所属する「ドイツのための選択肢(AfD)」は移民受け入れに反対し、反EUの論調が強い政党で、極右政党とみなされている。その一方で、NATOによるウクライナ支援には消極的な立場を崩さない。

なぜ“愛国者”が中ロに接近するか

 クラフ議員をめぐる疑惑は氷山の一角に過ぎない。

 AfDからはこれ以外にも、ペトロ・バイストロン議員がやはりVOEから謝礼を受け取っていた疑惑がもたれている。

 一方、ロンドン検察庁は4月22日、「イギリスに不利益を与える情報」を中国に提供していた疑いで2人のイギリス人を逮捕した。このうちの1人は与党保守党のアリシア・ケアンズ議員の調査員を務めた経歴の持ち主だった

 ケアンズ議員は保守党きってのタカ派の一人として知られる。

 なぜ“愛国者”を自認する政治関係者の間に、こうした疑惑が目立つのか。

 もちろん裁判の途中にある事案が多いため、断定的なことはいえないが、疑惑が確かなものなら、謝礼の金銭に釣られたことは容易に想像される。

 とはいえ、それだけとも思えない。

 ルペン氏の訪問に反対するレバノン市民(2017.2.21)。プーチン、トランプ両氏と並んでルペンを「ネオ・ファシスト」に位置付けている。
ルペン氏の訪問に反対するレバノン市民(2017.2.21)。プーチン、トランプ両氏と並んでルペンを「ネオ・ファシスト」に位置付けている。写真:ロイター/アフロ

 とりわけロシアに関しては、欧米の極右にプーチンとの類似性を見出すことは難しくないからだ。

 例えばどちらもポリティカル・コレクトネス、ジェンダー平等、多文化主義といったリベラルな価値観を嫌う。また、どちらも強い国家を志向し、その裏返しでEUへの拒絶反応が強い。そして、どちらも移民とりわけムスリムへの反感が強い。

 こうしたプーチンとの思想的共通性はヨーロッパだけでなく、アメリカ、イスラエル、オーストラリアなどの極右にも見受けられる。

 だからこそ、ヨーロッパ極右の草分けともいえるフランスの国民連合の党首マリーヌ・ルペンがプーチンから資金協力を受けていたように、ロシアにとって欧米の極右政党はその勢力を拡大させる足場になってきた。

安全保障上の脅威としての極右

 ロシアの場合ほど鮮明でないが、中国に関してもやはり欧米の主流派と距離を置こうとする極右にとってはむしろ共通点が多い。

 こうした状況は極右への警戒を嫌が上にも高める。

 もともとアメリカを含む欧米の各国では近年、極右が「国家安全保障上の脅威」に位置づけられてきた。

 そこにはムスリムや黒人といったマイノリティ、あるいはイデオロギー的に対立する者への襲撃・殺害の急増だけでなく、インフラを狙った破壊計画や暴動の煽動などへの警戒もある。

 2021年1月のトランプ支持者によるアメリカ連邦議会議事堂占拠事件の衝撃は、こうした懸念に拍車をかけた。

 さらに、極右過激主義は治安機関への浸透も懸念されている。アメリカで2023年に数百件の機密情報をリークしたマサチューセッツ州兵ジャック・テシィエラ一等兵には、スリー・パーセンターやブーガルー(どちらもアメリカの極右団体)などとの関係が指摘されている。

 欧米で相次ぐ“愛国者”の疑惑・裁判は、こうした極右過激主義の脅威がさらに拡大していることを示す。極右は国家安全保障上の脅威としてのステージをあげているといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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