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トルコ・シリア地震発生以降、シリアで爆撃を行っていないのはアサド政権だけという知られざる事実

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2023年2月12日

シリアでの人権侵害を調査するための国連人権理事会調査委員会は、2022年7月1日から12月31日までの半年間のシリア国内での人権状況にかかる報告書(A/HRC/52/69)を理事会に提出した。

39ページからなる報告書では、シリア軍がシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)の支配下にあるイドリブ県内の国内避難民(IDPs)キャンプをクラスター弾で攻撃し、民間人7人が死亡、少なくとも60人が負傷した事案(11月)、トルコ占領下の「ユーフラテスの盾」地域内のバーブ市(アレッポ県)に対するロケット弾攻撃で民間人16人が死亡、29人が負傷した事案(8月)、政府支配地、シャーム解放機構支配地、トルコ占領地での恣意的逮捕、失踪、拘留中の死亡、嫌がらせ、恐喝、言論統制、性的暴力などの横行、政府の支配下にある南部(ダルアー県、スワイダー県)での治安悪化、1300万人が依然として難民・国内避難民(IDPs)としての生活を強いられていること、シリア国民の90%が貧困状態にあること、シリア北西部での女性や子供ら5万6000人がキャンプ生活を余儀なくされていることなどが報告された。

反シリアと目される国連調査委員会も確認していないシリア軍の爆撃

委員長を務めるパウロ・セルジオ・ピネイロ氏(ブラジル)は、シリア政府(バッシャール・アサド政権)に対する批判的な態度で知られてきた人物で、委員会の報告書もシリア政府やシリア軍の非道を告発する性格が強いと見られてきた。

だが、半年に1度提出される報告書において、2020年3月にロシアとトルコによるシリア北西部での停戦に合意以降、同地での爆撃にシリア軍が運用する航空機が関与したことを確認していないと指摘している点は、ほとんど知られていない。

2月6日に発生したトルコ・シリア地震の被災者を支援するとした活動は、日本でも多くの団体や個人によって行われている。そのなかでは、シャーム解放機構の支配下にあるシリア北西部への支援に必要が強調されるとともに、同地が今もシリア軍による爆撃を受け、苦しんでいると喧伝されることもある。

だが、少なくとも、そうした主張は、国連の報告書に従うのであれば事実に反しており、プロパガンダとみなされても仕方ない。むろん、シャーム解放機構の支配地とシリア政府の支配地が接する境界地帯では、双方による砲撃戦は散発的に続いている。シリア軍による爆撃が今も続いているという主張は、ひょっとすると、政府のジェノサイドを断罪する個人や団体が、砲撃と爆撃の違いを認識していないことに起因する誇張なのかもしれない。

地震発生以降の爆撃一覧

なお、トルコ・シリア地震発生以降も、シリアで爆撃、あるいは有人・無人の航空機によるミサイル攻撃が繰り返されている周知の通りだ。その詳細は以下の通りである。

  • 2023年2月12日、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いANHAによると、トルコ軍の無人航空機(ドローン)がシリア政府と北・東シリア自治局(PYDが主導する自治政体)の共同統治下にあるアレッポ県のアイン・アラブ(コバネ)市近郊のマナーズ村の街道で車1台をミサイルで攻撃した。これに関して、PYDの民兵組織である人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍広報センターは声明を出し、兵士1人がミサイル攻撃で殺害されたと発表した。
  • 2023年2月14日、米中央軍(CENTCOM)は15日に声明を出し、現地時間午後2:30頃、米軍が違法に駐留するダイル・ザウル県のCONOCOガス田上空で偵察活動を行おうとしていたイラン製のドローンと交戦、これを撃墜したと発表した。

  • 2023年2月19日、イスラエル軍がUNESCO世界文化遺産に指定されているダマスカス旧市街のダマスカス城などを爆撃、シリア軍の発表によると軍人1人を含む5人が死亡、市民15人が重軽症(「イスラエルが震災に喘ぐシリアをミサイル攻撃:トルコ、米国、「イランの民兵」の「火遊び」が疎外する支援」を参照)。
  • 2023年2月22日、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、トルコ軍がシリア政府と北・東シリア自治局の共同支配下にあるハサカ県のカーミシュリー市とカフターニーヤ市を結ぶ街道を移動中の車輌1台をドローンで攻撃し、民間人1人を殺害、北・東シリア自治局内務治安部隊(アサーイシュ)の司令官を負傷させた。
  • 2023年2月24日、シャーム解放機構に近いホワイト・ヘルメットは、所属不明のドローンがイドリブ県北部のカーフ村とダイル・ハッサーン村を結ぶ街道で、2人組が乗ったオートバイを狙ってミサイル攻撃を行い、身元不明の2人を殺害したと発表した。シリア人権監視団やパン・アラブ系ニュースサイトのアラビー・ジャディードなどによると、攻撃を行ったのは米主導の有志連合で、殺害された2人のうちの1人はアブー・イバーダ・イラーキーを名乗るアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構のイラク人司令官。(「地震の被害に苦しむシリア北西部でドローンによるミサイル攻撃:誰が誰を狙ったのか?」を参照)。
  • 2023年3月1日、ロシア当事者和解調整センターのオレグ・グリノフ副センター長は、ヌスラ戦線(シャーム解放機構)とトルキスタン・イスラーム党がイドリブ県とラタキア県内の安全地帯やシリア軍の拠点複数ヵ所に対して迫撃砲による砲撃やドローンでの爆撃を行ったことを確認したと発表した。
  • 2023年3月4日、シリア人権監視団は、「ジハード主義武闘諸派」に所属する武装したドローン複数機が、シリア政府の支配下にあるハマー県シャトバ村一帯のシリア軍の拠点複数ヵ所を爆撃した。
  • 2023年3月7日、イスラエル軍がアレッポ国際空港をミサイル攻撃し、利用不能にした(「イスラエルが震災に喘ぐシリアを再び攻撃、支援物資の受入窓口になっているアレッポ国際空港が利用不能に」を参照)。
  • 2023年3月8日、シリア人権監視団によると、ロシア軍戦闘機がイスラーム国のスリーパーセルが潜伏するヒムス県の砂漠地帯に対して重点的に爆撃を実施した。その際、ロシア軍戦闘機は米軍(有志連合)が占領するタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)に接近し、爆撃を行った。
  • 2023年3月12日、イスラエル軍がタルトゥース県に対してミサイル攻撃を行い、シリア軍の発表によると、シリア軍兵士3人が負傷、若干の物的損害が生じた(「イスラエルは震災で苦しむシリアに追い打ちをかけるかのように3度目のミサイル攻撃を実施」を参照)。
東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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