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「世界一の親イスラエル国」ウクライナ――(1)「欧米的でありたい」渇望と「見捨てられる」焦燥

六辻彰二国際政治学者
キーウ市内に掲げられた、連帯を示すためのイスラエル国旗(2023.10.8)(写真:ロイター/アフロ)
  • ガザでの人道危機に世界的に批判が高まるなか、ウクライナでは「イスラエルに親近感をもつ」人が7割近くにのぼる。
  • これはイスラエル最大のスポンサーであるアメリカをも凌ぐ水準で、世界的にも例外に近い。
  • そこには「欧米的でありたい」渇望と「見捨てられる」焦燥があるとみられる。

米国より目立つイスラエル支持の世論

 キーウ国際社会学研究所(KIIS)が昨年12月にウクライナで行った世論調査によると、「イスラエルに親近感を持つ」という回答は69%にのぼった。これは世界的にみて例外ともいえる高さだ

イスラエルのガザ空爆で発生した死者の周囲に立つ人々(2023.12.5)。民間人の死傷者が数多く発生しているガザ侵攻により、イスラエルを外交的に支持する先進国でも批判は高まっている。
イスラエルのガザ空爆で発生した死者の周囲に立つ人々(2023.12.5)。民間人の死傷者が数多く発生しているガザ侵攻により、イスラエルを外交的に支持する先進国でも批判は高まっている。写真:ロイター/アフロ

 例えば、イスラエルの最大のスポンサーであるアメリカでは、従来イスラエル支持が強いが、それでも昨年11月のYouGovによる調査ではイスラエルへの親近感が36%にとどまった

 また、AP通信の1月の調査では、「イスラエルは行き過ぎ」という回答は50%にのぼった。

 アメリカでさえそうなのだから、ガザでの深刻な人道危機が連日のように報じられるなか、その他の先進国でも軒並みイスラエル支持が下落していることは不思議ではない。

 とすると、ウクライナではなぜイスラエルへの親近感が7割近い水準にあるのだろうか。

【資料】イスラエルのエリ・コーヘン外相と会談するゼレンスキー大統領(2023.2.16)。イスラエルとハマスに対する即時停戦を求めた国連決議で、ウクライナ政府は先進各国とともに賛成しなかった。
【資料】イスラエルのエリ・コーヘン外相と会談するゼレンスキー大統領(2023.2.16)。イスラエルとハマスに対する即時停戦を求めた国連決議で、ウクライナ政府は先進各国とともに賛成しなかった。提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

KIISが示唆した二つの理由

 世論調査を行ったKIISは、ウクライナ人にイスラエル支持が目立つ理由を、主に以下の2点から説明している。

(1)ユダヤ人への親近感

 KIISは「ウクライナではユダヤ人に対する態度がその他のマイノリティに対するものより総じてよい」と指摘して、ユダヤ人国家イスラエルへの共感を説明している。

 KIISがここであえて「ユダヤ人差別は少ない」と主張しているのは、「ウクライナ政府はネオナチ」というロシア政府の主張を否定する文脈で出てきたものだ。

キーウで行われたホロコースト犠牲者追悼式典(2023.9.29)。ウクライナにもユダヤ人は多く、ゼレンスキー大統領はイスラエル以外で唯一のユダヤ系国家元首でもある。
キーウで行われたホロコースト犠牲者追悼式典(2023.9.29)。ウクライナにもユダヤ人は多く、ゼレンスキー大統領はイスラエル以外で唯一のユダヤ系国家元首でもある。写真:ロイター/アフロ

 しかし、KIISの説明を裏返せば、「多くのウクライナ人はムスリムにそれほど好意的でない」となる。パレスチナ人の大半はムスリムで、ウクライナにもムスリムはいる。

(2)民主主義陣営の一国

 KIISは「多くのウクライナ人のイスラエルへの共感は、‘中世的な恐怖支配の体制の連合体’より‘自由で民主的な世界’を望んでいることからきている」と説明する。

 要するに「民主主義vs権威主義」の構図のもとでウクライナ人は民主主義の側に立つ、ということで、ここからはハマスをロシアと同列に扱う思考がみて取れる。

 それはハマスをパレスチナ人と一体と捉え、民間人の犠牲も仕方ないと割り切る態度になりやすい。

 以上の2点を筆者なりに要約すれば、ウクライナで目立つイスラエル支持は「欧米的であろうとする」意識の強さの表れといえる。

「いかにも欧米的」な思考

 ここでいう「欧米的」とは決してポジティブな意味ではない。

 あえていえば、白人の被害を重視してムスリムや有色人種の犠牲を軽視するのも、それを自由や民主主義といった高尚な大義で正当化するのも、欧米では珍しくない。

【資料】LAで行われたイラク侵攻反対のデモ(2003.3.30)。当時のブッシュ政権は「イラクの大量破壊兵器」を理由に攻撃を強行したが、それが発見されなかった後に「民主化」に大義を切り替えた。
【資料】LAで行われたイラク侵攻反対のデモ(2003.3.30)。当時のブッシュ政権は「イラクの大量破壊兵器」を理由に攻撃を強行したが、それが発見されなかった後に「民主化」に大義を切り替えた。写真:ロイター/アフロ

 19世紀にアルジェリアを占領したフランスは、20世紀後半に独立戦争(1954〜1962)に直面した。この独立戦争に参加した黒人精神科医フランツ・ファノンは、人権や自由といった大義を掲げたヨーロッパの欺瞞を暴いた。

 「サカマティ峠での7人のフランス人殺傷は‘文明人’を激怒させるが、ゲルグールのテント村やジュラの村落の略奪、住民の虐殺といった、まさに現地人による奇襲攻撃の動機となったものは‘勘定にも入らない’…」(『地に呪われたる者』)

 このファノンにとって、ヨーロッパでのユダヤ人迫害は白人同士の「内輪喧嘩」にすぎなかった。

 60年近く前の指摘は、現代でも無縁ではない。

 実際、国連加盟国の大半を占める途上国・新興国が数十年にわたってイスラエルによるパレスチナ占領を国際法違反の植民地主義と批判してきたにもかかわらず、欧米では「欧米の一部」としてのイスラエルへの支持が目立つ。

イスラエルが占領するヨルダン川西岸のヘブロンでパレスチナ人の身体検査をするイスラエル兵(2022.11.19)。先進国は占領を批判するものの、これに抵抗するパレスチナ人を「テロリスト」と呼んできた。
イスラエルが占領するヨルダン川西岸のヘブロンでパレスチナ人の身体検査をするイスラエル兵(2022.11.19)。先進国は占領を批判するものの、これに抵抗するパレスチナ人を「テロリスト」と呼んできた。写真:ロイター/アフロ

 インド出身のジャーナリスト、ビドゥヤ・クリシュナン氏は欧米メディアの多くの「一方的な報道」を典型的な「植民地主義ジャーナリズム」と辛辣に批判する。

 その意味では、ウクライナで目立つイスラエル支持は「いかにも欧米的」とさえいえる

欧米における変化とのギャップ

 もちろん、ウクライナでもイスラエル批判はある。例えば、昨年11月、300人以上の研究者、アーティスト、人権活動家などが「パレスチナとの連帯」を掲げる公開書簡を発表した。

 この書簡はハマスによる民間人攻撃を非難する一方、パレスチナ人全体を標的にするべきではないとも主張する。さらに、「ハマスの台頭はイスラエルによる長年のパレスチナ占領がもたらした」とも指摘し、植民地主義的という意味でロシアによるウクライナ占領との類似性を強調している

 しかし、こうした認識はあくまでウクライナの少数派のようだ。

 これに対して、欧米では変化の兆しがみられる。

 冒頭で触れたようにガザ危機をきっかけに欧米各国では、これまでになくイスラエル批判が噴出している。アメリカでさえ「ハマスと一般のパレスチナ人を識別して考えるべき」(つまり「‘テロ対策’によってパレスチナ民間人の犠牲を正当化できない」)と考える人は昨年11月には48%にまで増えた(「識別しなくてよい」は27%)。

ほぼ廃墟と化したガザ市内を進むイスラエル軍の戦車(2024.2.8)。当初イスラエルの「自衛」を支持していた欧米の世論も、人道危機の拡大によって風向きが変わりつつある。
ほぼ廃墟と化したガザ市内を進むイスラエル軍の戦車(2024.2.8)。当初イスラエルの「自衛」を支持していた欧米の世論も、人道危機の拡大によって風向きが変わりつつある。写真:ロイター/アフロ

 さらに、バイデン大統領をはじめ欧米の政治家が好んで用いる「民主主義vs権威主義」の構図を真に受けている人は決して多くない。

 例えば、欧州外交評議会の調査によると、ウクライナ支援をなぜ行うかについて「民主主義を守るため」という回答はアメリカでもヨーロッパでも4割にも満たない。

 イスラエルに関していえば、アメリカでも「価値観を共有する同盟国」と捉える人は35%にとどまり、「協力すべきパートナーだが価値観は共有していない」(44%)より少ない。

 とすると、KIISの分析の通りなら、ウクライナ人のイスラエル支持はイメージ的な「いかにも欧米的な」思考に近いものといえる。

「欧米的なもの」への渇望

 なぜウクライナには欧米より「いかにも欧米的」な思考が強いのか。

 最大の理由は、ロシアの脅威に直面するなか、ウクライナにとって欧米の一部であることが他のほとんどの国より死活的な重要性をもつことだろう。

 旧ソ連構成国で、現在に至るまでNATO加盟国でもEU加盟国でもないウクライナは、欧米の主流ではない。しかし、そのことがかえって多くのウクライナ人に、欧米の主流派より「欧米らしく」あろうとする心理を強めているとみられる。

 社会心理学者ヨランダ・イェッテン教授は新参者など傍流の方が、集団のなかで認められるために忠誠心を示しやすいと指摘する。

 新入社員の方が、立場の確立された(言い換えると多少手を抜いても問題ない)先輩や上司より、会社や職場への貢献を意識しやすいのは、よく見る光景だ。同様にベトナム戦争などで、アメリカ国内で差別的に扱われていた黒人が数多く従軍したことも、この観点から理解できる。

 とすると、いわば欧米の傍流であるウクライナでは、欧米主流派の国より「欧米的なもの」への渇望が強いといえる。

「見捨てられたくない」焦燥

 これに拍車をかけているのは、「見捨てられかねない」という焦燥だろう。

 イギリスに逃れたウクライナ難民女性はメディア取材に「(イスラエルのガザ侵攻で)メディアや市民がウクライナへの関心を低下させていることに、私だけでなく全てのウクライナ人が悲しんでいる」と応じた。

 ガザ侵攻以前から、アメリカでさえ「ウクライナに援助しすぎ」という声が強まっていたことからすれば、これは偽らざるところだろう。

 この焦燥が先述のムスリムへの反感と結びつけば、ハマス(やパレスチナ)への憎悪が強まっても不思議ではない。それは欧米各国以上に強いイスラエル支持を生む土壌といえるだろう。

 ところが、当のイスラエルはこのウクライナの熱意に、極めてドライな反応しか示していない。それはなぜか(続く)。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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