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増える難民を援助と引き換えにアフリカの第三国に“転送”――イギリスが支払うコストはいくらか

六辻彰二国際政治学者
難民申請者“転送”の意義を強調するスナーク首相(2023.3.7)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • イギリス議会は増え続ける難民への対策として、一人当たり約3000万円の援助と引き換えにアフリカの小国ルワンダに“転送”できる法律を可決した。
  • しかし、国連機関や人権団体などからは、ルワンダの人権状況を念頭に、難民の安全への懸念があると批判が噴出している。
  • これに対してイギリス政府は以前ルワンダの人権状況を批判していたが、法案審議のなかで「ルワンダは安全」と強弁して計画を実施する構えである。

一人当たり3000万円で“転送”

 イギリス議会は4月24日、これまで物議をかもしてきた法案を可決させた。

 「難民申請者(難民としての認定と法的保護を求めているがまだ正式に認められていない者)を国外に移す」ことが可能になったのだ。この法律はイギリスにやってきた難民申請者を、アフリカ中部ルワンダに移送できると定めている。

 法案成立を受けてスナーク首相は「準備はできた」と述べ、数週間以内にも“転送”が始まると発表した。

 これと合わせてイギリスはルワンダへの援助を増やしていて、これを含めて難民申請者の“転送”には、国家監査局の推計で一人当たり15万ポンド(約2981万円)が必要になる。

 その対象人数は最大で5万人以上とみられる。

 そのすべてを仮にイギリス政府が “転送”した場合、総費用は単純計算で75億ポンド(約1兆4654億円)にのぼる。ちなみにこれは2024年2月末までにイギリスが提供したウクライナ支援(91億ユーロ、約1兆5313億円)とほぼ同額である。

イギリス独自の仕組み

 一旦受け入れた難民を別の国との同意に基づいて移送する手法は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でも「第三国定住」として定められている。しかし、これは「難民」と正式に認められた者を前提にしていて、「申請者」を国外に移すイギリスの仕組みはこれと異なる独自のものだ。

 “転送”を決定したイギリス政府には、急激に増える難民申請者への危機感がある。

 この法案は2022年、当時のジョンソン内閣のもとで検討が始まった。その前年2021年には、ボートでイギリス入国を目指す難民申請者が3万人近くにのぼっていたからだ。

 その多くはアフリカ出身者とみられる。さらにそのなかには難民申請者のフリをしてヨーロッパ移住を目指す不法移民、いわゆる「偽装難民」も多いという疑惑がある。

 イギリス政府は難民申請者のボートによる危険な渡航をビジネス化する業者がいると指摘し、“転送”はこうした違法業者を封じる効果があると強調している。

「“安全でない国”に難民を送る」計画

 しかし、資金と引き換えの“転送”には、法案作成段階から批判が噴出してきた。

 実際、ジョンソン内閣のもとで成立した法律に基づく“転送”フライトは当初2022年6月にスタートする予定だったが、これが遅れたのは反対派が訴訟に踏み切ったからだ。その結果、最高裁が“転送”の違法性を認めたことで、政府は法案を新たに作成し直し、今回改めて法案が可決されたのだ。

 もっとも、新たな法案が可決されても、訴訟が再び発生する可能性も指摘されている。

 国外でもUNHCRが「有害な結果を及ぼしかねない」と警告している他、アムネスティ・インターナショナルなど国際人権団体も批判を強めている。

 当事国の政府が合意しているなら何も問題ないようにも思えるが、最大のポイントはルワンダにおける安全への疑問にある

ルワンダの人権状況を批判した英政府

 “転送”の違法性を指摘したイギリス最高裁の判決によると、ルワンダに送られた難民申請者が深刻な人権侵害に直面する危険がある。だから「転送」の合意は欧州人権条約(ECHR)に違反する、と指摘したのだ。

 ECHRでは拷問や非人間的扱いが禁じられているが、ルワンダは政治犯やジャーナリストの超法規的拘束や処刑などでしばしば欧米各国から批判されている。

 難民に関する人権侵害も報告されていて、2018年には処遇改善などを求める難民の抗議活動に治安部隊が発砲して11人以上が死亡した。

 イギリス政府はECHRに署名しているだけでなく、ジョンソン内閣が“転送”に関する最初の法律を作成した前年2021年ルワンダの人権状況を批判していた

 しかし、最高裁が“転送”を違法と判断した後、イギリス政府は「ルワンダは安全な国」と強調してきた。今月22日、公共放送BBCに出演したミッチェル副外相はルワンダを「素晴らしい体制(remarkable regime)」と表現した。

 そのため、議会が可決した法案は一般に「ルワンダの安全法(Safety of Rwanda Act)」と呼ばれる。

なぜルワンダか?

 イギリス政府は白を黒と言いくるめるような苦しい答弁さえしているわけだが、一方のルワンダ政府にとって“転送”はどんな意味があるのか。

 ルワンダは人口1400万人たらずの小国だが、紛争の続く隣国コンゴ民主共和国などから12万人以上の難民を受け入れている。このうえイギリスから最大5万人ともいわれる規模の難民申請者を受け入れることには、ルワンダ国内でも不安の声がある。

 それでもルワンダ政府が“転送”を受け入れるのは、おそらく一人あたり3000万円の「報奨金」だけが理由だけではない。むしろ大きな目的は、イギリスに恩を売ることにあるとみられる。

 この国を率いるカガメ大統領は反対派を力ずくで押さえ込む「独裁者」である一方、資源の乏しいこの国を成長させるため海外から投資を集め、さらにアフリカ大陸全体での自由貿易協定の締結を主導する「改革者」としての顔ももつ。

 その外交方針は一言でいえば全方位外交で、欧米や中ロと等距離でつき合うことによる独立性を目指している。

 このカガメ政権にとってイギリス政府の負担を肩代わりし、関係を強化することは、ひるがえってイギリスに対する発言力を強めることになる。実際にイギリス政府はルワンダの人権状況を事実上黙認した。

イギリスにとっての見えないコスト

 それは同時に、大陸で影響力を強める中国やロシアに対する牽制にもなる。ルワンダは中ロとも良好な関係にあり、とりわけ中国は最大のビジネスパートナーだ。それは欧米への牽制になるが、欧米との強い関係がなければ逆に中ロに呑み込まれかねない。

 これらを考えれば、ルワンダ政府にとって多少無理をしてでも“転送”に合意することは、資金援助以上の価値があるともいえる。

 その裏返しで、イギリスにとってのコストは一人3000万円では済まない

 難民申請者を実際にルワンダに“転送”する費用を考えれば、イギリス政府が実行に踏み切るか、あるいは踏み切ったとしてもどの程度の規模になるかは不透明だ。

 しかし、「厄介払い」のためにイギリス政府が白を黒と言いくるめるような主張を展開してきた事実は消えない。それはイギリスのいう自由や人権に対する信頼を損ねるもので、ガザ侵攻への対応などをめぐって高まる「ダブルスタンダード」批判を加速させかねない。

 そちらのコストの方が長期的にはむしろ大きいとさえいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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