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「戦争に人道的配慮などない」――イスラエルのガザ攻撃をアメリカが追認した理由

六辻彰二国際政治学者
ネタニヤフ首相と会談するバイデン大統領(2023.10.18)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • バイデン大統領はイスラエルを訪問して支援継続を約束したが、ガザで深刻化する人道危機の収束については実質的に何も触れなかった。
  • イスラエルは今までにないほど強硬な姿勢をみせ、「我々につくのか、つかないのか」とアメリカに迫った。
  • アメリカはこれまで以上にイスラエルに協力せざるを得ない立場にあり、人道危機が早期に収まる見込みは乏しい。

 バイデン大統領のイスラエル訪問は人道危機を止めるものではなかった。ただし、それは予見されていた。イスラエルは同盟国アメリカに踏み絵を踏ませていたからだ。

バイデンは何をしに行ったか

 バイデン大統領は日本時間18日、イスラエルを訪問した。事前の発表では、今回の緊急訪問の目的は、同盟国イスラエルへの支援を約束するとともに、ガザでの人道危機を収束させることだった。

 パレスチナのガザ地区はイスラーム勢力ハマスの本拠地だ。10月7日、数千発のロケットを含むハマスの大規模な攻撃で約1300人が死亡したことを受け、イスラエルはガザ空爆を実施しているほか、36万人の予備役を招集して地上侵攻も計画している。

 一連の攻撃によってパレスチナの死者はすでに3300人以上にのぼり、海上封鎖の強化によって物資不足に拍車がかかっていた。

 さらにバイデン訪問直前にはガザの病院が攻撃され、数百人が死亡した。

 欧米各国の首脳はハマスの「テロ攻撃」を非難する一方、人道危機に懸念を強めている。

「ハマスを壊滅させれば人道危機も収束する」

 こうした背景のもと、イスラエル訪問直前、バイデンは米メディアの取材に「ガザ占領は大きな誤り」と強調していた。

 ところが、イスラエルのネタニヤフ首相との会談でバイデンはイスラエルへの支援を強調する一方、人道危機が「ハマスの排除」で収束するというイスラエルの言い分をほぼそのまま受け入れた

 この言い分を支持する国はアメリカ以外ほとんどない(アメリカがアフガニスタンのタリバンを壊滅できなかったように、そもそも一つの過激派組織を根絶やしにすることはほぼ不可能という指摘もある)。

 非難が集まっていた病院攻撃に関しても、バイデンはイスラエル軍ではない「他の勢力(the other team)」の関与を示唆した。

 病院攻撃は過激派組織パレスチナ・イスラミック・ジハードによるもの、というのがイスラエルの主張だ。

 しかし、この「パレスチナ側の自作自演」という主張を支持する国もほとんどない。少なくとも、調査も十分でないなか一方の当事者の主張を支持することは「中東和平の仲介」から程遠い。

 こうしたアメリカの態度は周辺の友好国からも批判を招いている。

 バイデンは当初イスラエルに続いてヨルダンを訪問し、パレスチナ暫定政府のアッバス議長、そしてガザに隣接するエジプトのシーシ大統領と会談する予定だったが、直前になってヨルダン政府からキャンセルされた。

 エジプトもヨルダンもアメリカや先進国と比較的良好な外交関係にあり、イスラエルとも国交があるが、どちらも病院攻撃を非難し、戦闘停止を求めていた。

イスラエルの「踏み絵」とは

 アメリカはイスラエルの同盟国で最大のスポンサーでもあるが、これまでもしばしばイスラエルの軍事行動にブレーキをかけてきた。イスラエルの軍事行動がエスカレートして国際的な非難を招き、アメリカの評判まで落ちたり、その外交に支障が発生したりすることを恐れたからだ

 イスラエルが1982年に北隣のレバノンに侵攻して首都ベイルートに迫った際、これを最終的に止めたのがアメリカだったのは象徴的だ。当時、ベイルートにはイスラエルと敵対するパレスチナ人勢力「パレスチナ解放機構(PLO)」の本部があった。

 これと比べて、バイデン訪問にはイスラエル擁護が鮮明である。

 ただし、それは事前からある程度、予測できたことだった。バイデンの訪問以前からイスラエル政府は、これまでになく強硬な態度を示していたからだ。

 バイデンに先立ってイスラエルを訪問したブリンケン国務長官に対して、同国のヨアフ・ガラント国防相は「この戦争は長くなる」と釘を刺していた。

 さらにブリンケン訪問のタイミングでイスラエル外務省の報道官は「この紛争には二つの立場がある…もし我々の側に立たないなら、赤子や高齢者を殺す化け物の側に立つことだ。もし我々とともにテロと戦う側に立たないなら、テロリストと同じだ」と発言した。

 この二者択一を迫る発言は約20年前、対テロ戦争を開始しようとしていたアメリカのジョージ・ブッシュJr大統領(当時)の「我々の側に立つか、テロリストの側に立つか」という発言を彷彿とさせる。

 ブリンケン訪問の前後にこの発言が飛び出したことは、妥協の余地は全くないというイスラエル政府の意志を象徴した。

「アメリカは戦争で人道危機を気にしたことがあるか」

 イスラエルはアメリカから支援や協力を受け取る立場だが、それでも決して従順なジュニア・パートナーではない。

 人道危機への懸念に関して、ネタニヤフ首相の安全保障担当補佐官だったヤコブ・アミドロワール元少将は海外メディアに「9.11後にイラクを攻撃した時、アメリカは人道なんて全く問題にしなかったじゃないか…第二次世界大戦だってそうだ…それが敵との戦争だ」と発言している。

 政権中枢に近い者の同盟国に関するコメントとしてはあまりにもストレートだが、少なくともそこには戦争のリアルがあるとも言える。

 それほどイスラエルのアメリカに対する不信感は根深い。

 イスラエル、とりわけユダヤ教保守派を支持基盤にもつネタニヤフ首相からすると、それがたとえ国連決議に違反するものであっても、パレスチナのほぼ全域を実効支配することは譲れない。

 これをアメリカが自国の都合で引き止めることは、イスラエルからすれば「裏切り」とも映る。

ネタニヤフ首相(2023.10.18)。その支持基盤には、パレスチナを旧約聖書に描かれる「神がユダヤ人に約束した土地(カナン)」と捉え、その全域の支配を正当化するユダヤ教保守派も含まれる。
ネタニヤフ首相(2023.10.18)。その支持基盤には、パレスチナを旧約聖書に描かれる「神がユダヤ人に約束した土地(カナン)」と捉え、その全域の支配を正当化するユダヤ教保守派も含まれる。写真:ロイター/アフロ

 だからこそ、これまでもイスラエルはイランやシリアにあえて攻撃を加えるなどして、アメリカを引っ張り込もうとすることもしばしばあった。イランやシリアをアメリカは「テロ支援国家」に指定しているが、直接攻撃は控えてきた。

 つまり、火事を大きくしてアメリカを逃れられなくするのがイスラエルの一つの行動パターンと言える。

イスラエルの強気を後押しするもの

 とはいえ、イスラエルも常にこれほど強硬ではなかった。今回イスラエルがこれまでにないほどアメリカにプレッシャーをかけるのは、ハマスの攻撃で数多くの市民が犠牲になったことだけが理由とは思えない。

 そこにはネタニヤフ政権の事情がうかがえる。

 ネタニヤフ首相は多くの汚職疑惑を抱えているが、これと並行して行われてきた司法改革が幅広い批判を招いてきた。裁判所の審理を妨害するため、司法権の弱体化を狙っているというのだ。

 「強権化」を批判されるネタニヤフ首相にとって、ハマスとの戦争は政権の揺らぎを抑える手段となる。アメリカでは就任以来不人気だったブッシュJr元大統領が、9.11と対テロ戦争をきっかけに支持率を回復した故事もある。

 その一方で、現在はアメリカがイスラエルの言い分を否定しにくいタイミングでもある。

 アメリカでは2024年の大統領選挙に向けて、すでに選挙戦が始まっている。再選を目指すバイデンにとって、アメリカ社会で大きな影響力をもつユダヤ人の意向は無視できない。

 だからこそ、トランプ元大統領が決定し、国際的に大きな批判を集めた在イスラエル・アメリカ大使館のエルサレム移転を、バイデンは静かに引き継いできた。

 アメリカ市民であるユダヤ人の間でも、近年ではイスラエルの占領政策への批判が表面化している。しかし、ホロコースト財団をはじめユダヤ系大組織の多くは、基本的にイスラエル政府を支持している。

 これだけでもバイデンにとって選択の余地は乏しくなるが、これに加えて中東におけるアメリカの影響力が収縮していることも、イスラエルの言い分を無視しにくくしている。

 今年3月、アメリカの友好国サウジアラビアとアメリカが「テロ支援国家」とみなすイランが歴史的な「手打ち」を行なった。しかも両国の国交回復は中国によって仲介された。さらにサウジやエジプトは8月、BRICS加入が正式に決定した。

 湾岸戦争などでアメリカに協力したサウジアラビアやエジプトがいわば独自路線を目指すなか、アメリカの中東政策において同盟国イスラエルとの関係はこれまで以上に重要になっているのだ。

 こうしてみた時、バイデンがイスラエルに実質的なゴーサインを出すことは既定路線だったとさえいえる。それはガザでの人道危機が早期に収束する見込みが乏しいことを意味するのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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